1-Ex1. ソゥラ、ナンパ男に憤慨する。

 ソゥラは、教会に向かうケンとアーレスと別れて、衣服を探して服屋を探していた。


「さすがに、神秘の鎧ばかりだと飽きてしまいますからね」


 露出の多いビキニアーマーのような神秘の鎧は、今でこそ『色欲』のスキルと相乗効果を生み出すような魅力的な装備だ。今も行き交う男たちはソゥラを凝視せずにはいられない。これまでも数えきれないほどの男たちが隣にいた彼女や奥さんに小突かれたり怒られたりしたことか。


 しかし、『色欲』のスキルを得た5つ目の世界より前の世界だと、彼女は気恥ずかしいばかりだった。彼女のグラマラスな容姿は元々だが、性格は割とのほほんとした普通の少女だった。手に入れた最初の頃は、着るのにどれだけの勇気を振り絞ったか分からない。


「あの時はあ、ケンも鼻の下を伸ばして、まじまじと凝視してくれていたのに! ひどい!」


 ソゥラは1つ目に救った世界でのケンを思い出していた。彼は今ほど強くなく、『罠師』という評価されない職業タイプの勇者スキルを、独学で最強のスキルに高めていっている最中だった。


 彼は正義感に溢れ、彼の目指した勇者像に向かって、いろいろなことに巻き込まれつつも最後まで何事も諦めず、関わってきた人々を笑顔にしてきた。彼女は彼の熱意とその生き様に惚れて、恋心を抱きつつ、仲間としてここまで付いてきたのだ。それは姉のミィレも同じことである。


「今も今でケンはあ、素敵ですけどね!」


 ソゥラは誰に聞かれたわけでもないのにそう独り言ちた。


「お姉さん、お姉さん。お姉さんも冒険者? そうでしょ? 俺もなんだ。女戦士かな? かっこいいね! ちょっと話そうよ」


 未だに服屋が見つからずにソゥラが歩き回っていると、彼女の視界の端から冒険者風の男がシュッと出てきて、急に彼女にナンパを始めた。


「あらあ、珍しい」


「え?」


「いえ、何でもないですよ♪」


 大抵の人間は、ソゥラのことをまじまじと見ても、他の女性と比べて身長も一回り大きい上に女戦士の格好をしているため、声まで掛けることが少ない。もちろん、彼女がフェロモンを意識的に出したり、妖しい目で見つめたりすれば、話は別だが、今はそのどちらもなかった。


「ごめんなさあい。これからあ、服を買いに行きたいんですよね」


「へぇ。服ね。今でも魅力的だと思うけど、そうだ。じゃあ、好きな服を2,3着買ってあげるから、デートしない? 俺、ちょうど依頼達成でお金があるんだよね」


 ソゥラの目が妖しく光る。ナンパ男が同じくらいの身長のため、わざと前かがみになって少し身長を低く見せつつ、自慢の身体を見せつけるようにしていた。ナンパ男は臆面もなく凝視する。


「デートならあ、服も欲しいけど、甘いものも奢ってほしいなあ♪」


 ソゥラからすれば、服を買ってもらった後に、することをさっさとしてエネルギー回収してもよいのだが、どうもナンパ男から体力の高い雰囲気がしなかったようだ。


 男は依頼で体力を使ったのだろう。そうなると服屋で延々と服選びをして時間を潰す予定だったのが、ナンパ男と付き合うことで時間を持て余す可能性も出てきたのでそのように提案したのだった。


 後、ソゥラが純粋に甘いものを食べたかったのもあった。


「うーん。甘いものか。どうしよっかなー」


「わがまま聞いてくれたらあ、いいことあると思うんだけどなあ♪」


 ソゥラの垂れ目がちな目の中で桃色の瞳がさらに妖しく光る。


「いいこと?」


「い・い・こ・と♪」


 ナンパ男の期待が高まる。ソゥラの妖しい目の影響もあり、彼はこの機会を逃がしてはいけない、と強く思っていた。彼女は彼女で、この男が喜びそうな流れと言い回しをする。


「それじゃあ、仕方ないなあ。じゃあ、服屋、甘いものの後で……」


「い・い・こ・と・ね♪」


 ここまで露骨だと少しは何かを疑ってもよいのだが、既にソゥラの術中にはまっているナンパ男にそのような考えはなく、もしかして運命の出会い? くらいに能天気な考えが脳内をお花畑に変えていた。


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 服屋。城下町の活気を受けて、服屋の服のバリエーションも中々に豊富だった。普段使いの町娘の服から、神秘の鎧よりもさらに際どい夜の踊り子のような服装まで取り揃えられており、一種のコスプレ服のようなものまであった。


 ソゥラは色々な服をとっかえひっかえ試着しては、たまに出てくる世界観の違う服装に思いを巡らせる。


「少し世界観が違う服装もありますけど、特異点でも湧いたのでしょうかね」


 普通に生活している人々からすれば、天啓のような閃きは、突発的な異世界からの情報の流入とも考えられる。それはこの世界から見た特異点の1つとなる。


「いいね。何でも似合うよ!」


 ナンパ男はどれもこれも似合うと言う。実際にソゥラは割と何でも似合うが、彼女はそれだと面白くない。


「1つはあ、この普段着のような服がいいです。あと、数着はあ、お兄さんに選んでほしいなあ♪」


 ナンパ男は途端に真剣な眼差しになった。彼は、ここで自分の趣味全開の、というか、この後のい・い・こ・とを想定した服で枠を埋めてしまうと、呆れられて逃がしてしまう可能性があると考えた。


 一方、ソゥラはそれを見て楽しんでいる。彼女が獲物を逃がすわけもなく、どんな服でももらえるものはもらうつもりなので、正直何でもよかった。しかし、彼女はナンパ男のこの欲望渦巻く表情七変化を眺めるのが楽しいようだ。


「これと、これと、これだ!」


 やがて、ナンパ男が選んだのは、替え用のつもりか町娘風の色違いの服、動きやすそうな運動に適した服、そして、白いナース服だった。そう、この男もまた特異点に導かれたようだ。


「どれも素敵ですね。ありがとうございます♪」


 ソゥラがナンパ男の腕にぎゅっと抱き着くように身体を寄せると、彼の顔は今までになく崩れてしまう。その後、彼が会計を済まして、近くの甘味処に寄る。彼女は甘いものをいくつか堪能して長居しつつ満足そうな笑顔になる。


 彼女が時間を掛け過ぎたので、ナンパ男がソワソワし始めた。


「ごちそうさまでしたあ。さて、どこで、い・い・こ・と、しますかあ?」


 ソゥラがそう言うと、ナンパ男は待っていましたと言わんばかりに、自分の泊まっている宿に彼女を連れ込んだ。しかし、1時間もしない内にソゥラが宿屋から服の入った袋を持って一人で出てきた。その表情を見るに、少しご立腹だった。


「体力なさすぎです。最初から最後まで自分勝手な感じだったし、私が動いたらあ、あっという間に気絶までしちゃうなんて、ひどすぎです! ……ああ、もう!」


 ソゥラは日の傾きを見て、なんだかんだで少し遅れていることに気付き、急ぎ足で待ち合わせ場所に向かう。向かった先には、既にケンとアーレスがお茶をしながら待っていた。彼はソゥラに気付いて、軽く手を振った。


「ごめんなさあい」


「問題ないよ。ソゥラ。いいものがいくつかあったようだね? その町娘風の服も素敵だね。ソゥラによく似合っているよ」


 ケンの言葉にソゥラは嬉しそうに微笑む。


「ありがとう。面白い服があ、たくさんありましたあ」


 そう言ってソゥラは袋の中身を見せる。


「……ナース服か。とても、いいね……」


「ナース服?」


 ケンはまじまじとナース服を眺め、アーレスはナース服を初めて見たようで不思議な表情でナース服を見つめていた。


「なるほど♪」


 ソゥラは、ケンのナース服を見つめるその姿に、今度これでケンに迫ってみようか、と考え、今もなお気絶しているであろうナンパ男にこの時ばかりは感謝をするのだった。

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