1-27. 『罠師』、Eランククエストを楽しむ。(前編)
「うっ……はっ!」
翌日。ソゥラの部屋には、身体の節々が痛いと思いつつも部位欠損が出なかったことに安堵している少しやつれているケンがいた。彼女は彼の出した暴走防止用ロープに身体を縛られているものの、非常につやつやした満足そうな笑顔でまだ眠りこけている。
「まずい。罠解除」
ケンはソゥラを縛っていたロープのほかに、部屋に施していた遮音の防壁やいろいろな道具を罠解除で消し去った。
「……大丈夫ですか?」
少しして、アーレスが恐る恐るソゥラの部屋にやって来た。彼女は、この2人でどんな夜が繰り広げられていたのかが窺えるかもと思い、少しドキドキもしていた。しかし、彼女から見て、何も目立ったものはなかった。
「罠を駆使してなんとかね。体力以外の損害はないね」
「分かりますけど、そういった行為の感想とは思えないですよね……」
「おはようございまあす」
「おはよう、ソゥ、むぐっ」
「おぉ……」
やがてソゥラも起き、ケンにキスするところをアーレスに見せつける。
「朝ご飯を食べるまでがお楽しみですよ。さて、今日もがんばりましょ」
ソゥラがそう言うと、ケンとアーレスは自室に戻ってから簡単に身支度をして、3人で宿を出た。
「さて、今日中の依頼が3つある。パーティー単位で受けていて、それぞれソロでも十分達成できると思う」
ケンがそう言うと、依頼書のコピーがソゥラとアーレスに渡される。
「いつの間に複写していたのですか?」
不思議そうにするアーレスに、ソゥラがクスッと何かを思い出したように笑う。
「これもケンの罠なんですよね。たしかあ、【本物より良質な偽物】でしたかあ?」
「【本物より良質な偽物】?」
アーレスは頭の上に???を浮かべたようなきょとんとした表情になる。ケンも思わず笑みを零してしまう。
「え、ソゥラ、覚えていたの? 恥ずかしいというか、懐かしいというか。『罠師』の練度が低かったころは、自分の手を使ったり、名前を付けたりしないと発動しないものがあったんだ。今でこそ、少量の魔力だけで手間も少なく発動できるようになったけどね」
「本当に、『罠師』は何でもありですね」
努力は裏切らないといった表情をするケンを前に、アーレスは少し身が引き締まった思いを抱いた。
「おかげさまでね。さて、話を戻すよ。依頼は3つ。〈薬草の採取〉、〈地下水道の掃除〉、〈女性限定 服の試着〉だ」
ケンはそれぞれを説明し始める。
「〈薬草の採取〉は、そのままだね。荒野や岩山に生える薬草を採取しただけ買取りがある依頼だね。ノルマも1本からってことだから必ず1本は持って帰ればいいってことだ」
「あ。これですか。薬草にも見覚えがあります。簡単そうですね」
アーレスは実物を見たことがある自分が適任だと思った。しかし、そうなると、〈地下水道の掃除〉をケンに、〈女性限定 服の試着〉をソゥラに自動的に任せてしまうことになる。そのため、まずは黙って様子見をすることにした。
「さて、問題はその後だ。おそらく、世界の理から考えると、〈薬草の採取〉には、絶対にBランク程度の魔物が出てくる」
「……Eランクの依頼ですよね? というか、Bランクの魔物は地上に滅多にいないんじゃないでしょうか」
思わずぎょっとしたアーレスの疑問に対して、ケンは落ち着いてといった素振りを彼女に送ってから続ける。
「次に、〈地下水道の掃除〉は定期的に清掃してくれている業者さんが最近腰を痛めたとのことで、臨時の掃除代行依頼のようだね。おそらく、手作業もしくは掃除系の生活魔法が必要になると思う」
「この依頼は辛ければ辛いほど、見えない所で働いてくれている人に感謝する気持ちが芽生えそうですね。私は、掃除系の生活魔法は未修得ですね」
アーレスは手作業だとどのくらいの時間がかかるのかを考えていた。
「そして、世界の理から考えると、〈地下水道の掃除〉には、絶対にBランク程度のしかも汚い魔物が出てくる」
「……Eランクの依頼ですよね?! しかも街中にBランクなんてありえないですよ?!」
ケンはアーレスを手でゆっくりと制止した。
「最後に、〈女性限定 服の試着〉は、衣服屋でデザイナーと店長の前で数十着の服を試着する」
「正直、私にはちょっと恥ずかしいですね。私よりもソゥラさんの方が適任かもしれません」
アーレスは口当てを外したくないのと、数十着も着るとなると恥ずかしい恰好のものも出てくるのではないかと心配になってきた。
「これもまた、世界の理から考えると、……何かが起きる!」
「えっ、何が起きるんですか?!」
いずれも何かしら起こる世界の理とは一体なんなんだろうか、とアーレスは理解できない何かを悩み始めた。
「そうですよね。アーレスはあ、〈薬草の採取〉がいいかもです」
ソゥラは思案顔の後にそう提案した。そうすると、自動的に分担が決まってくる。
「「そうですよね」なんですね……」
「僕もそう思うよ。僕が〈地下水道の掃除〉、ソゥラが〈女性限定 服の試着〉、アーレスが〈薬草の採取〉だとちょうどいいと思う。どうしても対処できないようだったら、これを使ってほしい」
ケンはそう言って、アーレスに野球ボール大の球を渡す。
「これは?」
「これは、魔力を込めると、緊急信号を発生させる装置だよ。受信する装置は僕が持つ。距離にもよるけど、なるべく早く向かうことを約束するよ」
アーレスは経験豊富な2人が決して冗談で言っているわけではないことだけ理解した。
「分かりました。ケンさんの話が本当なら、Bランクが出るのですね。十分に気を引き締めないといけないですね」
「いい心がけだね。そう、油断大敵だからね」
「夕方にギルドに集合でいいですかあ?」
ソゥラはそう提案し、2人は肯いた。
「そうだね。そうしようか」
「はい。分かりました」
アーレスは町の外へ、ソゥラは昨日の服屋へ、ケンは地下水道を管理している場所へと向かって行った。
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