1-10. 『刀剣生成』、成長する。(前編)
『刀剣生成』。アーレスが持つスキル。自身の少量の魔力と周りにある物から刀剣類を生成することができ、手で持たなくとも操作をすることができる。なお、刀剣の定義は若干広いようで、刃を持つものと言う定義になる。今はまだ練度が低いため、一度に作成できる数や作成できる刀剣の種類、刀剣の長さ、取り込める周りの物などが限定されている。
「ガーゴイルをよく見てごらん」
「……はい」
「ギギッ! ギキィッ!」
ケンはアーレスにガーゴイルを注意深く見るように促した。ガーゴイルはケンの罠により身動きが取れず、悲鳴のような不快な音を上げ続けている。
「そうそう、つぶさに観察してみれば、分かることもある」
アーレスはまじまじとガーゴイルを見る。全身が黒色寄りの灰色の石像のようである翼を持つ悪魔は、その硬そうな見た目と異なり非常に滑らかに動く。ガーゴイルの頭には小さな角が2本生えており、顔には口の辺りに嘴のような突起と常に閉じられた瞼がある。そして、顔や身体、後ろ足に該当する脚部が小さく、身長だけなら小さな子供と変わらない1m20cm程度である。
しかしながら、ガーゴイルの前足に該当する両腕は片腕だけでも身長以上にあり、翼ともなると片翼で片腕の3倍、両翼を広げれば身長の6倍以上くらいになるだろう。さらに、全身に魔力を纏っており、防御力がかなり高い。そして、腕の先端にある長く鋭い爪が敵を簡単に切り裂いてしまう。
「ガーゴイルは硬く、見た目こそ石像のようだが、決して重くないので割と速い、それどころか、魔力の補助もあって飛べてしまうんだ。機動力の要である大きな翼を弱点として攻められるといいね」
ケンはアーレスにそう話しかけた。彼女はガーゴイル1体を相手に鍛練を始めるようだ。
「そうそう、両腕もただ振り下ろしてくるだけでなく、時には突き刺すような攻撃も繰り出してくるから気を付けてね」
「はい!」
アーレスの元気な声が響く。
「それじゃ開始だ。さっきも言ったけれど、今回は『刀剣生成』の訓練だから、魔法や別のスキルは極力使わないようにね」
「分かりました! 行きます!」
「がんばってくださいね~♪」
ケンは『罠師』を使って、魔法を遮断する壁でソゥラとアーレスを分離させ、アーレスの鍛練用に区画を作り上げている。ソゥラはその周りで再出現しているガーゴイルをウォーミングアップも兼ねて倒さない程度に引き付けている。
「もー、待ってください」
引き付けていると言っても、先ほどと同様にソゥラがガーゴイルを追い掛け回す絵面だ。
「っ、捉えきれない!」
アーレスは複数のナイフを射出することで牽制を行っていたが、目でガーゴイルの動きを追いかけることで精一杯なので上手く牽制しきれていないようだ。
「牽制用のナイフはガーゴイルの翼の動きに合わせて数本を同時に放つんだ。そう、同時にだ。動きはたしかに速いけど、アーレスなら決して目で捉えられないことはない」
ケンのアドバイスが飛んでくる。
「あと、相手との距離に合わせて、ガーゴイルがいる場所じゃなくて、次に移動する方向へ投げるんだ。お手本としてはこんな感じだよ」
ケンは先ほど拾っていたアーレスの牽制用ナイフ3本をガーゴイルの翼に向けて同時に投げつける。ナイフの2本は難なく躱されてしまうが、残りの1本はガーゴイルの飛膜を貫いた。その後、ナイフたちは壁にぶつかって甲高い音を立てて床に落ちる。
「ギィッ」
ガーゴイルはそれにより左右のバランスを崩すものの、アーレスの追撃が来る前に体勢を整え終えて反撃に出た。彼女は両手に持つショートソードで危うげにガーゴイルの攻撃をいなしていく。
「ぐっ」
アーレスは咄嗟に距離を取って、近距離戦から牽制交じりの中距離戦に持っていこうとする。しかし、ガーゴイルの素早さが高くあっという間に距離を詰められる。
「距離を取るのはいいね。距離を取った瞬間に牽制するんだ。君の力と同程度で投げてみたけどできたんだ。つまり、アーレスにもできる! 今だ、ガーゴイルの上!」
「はいっ!」
アーレスは近距離戦時を防戦に徹する。ガーゴイルの攻撃の隙を見計らって後退して中距離戦へ移行して、都度牽制ナイフを数本まとめて射出する。それを繰り返していると、いくつかのナイフがガーゴイルの飛膜を傷つけ、ガーゴイルの動きを徐々に鈍らせていく。
「そうだ。これまでの攻撃で牽制用ナイフへの警戒が強まっている。さらに、翼が起こす風で威力を削がれてしまわないように上手く動きの合間を縫ってごらん。今ならガーゴイルの左翼側!」
「気を付けて、ガーゴイルはナイフに目が慣れてきている。長期戦なら、たまにショートソードやロングソードも織り交ぜて放て」
「緩急をつけて、タイミングをずらす。今のはいいよ!」
ケンは矢継ぎ早に褒めと注意を交互に言う。彼は攻撃すべき箇所も序盤には頻繁に言っていたが、やがて、その助言は少なくなっていった。
「まずい!」
「ぐっ!」
アーレスは咄嗟に自分の目の前に大型の剣を生成した。その地面に突き刺さるように生成された大型の剣は彼女の代わりにガーゴイルの渾身の一撃を受けてへし折られた。
「うまいな。罠発動」
無数の魔力を編み込んだ細いロープがガーゴイルに巻き付いた。ガーゴイルの力ではロープがビクともせず、完全にガーゴイルを抑え込んでいる。叫ぶガーゴイルがあまりにも煩いので、ケンはロープで口を完全に塞いで、追加で防音シェルタを罠で呼び出した。
「まったく、煩いな……。さて、剣を防御に使うのはよく考えたね。ところで、疲れたかな? 休憩するかい?」
アーレスはケンのその言葉にすぐさま首を横に振った。
「お気遣いありがとうございます。でも、せめて1体でも倒してから……」
ケンはアーレスの強い意志を持った目を見つめてゆっくりと縦に頷いた。
「分かった。ただし、次に危なくなったら一旦休憩だよ。約束だ」
「はいっ!」
その後も、アーレスが危ないと判断すれば、ケンは罠でガーゴイルの動きを止めて、彼女に休憩をさせる。アーレスの態勢が整う瞬間に罠を解除し、ガーゴイルの攻撃を再開させた。
それを幾度となく繰り返していく。必要があれば、ケンは体力の回復魔法を唱えていた。
「反応速度が速い。ただ躱し方が大きくて、体力が削られやすいな……。まあ、今今は体力アップになるからいいか」
ケンはアーレスに聞こえないような大きさで呟いた。彼はまだ彼女に治癒魔法を唱えていない。つまり、彼女は彼のフォローがあるとはいえ、大したケガもせずに済んでいる。
「射出できるなら、そのスピードを上げるにはどうすればいいのかも考えてごらん」
「最初よりも少しずつ速度が上がっているように見える。まだまだ速められるよ」
「当たれぇーーーーっ!」
ガーゴイルにも疲れという概念があるのか、もしくは、破れた翼がやはり上手く使いこなせずに無理が祟ったのか、動きがさらに鈍くなってきていた。
アーレスはその隙を見逃すことなく、渾身の巨大な両刃剣が1本出現し、その剣の重さでは通常考えられない速度でガーゴイルに射出される。ガーゴイルは避けようにも翼の動きが間に合いそうになく、そのまま両刃剣に貫かれて動かなくなった。
「やった! やっと1体倒したっ!」
「いいね。そのパターンは覚えておいた方がいい。ただ、ワンパターンにならないように頭を使って、パターンを増やして使い分けるんだ」
アーレスは動かなくなったガーゴイルの中を確認したところ、魔石が入っていないことを確認した。
「本当に入っていない。『観察眼』はすごいですね」
「ありがとう。さて、次から本番だ。魔石持ちはさっきよりも少し強くなるから、気を引き締めて」
ケンは魔石を持つガーゴイルの方が強いことを見抜いていた。そのため、彼は最初の1体を魔石なしのガーゴイルに、2体目以降を魔石ありのガーゴイルにしようと考えていた。
「はいっ!」
アーレスの元気のよい返事に、ケンはうんうんと頷いた。
「おーい、ソゥラ、君の右側のガーゴイルをお願い! あと、もう1体は魔石を持っていないようだから、倒しておいて。今、魔断壁を解除した!」
「はあい」
ソゥラはケンの声に応じて、彼の指示に1つの疑問も持たず、ガーゴイルを1体だけ彼の方向に蹴飛ばした。その後、ソゥラは得物のハルバードを横薙ぎで一振りして、ガーゴイルを横に真っ二つにした。
「罠発動」
ケンは魔法を遮断する壁を再度生成した。ソゥラは気にした様子もなくハルバードを持ったまま待機する。 ガーゴイルは最大で同時に3体現れるようだが、常時3体というわけではなく、再出現に少し時間を要しているようだった。
「すごいですね。ガーゴイルをここまで正確に蹴飛ばした上に、もう1体を一撃で……」
アーレスは思わず身震いした。ケンやソゥラが少しでも力を出してしまえば、彼女は赤子の手をひねるよりも簡単に殺されてしまうだろう。
「ギ……ギィッ」
「次は、発動数、つまり、手数を増やしてごらん」
「手数ですか?」
「そうだ。たくさん出していただろう? 現状、最大で何本出せるか、試してみるんだ。来るよ」
蹴飛ばされたガーゴイルは最初、衝撃でふらついていたが、しばらくして、勝てそうな獲物、つまり、アーレスに標的を変えた。
「はいっ!」
アーレスはケンの言葉に応じて、ナイフやショートソード、ロングソードを出せる限りで出してみた。
「すごい数だ。よし、30本出せたら、次は一度に31本を出せるようにしていくんだ」
「最大数を出した時の違和感があれば、その違和感を覚えておくこと」
「練度を上げるんだ。スキルは使わなければ練度が上がらない」
次々にケンの口から大小さまざまな助言が飛び出す。時には落ち着かせるように働きかけ、違う時には気持ちを逸らせるように仕向ける。彼は常にアーレスに目を動かすように言った。
「よく見るんだ!」
ケンはアーレスに状況を把握することの重要性を叩きこませていた。
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