1-22. 『罠師』、教会に向かう。
教会は一般人からすればただ神に祈る場所だが、勇者や勇者候補にとっては、神と交信が可能な唯一の場所である。ただし、神がいつでも応じてくれるわけではなく、場合によってはどれだけ交信を取ろうとしても応じないこともある。
どの世界であろうと、神は大抵きまぐれなのである。
この世界において、教会を有する宗教は1つしかない。その宗教では6柱を崇めている。その6柱の神は役割分担があるわけではなく、各々が全てを司っているという不思議な形態を取っている。その6柱は、語り継がれている神話において性別がはっきりせず、両性偶有や無性別の可能性もある。
なお、アーレスは、交信したことのある神が1柱のみであり、その神の容姿が幼児のような見た目をしていたため性別の判別が難しかったようだ。
「そういえば、ギルド支部長と話した結果ですが、Eランクとして再スタートになりました」
「希望が通ったんだね」
アーレスは「一から出直したい」とギルド支部長に話して、ギルド支部長にそれを了承されたようだ。ギルド支部長としては、ガーゴイルの討伐履歴も鑑みて、失踪ではなく修行扱いで現状維持としたかったようだが、あえて、彼女の意志を尊重した形を取った。
「早めにランクを上げてくれ、とは言われましたけどね」
「まあ、もちろん、未来の勇者がいつまでも低ランクでは格好がつかないからね。地道にSランクまで上げていこう」
ケンとアーレスは、教会までの道中でそのような話を繰り広げていた。2人はソゥラと昼食を共にしたが、その後に「ああ。少し服を見てきますね。」と彼女が言って、後で合流する場所と時間を決めて、別行動をとっていた。
「ソゥラも女性だからね。各世界の衣服などを買っては楽しんでいるようだよ。まあ、世界を救うと必要最低限の持ち物だけ次の世界に持っていくことになるから、下着や肌着はともかく、上着はあの鎧しかないのだと思う」
「そうですか」
アーレスはあの鎧を上着と呼ぶのに若干違和感がありつつも納得した。
「あと、どうやら教会は苦手なようだ。神と交信するときは大抵別行動を取りたがるんだ。今回は大した話でもないから僕も認めたけどね」
ケンはやれやれと言った素振りを見せるが、口振りや身振りと裏腹に表情には納得してる様子が出ている。
「好きなものがあるのはいいことですね。戦いばかりでは心が荒んでしまうでしょうから。でも、神との交信を避ける勇者メンバーもいるのですね」
「まあ、そういう人もいてもいいんじゃないかな」
ケンが少し濁した形で終わらせたため、アーレスもそれ以上は聞かなかった。
「さて、着きましたよ」
2人がしばらく歩くと、アーレスはとある建物を指さしながらそう言った。ケンは彼女の指先から目の前の建物に視線を移す。ケンの視界に映ったのは、真っ白な装飾の美しい教会だった。
教会の正面、白塗りの厳かな扉の上側には神を模した6体の偶像が彫られており、扉やその周りには様々な生物が入り乱れているように掘られていた。すべての生物が神を崇めているようにも見え、また神が絶対的な存在として君臨しているようにも見える。
「そういえば、宗教の名前を聞いていなかった。なんて名前の宗教なんだい?」
「正式な名称はありませんが、通称は六柱教です」
「正式な名称がない?」
ケンが不思議そうにアーレスへ問いかけると、彼女は首をゆっくりと縦に振った。
「ええ。神にも宗教にも名前はありません。私たちごときが、私たちを超越する神々やその神々を奉る集まりそのものに名付けられるわけもないということです。実際、神にお名前を訊ねても、好きに呼んで、という感じで、名に意を示していませんでした」
「そうなのか。でも、神が1柱ならともかく、6柱もいるのに名前がないのは少し困ってしまうね。まあ、自由に呼べばいいならそうするしかないけれど」
ケンはアーレスにそう答えながら、重々しい扉に手を付けてゆっくりと押した。扉は、彼が思うよりも軽かった。おそらく、子どもでもそれほど苦労せずに開けられる程度の軽さだ。
「おぉ……これは……」
ケンは思わず息を呑んだ。表からは分からなかったが、聖堂の左右の壁には煌びやかなステンドグラスが取り付けられており、差し込む陽光がそのステンドグラスを一層輝かせている。白とのコントラストが映えるこげ茶色の長椅子は前後左右に整然と並べられていた。よく目を凝らすと多少見られる埃や砂がなければ、まるでこの世のものではないような美しさだった。
ケンがその美しさに目を奪われ、しばらく動かなかった後、奥の扉がゆっくりと開いた。
「お待ちしておりました。異世界の勇者、ケン様。私はここの司祭にございます」
司祭を名乗る高齢の男は、黒の丈の長い服を着て、その上に緑のストールを羽織っている。彼の白銀ともいえる老いを感じるも美しい髪色はこの白い教会で一層映えている。
「待っていた?」
「はい。数日前、夢で神の声が聞こえました。普段はそのようなことがありませんので、よほどの重要なことだと考え、ここでお待ちしておりました。そして、神はこうも仰っておられました。異世界からの勇者が来た後、こちらに座ってもらうように、と」
目蓋の重そうな司祭は目を開かない微笑みを一切崩さずにゆっくりとした丁寧な動作で、ある長椅子に手を向けた。
「そうでしたか。お手数をおかけしました。私がこの町に着いた初日に伺えばよかったですね」
ケンは恭しく司祭にお辞儀をした後に口を開き、言葉を発した。司祭は彼に向かって、ゆっくりと首を横に振った。
「気になさる必要はございません。こうしてケン様とお会いでき、そして、自らの役目を果たせたのですから、私から言うことは何もございません」
ケンは丁寧な足取りで司祭の示す長椅子に向かい、ゆっくりと腰を掛けた。彼は不意にアーレスの方を振り向いた。
「アーレスはどうする?」
「私はこちらで待っています」
「分かった」
ケンはアーレスの回答を聞いた後、前に顔を向きなおし、目を数秒瞑り、その後開いた。
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ケンの目の前に広がっていたのは上も下も周りも真っ白な空間だった。彼はその真っ白さに畏怖すら覚える。
「こういう空間は久々だ。第2世界だったか、第3世界だったか。しかし、何度見ても慣れないものだね。影の1つもなく、すべてが真っ白だと感覚が狂ってしまいそうだ」
ケンはそう独り言を呟き続けている。そうでもしないと、彼は何かに飲み込まれる感覚に陥ってしまうからだろう。彼は目を周りに配らせながら神を探している。神が彼をこの空間に呼んでいるということは、神は彼を認識しているはずである。
「かくれんぼに興じるつもりはないので、そろそろ出てきてもらえるとありがたいですね」
「ふふふ。遊び心も大事だと思うけどね」
ケンは声のする方向を振り向いた。
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