1-26. 『罠師』、王と会話する。(後編)
ケンはジョッキをゆっくりと傾け、喉を潤す。
「早速、いずれかの魔王が打って出たわけですね」
ケンが聞いた王の話はこうだった。このウィルドッセン王国と隣国であるランドンケラ王国との間にある山間部に関所として機能していた神の創りし砦と呼ばれる建造物があった。関所と言っても、ウィルドッセンとランドンケラは互いに友好国として国交もあるため、山間の中継地点のようなもので、周りに町も作って共同運営している。
そこをいずれかの魔王の配下である風の魔将と名乗る者がその神の創りし砦を占拠してしまったようだ。ただ、不思議なことに風の魔将とやらは、神の創りし砦のみを一日足らずで占拠したにも関わらず、砦を囲む町に被害を出していない。そのおかげで民は無事に避難を完了しているとのことだった。
王がざっと通しで話を終えた後にジョッキを逆さに傾けた3度目の一気飲みを終えた。
「その通り。風の魔将は、見た目こそ年端のいかぬ少女だが、彼女は風を自由に操り、空を飛ぶことは造作もなく、大軍をもあっという間に呑み込む風をも生み出せてしまう」
「それは強敵のようですね」
王は困った顔を隠さない。
「手も足も出ないとはこのことだ。まあ、幸いにして死者が出なかったが、とても動けるような状況ではない。隣国に書簡を送ったところ、彼らも似たような状況で困っているようでしてな」
ケンはその言葉に少し引っ掛かるところがあったが、ぐっと飲みこみ、別の質問をした。
「……なるほど。ところで、神の創りし砦とはどういったものでしょうか」
「それは余も詳しくは分かっておらぬのだが、この大陸に国が形成されるよりも古くに存在する砦と記録がある。砦の部分はただの建造物なのだが、地下への扉の先はダンジョンと化しているとのこと」
王は4杯目にしてついに一気飲みをやめ、軽く口を付ける飲み方に切り替えた。しかし、次はつまみが次々に王の口の中へと消えていく。ケンは豪快かつ良い意味で王らしからぬ王を久々に見た。
「ダンジョンですか。それは個人的にも興味がありますね」
「それはよかった。そのダンジョンは魔力量が多いようで、生み出される魔物も多い。聞いたところ、魔石狙いだとすれば、そのダンジョンには、トロールが出現するので好都合だろう」
その言葉に反応したアーレスはケンたちに説明する。
「トロールといえば、ヒト型の中級魔物ですね。ヒトよりも二回りほど大きい体躯とこちらの言葉をある程度理解する知能がありますが、会話となると難しいですね」
「なるほど。つまり、簡単な言葉を理解するから、戦闘中に使う程度の言葉だとトロールに気取られる可能性があるのか」
「そうです。そう説明した方がよかったですね。そして、魔法を使うこともありますが、身体強化魔法がメインで、つまり、肉弾戦が主です。魔石は力が上がるものだったはずです。冒険者ギルドで聞けば、もう少し詳細にわかると思います」
「そうか、ありがとう」
ケンはアーレスの説明にお礼を言った後、王の方に向き直った。
「ところで、先ほど死者が出ていない、と仰っていましたが、それは隣国も同じということですか」
王はゆっくりと肯いた。彼の表情は不思議そうな表情だった。
「その通り。風の魔将からの人的被害に死者がいない。あれだけの強さ、むしろ、生存者がいない方が納得するのだが、手心か、何かの策略か、はたまた、分からぬ何かに妨害をされているのか、理由は不明だ」
「そうですか。こればかりは直接聞かないと分からないですね」
ケンは王に合わせてジョッキに口を付けて、チビりと飲む。風の魔将の行動には、彼にも皆目見当がつかなかった。王の言う何かしらの妨害もあり得るが、それにしても死者が1人も出ないというのは不思議な話だ。
「ところで、アーレス様でよいか?」
「いえ、さすがにそれは恐れ多いです。ケンさんやソゥラさんは異世界からの勇者ですが、私は同じ世界の者、どうか敬称を付けずに呼んでいただけますと幸甚です」
「うーむ。では、目下という意味ではなく、親しみを込めて、敬称なくアーレスと呼ばせてもらおう。アーレスの出自はどこになる?」
アーレスは一瞬ビクッと小さく跳ねたが、すぐさまに答えた。
「ロブラーにある小さな村、亜人の村でした」
「……そうか。ロブラーは10年ほど前に現王になってから、いや、これ以上は余の口からは言えないな。知らなかったとはいえ、すまないことを聞いた」
王はそう詫びてからジョッキを少し傾け、その後に肉料理を一口入れた。
「とんでもないです! ご配慮いただけるだけありがたいです」
「少し話が変わりますが、リプンスト王の勇者スキルを教えていただくのはよいでしょうか」
「余か。『植物生成』だ」
『植物生成』。植物に類するものを種や苗などから生成したり、成木を大地に生やしたりすることができる。ただし、リプンスト王の勇者スキルのレベルが低いため、大地や大気、水、日光などの様々な条件によって生成できるものや生長できるものが限定されている。
「余の勇者スキルは今のこの国に最も重要なスキル。とはいえ、まだまだレベルが足りておらず、土壌や水源確保などを民にしてもらわねばならない」
「ありがとうございます。国のためになり、民とともに歩めるスキルは素敵だと思います」
「こちらこそ、ありがとう。しかし、魔王に荒らされてしまうのは困る。ぜひとも、ケン様の力を貸してほしい。できる限りのことは支援したい」
王はケンに向かってゆっくりと頭を下げた。次の瞬間、近衛兵たちもまた彼に向かって、一斉に深々と頭を下げる。
「恐れ多い。どうかお顔を上げてください。私たちは私たちの役割を果たすだけです。」
その後、しばらくケンたちと王の歓談が続いた後、王が明日も早いとのことで、ケンたちのこれまでの飲食分も含めて支払って退店する。前金とばかりに、ケンには金貨の袋を持たせた。
「良い王だね。民を信じているからだろうけど、若干周りへの危機感が少し弱いのは気になるけどね」
「国によって違うとは思いましたが、ここまでとは」
アーレスは小さくため息を吐く。故郷にいろいろな思いを馳せていた。
「いろいろと勉強すればいいだけさ。なんなら新しくそこの君主にでもなるといい」
ケンはアーレスを慰めるようにそう言った。
「ケン。私も慰めてください……」
「おかえり、ソゥラ。どうしたの?」
ソゥラはトイレから戻ってきて、開口一番に寂しげな声を出す。ケンは少し心配して訊ねてみるが、何となく思い当たる節があるのと、少しばかりの嫌な予感がした。
「先ほどの男の人があ、王様とのやり取りを見て、約束を反故にしてきたんです。あっちからあ、無理やり取り付けてきた約束なのに! 渡したものも放り返してきたんですよ!」
「そうか。ひどいし、残念だったね……」
「周りの他の人も全滅です!」
今でもソゥラを遠くから見る熱い視線は多いが、彼女と目が合いそうになると、それらはものすごい勢いでそっぽを向く。
「少なくともこの酒場では難しそうだね。さて、今日はもう遅いし、帰ろうか」
ケンはそう言って席を立とうとした瞬間、ソゥラに両肩を掴まれて、中途半端な姿勢で彼女を見つめることになった。
「……ソゥラ、どうしたのかな?」
「ケン……今夜こそ、今夜こそ約束を果たしてもらいますよ!」
ケンには、酔いが回っているソゥラを説得することも保留にして流すこともできなさそうに思えた。
「いや、それは……。アーレスも何か……って、いない!」
アーレスの姿は既になく、ケンのアドバイスの通り、脱兎のごとく逃げ去っていた。
「ケン?」
「はい。分かりました……」
結局、ケンはソゥラの夜のお供として、彼女の部屋に連れ込まれ、その夜を駆け抜けていった。
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