第1部4章 『罠師』、風の魔将と戦いに備える。
1-24. 『罠師』、酒場で巻き込まれる。
「乾杯!」
ソゥラの高らかな声とともに酒場での夕食が開始された。ワイワイガヤガヤと周りからの楽しそうな声が響き、少しばかりガタつくテーブルと椅子や歪んだ食器類が酒場の雰囲気を良い方向に高めている。彼女は鎧姿ではなく、町娘のような露出の少ない衣服を身に纏っている。普段の彼女のイメージとは打って変わった清楚寄りの格好だった。
ただし、その服でも彼女のスタイルの良さは隠しきれていない。酒場までの道中ですれ違う男たちはみなソゥラを二度見、三度見していた。今もほかのテーブルの男たちが彼女を凝視している。
「さてさて、どうなるやら……」
ソゥラとケンは酒を注文し、アーレスはこの地方の名産フルーツを使ったノンアルコールドリンクを注文している。食事はスープやサラダがドリンクと一緒に出てきていた。
「やっぱり、お酒はあ、幸せの味がしますね」
「お二人ともお酒を嗜まれるのですね」
アーレスがそう訊ねると、ケンはジョッキから口を離して答え始める。
「少しね。そもそも、世界や国によっては酒が飲める年齢は異なるからね。それに、酒の場でのコミュニケーションも一定数あるのだから、まったく飲めないよりは状況に応じて飲めた方がいい」
「なるほど」
「もちろん、自分の飲める分量を知った上でね。そして、今日は、そういう状況ということだよ」
アーレスはそのケンの言葉に疑問を持ったが、ソゥラの飲みっぷりを見る限り、そういうことなのだろうか、という結論に至った。
「それよりも、アーレスはソゥラに警戒しておいてね。飲みすぎると無意識で強めのフェロモンを出すから。当てられると後が大変だよ?」
「っ!」
アーレスはケンの言葉に思わず、椅子をガタっと鳴らして、立ち上がりかける。
「女の子の姿ならあ、大丈夫だと思います、よ?」
「その少し疑問形になっているのは怖いですね……」
「それにアーレスはあ、お酒を飲んでないからあ、大丈夫だと思います、よ?」
「???」
「酔っている人たちは、隙も気も大きくなっているからね。フェロモンに当てられやすくて、すぐにこちらに絡んでくる。ほら、さっそくね」
ケンがアーレスにそう言って、視線を横の方に移すと、見るからに力自慢といった風体の筋骨隆々の大男が3人のテーブルに近寄ってきた。
「兄ちゃん、両手に花は羨ましいねえ。そっちの姉ちゃんを俺らに譲ってくれねえかな?」
「譲るも何も、彼女は僕の仲間であって所有物じゃない。だから、僕なんかをその厳つい顔で脅しても仕方ないから、彼女を直接口説くといいよ」
ケンは大男にそう返すと、持ち上げているジョッキを口に当てて傾け飲み始めた。大男はその物言いに少し引っ掛かりつつもニヤリとし、ソゥラに話しかける。
「だそうだ、姉ちゃん。どうだ、あっちのテーブルで俺たちと飲まねえか?」
ソゥラはジョッキを空にしてから大男に微笑む。
「後でもいいですかあ? 仲間とこれからの話をし終わったら、すぐにそちらに向かいますからあ」
「へっ、後で来るって保証がなけりゃ、今すぐ来てもらうぜ」
アーレスは大男の横暴な態度にムッとしていたが、ケンもソゥラもそれを気にした様子はない。大男が大きな掌でソゥラの腕を掴み、無理に引っ張ろうとする。だが、彼女はビクともしない。大男程度の膂力では、彼女の力の前だと赤子も同然だった。
「ん。意外と重ぇな」
「っ!」
大男は力自慢ゆえの失言をしてしまう。そして、ソゥラの発する気が一瞬にして変わった。彼女は表情が笑みのまま、静かに怒りを込み上げて外に表れた。
「っ……」
アーレスは小さく呻いた。彼女が何かに気付き、周りを見渡すとケンとソゥラ以外が気絶している。目の前の大男は立ったまま硬直状態で気絶していた。やがて、遠くの人間から徐々に意識を取り戻し始める。
「一体何が……」
「ソゥラの怒りの圧が強すぎて、酒場にいた全員が気絶してしまったようだね。アーレスも一瞬だけども気絶するほどだから、ソゥラはコントロールを上手に利かせられなかったようだね」
「え……」
アーレスは警戒レベルを少し上げ、ソゥラは少し涙目でケンに話しかける。
「だって、重いって……、重いってひどくないですかあ?!」
「まあまあ、落ち着いて。別にソゥラを責めているわけじゃない。確かに女性に言っていい言葉じゃなかったからね」
「そうですよね!」
「そうそう。まあね、この男もソゥラを華奢な女の子と思っていたから不意に出てしまった言葉なのだろうし、それに気絶させてしまっているから、もう許してあげてもいいんじゃないかな?」
「……そうですね。まだ怒りはあ、すごく込み上げてきますけど、特別に許してあげます」
「ん。飲みすぎたかな、少し意識が飛んじまった。っと、ほら、来てくれよ」
「うーん。仕方ないですね」
ソゥラは大男が手を再び出してきたタイミングで、彼に何かを持たせた。
「後でそれを取りに伺いますからあ。それがないと困りますし。広げないでくださいね? 恥ずかしいですからあ」
大男は手に持たされたものの感触を確かめた後、ニヤニヤとしながら「まあ仕方ねえな。分かった、じゃあ、待ってるぜ」と言って、元のテーブルに戻っていく。
「ほかの皆さんも、帰らずに待っていてくださいね」
ソゥラのその言葉に大男とその仲間たちはにやにやした。ケンは心の中で、ご愁傷様、と静かに思った。
「ソゥラさん、何を渡したんですか?」
「下着ですよ?」
「したっ……」
アーレスは思わず大声を上げそうになったが、その単語を言い切る前に手で口を塞いだ後にグッと呑みこんだ。
「なんてものを渡しているのですか!」
「謝罪の意味も込めたのと、こちらの話が終わらないのは困りますからあ。それに、あの手の人たちはあ、どうせ一緒に飲むだけで終わらないのですからあ」
「えぇ……」
アーレスは困惑の表情を隠さない。
「それならあ、その後のこともこちらから示してあげれば喜んで待ってくれますし、大人しく待っていてくれるのですからあ、かわいいものですよね」
「ソゥラは今日帰ってこないってことだね。まあ、僕なら絶対に酔ったソゥラの相手はしたくないね」
「えっ……」
ケンの真剣な面持ちに、アーレスはさらに困惑の表情を浮かべる。
「酔えば酔うほど、加減が分からなくなっているだろうからね……。良くて体力が空っぽ、悪いと死ぬまで奪われ続けるか、あと、酔った勢いでアレを物理的に潰されるか、だね」
「あ、あぁ……」
アーレスは、想像するだけで言葉に発することもできず、軽く眩暈を起こした。大男は何も知らないとはいえ、とんでもない約束をしている。
「アーレス、もしソゥラが飲んでいて、身の危険を感じたら逃げた方がいいからね」
「はい」
アーレスは深く深く心に刻んだ。
「ソゥラ、できる限り、物理的にも体力的にも無事に返してあげるんだよ?」
「ちょっと! もう少しだけ、女の子扱いしてくれませんかあ?」
ソゥラは少し顔を膨らませて、いつの間にか追加していたジョッキを飲み干していた。
「ごめん、ごめん。もちろん、ソゥラは女の子だから、心配は心配なんだけど、とはいえ、あの程度の男だと、ソゥラに危険なことはないだろうという信頼もあるからね」
「むー」
ソゥラはさらに頬を膨らませるが、やがて諦めて、やってきた料理を頬張り始めた。肉汁の溢れているステーキのような肉料理は、彼女の口に合ったようだ。彼女はすぐに笑顔に戻って、幸せそうに食事をしている。
「さて、ギルドの登録は済んだし、教会にも行った。この町でやれることは後なんだろうか」
「そうですね……」
アーレスがケンの質問について少し考えながら、ジョッキに口をつける。その間にソゥラは口の中を空にしてから、徐に口を開いた。
「んー、勇者といえばあ、王様と会うことでしょうかあ」
「なるほど、王への謁見ですか。謁見と言っても、朝から晩まで現場で指揮をしているようなので、すぐに会えるようですね」
「そうなんですかあ?」
ソゥラの不思議そうな表情に、アーレスは強く縦に頷いた。
「はい。もちろん、近衛兵などはいるようですが、誰でも話しかけられる雰囲気ではあるとギルド長から聞きました」
「そのようだね。そして、そろそろかもしれないね」
「え、何がそろそろですか?」
アーレスがケンの方を向いて訊ねたその時、酒場の扉がバタンと大きな音を出し、外から何人かの屈強な身体の男たちが扉の左右に整列をした。そして、一人が大きな声を上げる。
「皆の者、歓談中に失礼する! 今よりリプンスト王がお入りになられる! しばし静粛に願う!」
その一言に酒場に居た全員が一斉に椅子から降りて、片膝をつきながら頭を垂れ始めた。
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