1-Ex5. ミィレ、出る機会を逃す。

「私の仲間が見つかったんですか?!」


 重騎士用の全身甲冑を身に纏った女、ミィレがランドンケラ王国の冒険者ギルド支部の受付に向かって、鎧をガチャガチャと鳴らして跳ねながら嬉しそうに大声で叫ぶ。白い肌に、釣り目がちな目の中に澄んだ青色の瞳が浮かび、金髪の長い髪が大きく揺れる。喜びを素直に映している笑顔は眩しく可愛らしさが映える。


 重騎士用の鎧は、武骨な感じもなく女性向けに誂えたのかのような可愛らしいデザインをしていて、彼女の背中には大きな盾が背負われている。この鎧や盾で相当な重量のように見えるが、喜びで数回も軽く跳ね飛べるのだから、周りはぎょっとして驚く。


「は、はい。あの、ミィレ様、少しだけ抑えていただくと……」


 両側に三つ編みをした少し地味めの受付嬢は、床が底抜けないか心配になりながら小さな言葉を発した。


「あ、すみません……」


 一方のミィレは周りの視線からようやく状況が理解できたようで、頬を赤らめながらもじもじとしつつ謝る。


「それで、こちらで教えられるのは、同じくSランクになったケン様とソゥラ様ですね」


「おぉ! ケンとソゥラね! ケンはさすがと言ったところね。ソゥラもちゃんとしているわね!」


 ミィレはうんうんと首を縦に肯いている。


「お2人とも、隣国のウィルドッセン王国、それもこの国との国境近くにて登録されているようです」


 受付嬢の言葉にミィレは一瞬にして固まる。


「え、……2人は……一緒なの?」


 急に固まったミィレがそう訊ねるので、今度は受付嬢が首を縦に振る。


「はい。そのようですね。同じ支部で同日に申請されていますし。まず間違いないかと」


 ミィレの表情が一瞬で失われ、青ざめた表情で動きばかり焦り始めている。


「……あぁ……急がないと!」


 2人が一緒にいることはミィレにとって、かなりマズい事態である。それもこれもソゥラが『色欲』というとんでもないスキルを手に入れてしまったため、いろいろな破廉恥なことに対して免罪符を持っている形になっているからだ。


「それが、今はダメなんですよ。ウィルドッセンには行けないんです」


「え? どうして? 国交断絶とか? 鎖国とか?」


「いえ、関係は良好ですし、ここランドンケラもあちらのウィルドッセンも鎖国などしていません」


 ミィレの問いに、受付嬢は首を横に振ってそう伝える。たしかに国境付近で武装した兵士が少ないので、国どうしの諍いではなさそうだと彼女は改めて考えなおした。


「じゃあ、どうして?」


 しかし、疑問はまだ拭い去れていない。ミィレは再度質問すると、受付嬢が付近の地図を取り出して説明を始める。


「それが、地図の通り、国境は山が連なっており、ほぼ唯一と呼ぶべき国境沿いの関所、ここなんですけども、ここには今、風の魔将と呼ばれるどこかの魔王の幹部でしょうか、が陣取ってしまいまして……。危険な状態のため、国として、あちらへの移動は原則禁止されています。冒険者ギルドとしては、その制限に干渉する必要もないという判断で王国の判断を支持しています」


 無用な諍いを避けるという意味ではその判断に間違いはないだろう。ただ、ミィレは、先を急ぎたいのでどうにかならないかを考え始める。


「そう、陸路は絶望的なのね? じゃあ、海路は?」


「海路という手もなくはないですけど、大きく迂回するルートですね。あと、ウィルドッセンでケン様が登録された支部の町と港町は離れていて、海路と国内の陸路を合わせると、10日くらいにはなるかもしれないです」


 受付嬢は想定していたようで、ミィレの問いにすらすらと答える。10日という日数は先を急ぐ人にはとても長く感じる時間である。


「10日は長いわね……。あの色ボケに、何回やられてるか分かったもんじゃないわ」


「え、色ボケ? やられてる?」


 ミィレのぼそっとした呟きを受付嬢が聞き逃さなかった。受付嬢の脳内には、ケンと呼ばれる男と、ソゥラと呼ばれる女の情事が妄想される。その横で悔しそうにしているミィレまで想像できて、思わず顔を恥ずかしさで真っ赤にする。しかし、真っ赤になっているのはミィレも同様だった。


「あ、あはは。それは、こっちの話。じゃ、じゃあ、たとえば、護衛みたいな依頼は誰も出していないの? もしくは、討伐依頼はないの? 特に王様自らのような権限のある依頼がいいんだけど」


「うー、はい。ランドンケラの方ではまだ出されておりません。ウィルドッセンの方では特命で王様直々に、先ほどのケン様に依頼が来ているようです」


 ミィレはケンの名前が出て、嬉しくなって受付のテーブルを軽く叩き始める。


「さすが、ケン! 早速、巻き込まれているわね!」


「巻き込まれ……」


「ケンは良くも悪くも巻き込まれ体質なのよね」


「は、はぁ……」


 受付嬢はケンへのイメージが膨らむばかりだった。ミィレと先日、冒険者登録をした際にケンの話になっており、何となくのイメージがついていた。聞いた感じだとあまりモテそうにない容姿のようだが、目の前の美少女が惚れているのだから、イイ男に違いないと信じている。しかし、女に手を出すのが早く、複数の女に手を出す軽い男と言うイメージができあがった。本当は逆だが、ソゥラの『色欲』を知らない以上、当然の結論である。


「ところで、こちらの国での依頼発行はいつごろになりそうかしら?」


「さすがに私のような受付では分かりかねますが……ギルド支部長が王城に向かっているので、精査した上ですが、何かしらの話は3日後くらいにはあるかと思います」


 海路で10日、陸路で依頼が出るとしたら3日後。一分一秒でも早くケンに会いたいミィレはそれほどの長期間を待つことができそうになかった。


「うーん。海路よりはマシだけど、やっぱり遅いわね。どうにかならないかしら?」


「えーっと、これは私の口から聞いたとか言わないでくださいね? 正式な依頼は無理ですが……城門近くで待機している商人に直接交渉して、護衛、馬車守なんていかがでしょうか」


 受付嬢が顔に似合わないアウトローな話をし始める。


「え、そういうのもあるの? 原則禁止ってさっき……もごっ」


 ミィレが素っ頓狂な声を上げて、受付嬢に話しかけてくるので、受付嬢は仕方なく彼女の口を軽く塞いで、逆の手の人差し指を自分の唇に当てて、静かにしてほしいとサインする。


「しっ! ここでは静かに。……商人の行き来は例外なんです。商品の鮮度が関わってくることもあるので、自己責任と言う形で門番も通すことになっています」


「……なるほどね!」


 ミィレの口から受付嬢の手が離れると、誰にも聞こえないような小声で答えた。


「ただし、冒険者ギルドに依頼しないような輩が多いので、依頼料が少なかったり、そもそも、移動の手間賃と相殺するとかで依頼料が発生しないようながめつい輩の巣窟ですけど。ミィレ様は女性だから、それ以上かも」


「面白いじゃない! いいわ。そうなったら蹴散らすわ」


 ミィレは受付嬢の心配をよそに意気揚々と答える。受付嬢もSランクの勇者なら、ひどいことにはならないだろう、と思い直し、詳細を告げる。


「でしたら、門近くの休憩所や酒場を覗いてみてください。私も聞いた限りでしかないですけど、いつも何人かはいると聞いています」


「ありがとう!」


 ミィレが割と手加減なしに抱きしめるので、受付嬢が苦しそうにミィレの背中を叩く。


「うっ……ちょっとだけ苦しいです。ギブです、ギブです!」


「あら、あはは、ごめんなさい」


 ミィレは受付嬢から詳細な場所を聞いた後、意気揚々と歩を進め、1時間超えたくらいでお目当ての酒場に到着する。


「頼もう! 今、ウィルドッセンに行きたくて、護衛募集の商人はいるかしら?」


 店内は太陽が昇っていても薄暗く、酒特有の匂いと油の香ばしい匂いで充満している。そして、さっそく、軽薄そうな男がミィレの前にやって来る。彼女から見て商人といった感じもなく、お金の匂いもしないので、ただ絡まれているだけだと思っている。


「へへっ。嬢ちゃんが護衛をしてくれるってのかい? たしかに厳つい格好だが、可愛い顔をしているから娼婦の間違いじゃないのか」


 男は顔をミィレの顔に近付け、今にも唇どうしが触れそうなくらいに近い。彼女は酒臭さに顔を顰めるものの、ある程度慣れているようだった。今までこの手のやり取りを数十回、数百回と繰り返してきたのだろう。


「下品ね。商人や行商というよりは、山賊に近いわ。まったく、そんなのこちらから願い下げだわ。私には婚約者……予定がいるのよ」


 ミィレは最後の方をごにょごにょと誤魔化そうとしたが、耳ざとい男は聞き逃さずに笑う。


「婚約者の予定って、恋人じゃないか、それ」


「うっさいわね。恋人より強いのよ」


 結びつきが強い、という意味だろうが、ミィレの言い方では物理的に強そうな響きに聞こえる。


「へへっ。じゃあ、こうしようじゃないか。嬢ちゃんが強いところを見せてくれたら、護衛として雇おう。だが、弱かったら、娼婦として道中付き合ってもらうってのはどうだ?」


 ミィレとこの男の話を聞いて、徐々にほかの男たちも集まってくる。


「へぇ……。そんなに私って魅力的かしら? いくらあなたのような人にでも言われたらちょっとだけ嬉しいわね。娼婦としか見てないところは正直許さないけどね。まあ、面白いじゃない? で、どうやって強いかどうか決めるの?」


 ミィレのあまりの剣幕に男たちは少したじろぐ。


「じゃ、じゃあ、順番に挑戦者を決めるか」


「まどろっこしいわね。全員でかかってきなさいよ。武器も認めるわ。あと、私に傷1つ付けたらあなたたちの勝ちでいいわ。」


 ミィレが何の気になしにそう言ってのける。さすがの男たちも彼らのプライドが傷ついたようで各々、指を鳴らしたり、首を鳴らしたりし始める。


「傷一つ……だと? 商人だからって舐めてるな? まあ、じゃあ、お言葉に甘えて!」


 数人が飛びかかる。素手で来る者、ナイフを持つ者、手足を抑えに行こうとする者。様々な男たちがいたが、どれも彼女を傷付けるどころか触ることすらできなかった。


「は? なんで刃が空中で止まってるんだ? いつの間に防御魔法を?」


「手足すら掴めないぞ! どうなってる!」


「防御魔法なんて使えないわ。私に触れられるのはね、婚約者だけよ!」


 まるで愛の力がそうさせているとでも言いたげに、とても得意げな表情でミィレは語る。


「……予定だろ?」


「うっさいわね! さて、次はこちらからね」


 男の冷静なツッコミにミィレは青筋を立てる。そして、一向に男たちが彼女を掴めないので、彼女は反撃を開始した。手足に纏わりつく男たちは四肢を振り回すことで床や壁に叩きつけられ、いまだに殴ろうと両手を繰り出している男はその拳を掴まれ握り潰される。ナイフはくの字に曲げられ、それを持っていた男は腹に拳が入って、その衝撃に気絶する。


 次々に飛びかかる男たちは、まるでコバエでも追い払うかのような軽いモーションで彼女に順番になぎ倒されていく。


「ふー。つい張り切っちゃった。運動にもなりはしないけどね」


 近寄って来る人影がいなくなったことを確認して、ミィレは一つ深い息を吐く。


「……あのー、お嬢さん」


「あら、何かしら? あ……ごめんなさい。椅子や机の請求かしら。あまり手持ちはないのだけれど」


 その後、ウェイターの男が恐る恐るミィレに近付く。彼女は周りの惨状に気付き、店への損害をざっと計算する。ぼったくられない限り、彼女の手持ちで何とかなりそうだ。


「いえ、滅相もないです。そういうのはこいつらから搾り取ります。お嬢さん1人に寄ってたかって、しかも、負けるこいつらが悪いので」


「ほんと? 助かっちゃう!」


 男たちにしてみれば、踏んだり蹴ったりの結果である。しかし、因果応報。素直に護衛を頼めばこのようなことにはならなかった。


「けど、お嬢さん、誰もそのケガだとウィルドッセンに行けないですよ?」


「あ……」


 ミィレにとっても、大誤算だった。因果応報。もう少し粘り強く交渉するなり、一人ずつなぎ倒して5人くらい仕留めて格の差を見せつければ十分だったはずだ。


 こうして、結局、ミィレはその後もいろいろと手を探すもウィルドッセン行きの馬車どころか行商さえも見つからず、3日ないしケンが開通させるまで待つほかなかったのだった。

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