1-11. 『刀剣生成』、成長する。(中編)
アーレスは最初の方こそケンの罠による抑え込みを織り交ぜながらの鍛練だった。それが半日経つ頃には抑え込みなしでガーゴイル相手に最後まで立ち回りができるようになっていた。
彼女が元々、兵士同様の訓練を重ねていたこと、野盗頭として戦況や立ち回りを経験していたことが活きている証拠である。
「アーレスが倒したガーゴイルは5体か。終盤の追い上げがあったから……そうだね。これは引き返して、ここでもう2、3泊だな」
「いえ、まだまだできます!」
アーレスは強い意志を目に宿してそう返事をするが、肩で息をしているほど、疲れを隠しきれなくなってきていた。半日もスキルを多用し、明らかに格上だったガーゴイルを相手にしていたのだから無理もない。
「いや。ダメだ。今日はここでおしまいにしよう。回復魔法の効きが悪くなっている。限界が近いってことだからね」
ケンはこの世界だと体力の回復魔法に限度があることを理解した。つまり、同系統の傷病の治癒魔法にも限度があることが想像される。ただ、彼にとっては何の不思議もない。過去にそういう世界を見てきたこともあるし、容易に想像もつくからである。
「月並みな言葉だけど、休息も鍛錬の1つだよ。判断力が鈍っている状態でいくら鍛錬しても成長しない」
「……はい」
「それに、また眠れば、回復魔法も治癒魔法もおそらく効くようになるだろう。大丈夫だよ。アーレスは今日、とても成長していた。明日はもっと上手くやれるだろう」
事実、アーレスは明確に格上だったガーゴイルも徐々に同格と呼べるようになってきている。
「……はい」
「……前の異世界で今みたいに指導役をしていた時の話だけど、適切な無理をした子は英雄と呼ばれるような功績を挙げ、いくら止めても過剰な無理をした子は夢半ばで倒れた」
「…………」
「もちろん、無理が必要な時もある。ただ、いつでも過剰に無理をすればどうにかなる、という心持ちで生きていてはいけない。アーレスはまだ始まったばかりだ」
納得のいかない子どもを諭すように、ケンは過去の経験の話を少しばかりした。アーレスは先ほどよりも幾分か納得した顔で頷いた。
「ケン、アーレス。今日はおしまいですかあ?」
「あぁ。ソゥラ。今日はおしまいにしよう。奥に戻ろう。ここに2,3泊くらいは覚悟してほしい」
「わかりましたあ。そこそこいい運動になりましたあ」
ソゥラはガーゴイルたちが身動き取れないように地中に半分ほど埋めて戻ってきた。ガーゴイルたちはいずれ抜け出すだろうが、それまでにまたこの部屋から出てしまえば問題はない。
「おそろしい……」
「ところで、アーレス、いつも剣を自分の前や周りから射出しているようだけど、たとえば相手の上や下、背後からも出せるのかな?」
アーレスは先ほどの感覚を思い出しながら少し考えた後にゆっくりと肯いた。
「はい。おそらくですが、鍛錬のおかげか、先ほどから少しずつ、私の身体から離して出現させられるようになってきています」
「ふむ」
「ただ……」
「ただ?」
「はい。ただ、感覚的にですが、私の身体から離した距離だけ射出できるまでの時間差があるように思います」
ケンは思案顔になり、目線が上の方に向いた。
「ふむ。その感覚は大切にした方がいいよ。強敵と戦うならその瞬間の差が命取りになる。もし、実際に時間差があるなら、鍛錬で時間差が埋まるのか、それとも絶対に埋まらないのか、を確認した方がいい」
「たしかに、そうですね」
アーレスは先ほどの感覚をぼんやりと思い出していた。
「スキルはスキル自体を知ることでも練度が上がる。何ができて、何ができないか、どんなクセがあるのか、どんなスキルとの相性が良いのか悪いのか、知らなきゃいけないことは実に多い。簡単に使いこなせるスキルはよほど単純か、よほど弱いかのどちらかだよ」
「そうなのですね。ところで、ケンさん、鍛錬中に先ほどの質問をしなかったのは何故ですか?」
「何故って? どういうこと?」
ケンはアーレスの質問に不思議そうな顔をしている。彼女はそう返されると思わず、少し考えて詳細に話すようにした。
「えっと、生まれ故郷の王国で訓練を受けていた時は、それこそ動いているときに教官から色々と言われていましたし、聞かれたこともあります」
「うーん」
ケンは悩ましいといった表情を少しした後に口を開く。
「その王国での訓練がどういう訓練なのかはまったく分からないけれど、命のやり取りが発生したり格上との実戦だったりの鍛練中にさっきの細かな会話は無理だと思うよ? 簡単な指示や合図、アイコンタクトならまだしも。つまり、聞きたいことも言いたいこともまったく伝わらないだろうね」
ケンはさらに言葉を口にする。
「もちろん、1体、1体倒すまでの間に聞くこともできたけれど、訓練や鍛練には僕なりのテーマがあって、今日は先ほどの質問よりも基礎的な部分の確認をしたかったから、かな。だからこそ、鍛錬後であり、明日の鍛練のテーマを考える前の今、確認しているんだよ」
「そうですか」
アーレスはその言葉に、王国時代の教官との思い出を引き出した。教官はだいたいがやる気のなさそうな態度だったし、指導もロクでもなかった上に割と無理難題のスパルタ指導で、あまつさえ、一時期、身体を要求された覚えがあることまで思い出してしまった。
彼女にしてみれば、本当にロクな思い出がなかった。よくよく思い出すと、指導教官は訓練をしているような体格ではなく、ぼってりとしてとても俊敏に動けるように思えない何とも冴えない見た目だった。
「あはは……」
アーレスは思わず苦笑いを浮かべる。あの頃、特に深く考えることもなく、そして、何も知らなかったのだ。
「ん?」
「あ、いえ、少なくとも、前の教官はすべてが訓練内での会話で、訓練後は即解散でした。まあ、訓練とは別のことでお誘いを受けたことはありますが……」
ケンもそれを聞いて、アーレス同様に少し苦い顔をする。
「……どういう訓練や思い出があったのかは分からないけど、僕のスタイルはどうやらそれと違うようだね。僕は僕なりの経験に基づいて、アーレスを鍛練させてもらうよ」
「……はいっ!」
「明日は近距離から中距離戦の要になる射出を重点的に行いつつ、近接戦を男の姿で鍛練しよう。少し立ち回りの仕方が変わると思う」
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