1-23. 『罠師』、6柱の神々と邂逅する。

「ふふふ。ようこそ、神々の住む場所へ。ふふふ」


 ケンの声に反応した神は、歓迎する言葉とともに何の変哲もない床から光の玉として浮かびあがってきた。声は1つだったが、ケンがよく目を凝らすと、現れた光の玉が二つに分かれた。


「あぁ。そうか、これでは君が話しづらいね。人の形に変わるから待ってね」


 先ほどとは違う、より低い声がそう呟くように言うと、2つの光の玉がぐにゃりと変形した。2つともケンより頭1つほど背が低く10代中ごろの少女といった容姿であり、ショートボブの青髪に水色の瞳を持っている。鏡合わせのように同じ容姿ではあるが、肌の色が白と褐色で少しばかり違っていた。


「ふふふ。見分けがつくようにね」


「そうだね。見分けはつけないとね」


 2柱の神々は同じ少女の容姿で声の高さがソプラノとバスほど違うため、ケンは少し違和感を覚えていた。何よりその容姿に既視感があった。


「出てきてくださって助かります。そして、私の記憶を読みましたね?」


「ふふふ。ごめんね。話しやすそうな容姿になりたくて」


「そうだね。でも、逆に話しにくいかな?」


 ケンはゆっくりと首を横に振った。2柱は綻んだ笑顔を彼に見せながら、急に明後日の方向を向いた。


「ふふふ。ほかのみんなも出ておいでよ」


「そうだね。僕らが招いた勇者なんだからみんなで歓迎しないとね」


 その2柱の言葉に応じるかのように、4つの光の玉が現れて、それぞれがぐにゃりと歪み、人の形を成した。全員少しずつ違うが、同じ容姿である。


「6柱全員がほぼ同じ容姿はやめてください。いろんな意味で」


 動じないように努めていたケンもさすがに待ったを掛ける形になった。後から出てきた4柱の神々はそれぞれが別の容姿になる。どれも彼の見覚えのある姿であり、どれも懐かしい遠い昔の旧友たちであった。ただし、声がちぐはぐでそこばかりは違和感がある。


「ふふふ。さて、6柱全員が揃ったことだし、お話を始めようか」


「そうだね。でも、6柱全員が話すとややこしいから、僕ら2人が主に話すよ」


 その2柱の言葉にケンも残りの4柱も首を縦に振った。


「ふふふ。まず、目的の再確認だよ。僕たちはこの世界の破壊を望んでいる」


「そうですか」


 ケンはその言葉にさして驚いた様子もなく、感情の乗らない相槌を打った。彼の『観察眼』は神に働かないため、元来の観察力や洞察力を持って、神の意図するところを汲み取る必要がある。彼はその後にこの世界での在り方を見出さなければいけない。


「そうだね。この世界は僕たちに手が負えないほどに歪な積み上がり方をしてしまった。これは僕たちが大して手入れをしていなかったからだけどね」


「ふふふ。ただ、再構築のための破壊だからね。僕たちのような存在は手加減ができないから、すべてを壊してしまう可能性がある」


 神々は意識してか、ケンの友人そっくりのイントネーションで話す。彼にはそれが少しくすぐったい感じもした。


「なるほど」


「そうだね。すべてが壊れてしまっては神も存在意義を失われてしまう。つまり、僕たちが世界とともに消滅してしまう。それは僕たちが困ってしまう」


「ふふふ。だから、魔王と呼ばれる存在を招くことにした。魔王ならそこそこの力で、僕たちが彼らの目標を決めることができるからね。すべてを壊すことはないだろう」


「しかし、魔王だけを呼ぶことはルールとしてできないから、私たち勇者側も招いたということですね」


 ケンはゆっくりと口を開いた。彼はこれまでの世界でも似たような条件で呼ばれたことがある。もちろん、逆の条件で呼ばれたこともある。しかし、神々はいつも気まぐれであり、まるで子供のように振る舞うことさえもしばしば見受けられる。


「ふふふ。さすがは5回も世界を救った勇者だね。神々の創ったルールにも造詣が深いようだ。つまり、話の理解も早い」


「そうだね。数多ある世界、それぞれの神々が足並みを揃えるためのルールや条件がある。そうでないと、異世界とのやり取りができない。やり取りができなければ、存在意義が失われかねない事態に対処できない可能性がある」


「それは分かりました。ただ、私や私の仲間たちは6柱の意図に沿うつもりはありません。つまり、魔王たちの破壊を可能な限り防ぎ、魔王たちを討ち倒し、この世界が平和になるように努めます」


 ケンは毅然とした態度でそう答えた。6柱は微笑みを崩さず、首をゆっくりと縦に振って返答した。彼は6柱から威圧の一切もないことから、敵対することはないと判断できた。


「ふふふ。もちろん。それが君たち勇者の存在意義なのだろう? 僕たちが自身の存在意義を気にかけて動いているのに、君たちに存在意義を否定するようなことができるはずもないよ」


「そうだね。僕たちの望む望まぬに関わらず、君たちは君たちの存在意義と思いや願いのために動けばいい。それもまたルールのようなものだからね。それで勇者に不利なことは起きないことを宣言しよう」


 ケンは恭しく礼をした。


「ありがとうございます。あと、不躾にすみませんが、魔王が4組、勇者が6組と聞きました。つまり、魔王の方が各組は元々強いのでしょうか」


 この質問の回答はケンにとって非常に重要だった。常にバランスが重要なため、比率が違うということは、魔王の方が個々の強さが強い可能性があるからだ。


「あぁ。それは違う。予想外のことが起きた」


 今まで話していた2柱とは別の1柱がバツ悪そうにそう呟いた。10代の少年の姿をした神は、声が中性的だが、身体つきが180前後の筋骨隆々といったところだ。逆立つように生えた黒髪に茶色い瞳をしていた。


 やはり、声だけが違和感を覚える。


「違う? 予想外のことが起きた?」


「あぁ。これはこちらから話しておきたかった内容だ。魔王として招いた1組がいるのだが、招いた直後に勇者になってしまった。勇者と魔王が出会って、勇者が魔王になったり、魔王が勇者になったりすることはあるらしいが、何の変哲もなく始める前に変わってしまったのには驚いた」


 ケンは少し面倒そうだと感じた。同じ勇者とはいえ、気を付けた方が良さそうだと心に刻む。


「ふふふ。そういう面白い魔王? 勇者? がいてもいいと思うよ。心変わりは何の不思議でもないよ。さて、話を戻すと、魔王5組、勇者5組でバランスは整えていたよ」


「そうだね。ただ、開始後ならともかく、開始直前にそのバランスが崩れた結果、この世界に元々眠っている魔王候補が強くなってしまったけどね」


「眠っている魔王候補?」


 ケンは違和感を覚える。


「ふふふ。まだ眠っているし、他の魔王たちがすべて討たれた後は自動的に封印されてしまうけどね」


「そうだね。まあ、仕方ないね。その魔王候補は起こすつもりもないけどね。一通り説明は終わったけれど、ほかに聞きたいことはあるかな? ただし、招いた魔王や勇者の細かい情報は出せないけどね」


 ケンはこれもまた経験済みの対応だったので、6柱にゆっくりと頷いた。


「それは理解しております。ただこれだけは質問したいのですが、私以外に既にあなた方と交信をした勇者や魔王はいますか?」


「ふふふ。もちろん、いるよ。2組の魔王と、3組の勇者だね。君のパーティーは3番目だったかな。ミィレという女の子が挨拶に来てくれたよ」


 ケンはミィレに感謝しつつ、まだ神と交信していないパーティーがいることに驚いた。彼は、他のパーティーも癖が強そうなのだろうな、と推測した。


「そうだね。早く会ってあげるといい。彼女は君のことや妹のことをとても心配していたよ」


「ありがとうございます。そういえば、今後もまた皆さんにお会いできますか?」


「ふふふ。もちろんさ。少なくとも誰かしらが対応するよ」


「そうだね。今後も雑談でもいいから、お話をしてくれると嬉しいよ。僕らだけで話すのは十分にしているからね。たまにはほかの世界の話も聞いてみたいね」


「それでは機会があれば、異世界のお話もしましょう」


 その後、ケンは6柱と少しばかり雑談をした後、神々の住む場所から意識を離した。

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