1-Ex4. ファード、古代龍を従える。
この話はケンたちがこの異世界にやってきた頃に遡り、彼の仲間であるファードの話である。
スーツ姿の男、ファードが目を覚ます。
「っあ。いってぇ……。上空から落っことしやがったな? この頑丈な俺がダメージを受けるってのは、どんだけ上から落としたんだよ。ったく、ひでぇな。これが次の世界かよ」
彼が起き上がると身体の節々が悲鳴を上げている。深い森の中なのか、周りは草木が生い茂り、重なる枝葉は今が昼か夜かさえも惑わす。
「ちっ。全員とバラバラか。近くに感じないな。シィド様やミィレの回復魔法は望めないか。仕方ない。苦手な部類だが、使わないよりマシか」
彼が想像するに、上空からそのまま落ちてきたような衝撃が身体を襲っていた。仕方なく、あまり得意でない回復魔法でかすり傷を塞いでいく。
「とんだ手荒な歓迎だな。俺じゃなきゃもう少し酷いことになっていたぞ。まあ、ケンくらいしか酷いことにならねぇか。他は頑丈すぎる。まあ、ケンにしても死にゃしないか」
ファードは、近くの木に寄りかかって立ち上がる。深紅の短髪が揺れ、深紅の瞳で周りを窺う。その肌は少し浅黒く、所々に爬虫類の鱗のようなものが見えており、極めつけは背中に大きな翼を畳んでいる。
彼は龍神族という竜や龍の頂点に立つ種族の末裔だった。
「ん。これは……。悪くねぇな。おい! 誰かいるんだろ?」
ファードが気配のする方を向いて、少し声を張り上げる。すると、どこからか声が聞こえる。
「よく気付くものだな。異世界の勇者にして、我ら竜を統べるに相応しい龍神族の者よ。何故、貴方はこの世界に訪れたのだ」
どこからともなく聞こえてくる低い声の正体は竜のようだ。竜は多少尊大な印象も受けるが、ファードを統べるに相応しい者と呼ぶ。
「はっ。知れたことよ。魔王をぶっ倒して世界を救うだけだ」
しばしの沈黙。そして、どこからか声が再び聞こえる。
「意に沿わぬことをなされているとお見受けするが?」
ファードは嬉しそうな笑みを零しながら、大げさに両腕を振る。
「ははっ! やめろ、やめろ、そんなこと言うってことは、心が読めるんだろ? じゃあ、小賢しい問答は抜きだ。たしかに、俺の意には沿ってないが、俺は大切な仲間の意志に添ってやってるんだ。聞きたいことは十分か?」
「良かろう。貴方の名前を先に言って、我が名と従えるとだけ口にするがいい。我が名は……」
「は、なんでだよ?」
ファードが小ばかにしたような言い方で質問を投げかける。
「……無論、契約をするためだ。竜にとって、龍神族に仕える誉は格別に高い」
「だったら、この世界の龍神族かそれに近いのに仕えればいいだろう」
「分からぬわけでもあるまい。既にこの世界の龍神族はおらぬ。貴方が我が眼前に現れたのは偶然ではない。貴方の手足となろう」
「そっちの言い分は分かった。だが、いきなり来て、仲間になります、と言われて、はい、そうですか、になんて、なるわけねーだろ。俺に付いてきたかったらな、その実力を示せ。これが俺の言い分だ!」
ファードはそう言い放って親指を下にする。
「……龍神族らしからぬ態度だが、さしずめ暴君と認識しておこう。貴方が望むなら良かろう」
「貴方、貴方って、俺にはファードって名前があんだよ」
「承知した。ファード殿。我が名はラース。古代龍の一角だ」
「ラース? おお。まさかの憤怒ってことか? ちょうどいい。俺も『憤怒』のスキルを持っているからよ! 肩慣らしだ。『龍神の威光』は解除してやる」
『憤怒』。怒りをエネルギーに転換することができる。ブースト力はソゥラの性欲エネルギーよりも上でスキルの反動などはないが、ソゥラのようにストックすることはできない。また、一時的な感情の高まりをエネルギーとして使用するため、効果時間も極めて短い。
『龍神の威光』。竜族を支配下に置くことができる。強制力が強く、被支配竜の生命の危機に晒されない限り、命令は絶対となる。異世界の竜でも支配下に置ける。竜の範囲はかなり広く、世界によっては爬虫類ですら支配下に置くことができる。
ファードは背中から翼を現して、生い茂る枝葉を押しのけ遥か上空に飛び上がる。
「空じゃないと被害がでけぇからな。森は大切に、ってな。さて、そろそろ、姿を見せたらどうだ?」
「これは失礼した。いかがかな?」
ラースもまた木々、いや、地面からいくつもの木々をなぎ倒しながら現れた。
それは数十mにもおよぶ巨大なドラゴンだった。土に塗れつつも、憤怒の名に相応しい真っ赤な鱗に金色の目がぎょろりとファードを凝視する。手足の黒い鉤爪は軽く撫でる程度で人を切り裂きそうなほど鋭利に見える。そして、その翼を広げれば、視界が日陰に包まれるほどに広く大きい。
「おぉ。図体がでけぇな。なんで地面に隠れてたんだ?」
「不必要な戦いを避けるためだ。竜はどうも、魔族に嫌われていてな」
「この世界だと、魔族と竜は敵対関係なのか」
「一方的に、だな。こちらは魔族に興味なぞない」
「はは。大層な話だ。それじゃ、気を取り直して、楽しませてくれよ?」
ファードは獲物の弓を取り出す。しかし、彼が矢を番える様子はなく、ラースを舐め切っているかのように指でかかってこいという仕草をしている。
「やれやれ。敵わぬ者と戦う身になってもらいたいものだ」
ラースは意に介した様子もなく、深い溜息を吐いた。
「やる前からやる気削ぐなよ……」
「仕方ない。本気を出して、認めてもらうとしよう」
ラースは深く息を吸い込んだ後、腹から喉へと膨らみが移動し、大きな口を開けて炎のブレスを吐いた。高温のブレスは大気を熱し、ファードを包み込む。
「……ブレスの勢いは合格だな。だが、龍神族相手にブレスとか正気か?」
「ただの小手調べだ。お次は魔法をお見せしよう。ミーティア!」
ラースの口元からブレスを吐くように土と火の複合魔法が直線的に飛び出してくる。ファードはそれを何の躊躇もなしに掴み取った。
「おお。複合魔法が撃てんのか。さすがは竜だな」
ファードは、熱を失った岩を興味なさげに捨てた。その岩に巻き込まれて、いくつかの木々が無残にも倒れる。
「魔法を掴むなんて芸当、初めて見たな」
ラースは驚きを通り越して呆れていた。
「次はこっちから行くぞ。まずは10本だ。ケガさせても今は治せねぇから、ケガしねぇように気張れ!」
ファードは魔力で形成した矢をまとめて番え、一気に撃ち放った。
「無茶を言うな」
ラースは何とか躱す。
「よっしゃ、ノッてきた! 次は千本だ! がんばって躱せ!」
「無茶を言うなと言っているだろう!」
ラースは、ファードから放たれる無数の矢が来る前に、その数十mの巨体をあっという間にヒトよりも小さくして矢の間を縫って躱していく。ファードはつい笑った。
「はは! 本当に躱しやがった。しかも、小さくなれるのか。かわいいじゃねぇか」
「お気に召してもらえたようで何よりだ」
ラースのぎょろりとした目が爬虫類の可愛さを引き立てる。
「よし、次は当たるまでぶっ放してみるか?」
「おいおい。勘弁してくれ」
ラースがどこからか白旗を取り出して、振り始めている。
「白旗か。……まあ、面白かった。合格だな」
「どんな判断基準だ」
ラースはフッと笑ったように口の端を上げる。
「細かいことはいいんだよ。どうすりゃいいんだっけか」
ファードは弓をしまい、ラースの首をむんずと掴んでいる。
「猫のように扱うでない。まったく……。まず、ファード殿の名前を先に告げ、ラースを従える、と言うがよい。さすれば、我が返事をする」
「わかった。あー、ファードはラースを従える」
「ラースはファードの呼びかけに応じ、ここに従者としての誓いを立てる」
ラースのその宣言とともに、彼の首には茨の首輪のような刺青が入る。まるで奴隷のようだな、とファードは思った。
「従者にもいろいろとあるが、我の意思次第でもある。まあ、奴隷とまでは思ってもらいたくはないが、ファード殿に命を捧げる覚悟はできている」
「ふぅん。そこまで、かね」
「いかにも。誇りと誉こそ竜が竜たる存在理由だろう」
「……俺には分からんね」
ふふんと鼻を鳴らすラースにファードは少し困惑気味である。
「理解されたいわけでも認められたいわけでもない。まあ、ただの自己満足だ」
「たとえば、ここで俺に殺されたらどうすんだ」
ファードの放った言葉にラースは意に介した様子もない。
「それも運命だ。我の見る目がなかっただけの話だ」
「はーっ。そう言われると意地悪できねぇな。まあ、馬車馬のように働いてくれ」
ファードは諦めたように手のひらをひらひらと振っていた。
「承知した」
「まずは仲間探しだ。乗せてくれ」
「承知した。しかし、どこへ行こうか」
「まあ、世界全体を上空で適当に飛んでくれ。仲間の気配ならある程度近付けばわかる」
「そうか」
ラースはファードを背に乗せて遥か上空へと飛び上がった。
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