1-9. 『罠師』、『観察眼』を使う。

「話に夢中になっていてほとんどソゥラさんのことを目で追っていませんでしたが、これは強すぎますね……」


「なるほど。強すぎる……か」


 アーレスの驚きの声に、ケンは冷静に聞き返した。


「はい。そもそもガーゴイルは中の上レベル、いわゆるBランクレベルで、1体でも熟練の冒険者パーティーが手こずる、ダンジョン要所の番人ですよ! 複数体になれば、まず連携を崩されてしまい勝ち目がありません!」


「……よくそんなところに拠点を構えたね」


 アーレスは少し興奮気味に喋り、ケンは少し間を空けて呟いた。


「だからこそ、ですよ。このダンジョンを見つけたのもたまたまですが、さらに抜け道をたまたま見つけた時、ここを拠点にしようと考えたわけです」


「たまたま……ね……」


 ケンは何か思うところがあったが、話題にするつもりがなかったようで、少し間を置いた後に口を開く。


「まあ、それはともかくとして。今、アーレスが感じているように、異世界の勇者というのは練度や経験という点で格が違うということさ。別の見方をすると、異世界の魔王もまた、いや、それ以上に別格で僕たちでさえ相当に苦労してしまう」


「……この世界で生まれた勇者候補には、勝てる要素がなさそうですね」


 アーレスは、途方もない話だと言わんばかりに、肩を少し落としている。紆余曲折はあったが、彼女もケンやソゥラについていくと決めた以上、異世界の勇者や魔王と対等に張り合えるくらいに強くなろうと考えていた。


 しかし、あまりに差が大きすぎてしまい、早くも目標を見失いかけそうになっている。


「そんなことはないよ。神だって自身の創造物に愛着くらいあるからね。それにスキルは、勇者スキルだけが全てではないからね。魔法や魔術や技術の習得によって、この世界でも十分に強い勇者候補はいるだろう」


「……そうですか。あ、あれはもしかして……」


「ん?」


「少しお待ちください」


 アーレスは話の途中ではあるが、粉微塵にならずにめり込んだガーゴイルへ近付き、しばらくガーゴイルの体を見つめた後にナイフを生成して掘り始めた。さらに彼女は中心辺りをさらに丁寧に削り始めた。


「やはり、ありました。ガーゴイルだと取り出すのが大変ですね……」


 そうして削って見えてきたのは、ガーゴイルの体の石とは違った色の石だった。アーレスはそれを綺麗に取り出せるように掘り、すべてが出たところで丁寧に布に包んでケンとソゥラの前に恭しく差し出した。


「ああ。先ほど見えた綺麗な石ですね!」


「それは?」


 ソゥラは綺麗な石の存在を思い出して嬉しそうに声を上げ、ケンはわざわざアーレスが丁寧に掘り出して差し出してきたことに疑問を抱いた。


「どうぞ、これは魔石です。この世界では通常の鍛錬のほか、これを身体に取り込むことで、私たちは強さを底上げすることができます」


「なるほど。ステータスアップアイテムか」


「えっと、主に魔力の高い種族や個体の死がいから一定の確率で出てきます。その種族や個体によって魔石の色や大きさが異なり、魔石の色によって強くなる要素が、魔石の大きさによってどれだけ強くなれるかが異なります。この色だと魔法関係ですね」


 アーレスが顔の緊張をほぐすために一呼吸置く。お互いに知らないことだらけで説明口調になってしまうため、早口にならないようにゆっくりと話している。


「一般的に色が濃い魔石や大きさが大きい魔石ほど取り込んだ際に強くなることができます。それこそ誰にでも使えるのですが、基本的には倒した人のものです。奪い合いになることもあるので、すぐに使うといいですね」


「綺麗ですね。飾るための宝石としても良さそうです」


「宝石としていいか、が僕には分からないけど、たしかに何か不思議な力を感じるね」


 アーレスがソゥラに差し出しているものをケンはひょいと持ち上げて、光に透かして見た。魔石はこぶし大の大きさで、少し透き通った紫といった色味である。彼はまじまじとガーゴイルの魔石を見つめている。


「あっ!」


「ん?」


「……あれ?」


「え?」


 アーレスが急に高めの声を上げるので、ケンは少しびっくりして同じくらいの高さの声で返してしまった。


「こほん、失礼」


 アーレスは軽く咳ばらいをした後、彼の手に乗ったままの魔石をじっくりと眺める。


「一定時間触れているのに、魔石が光らない? 実は、このような取り込み阻害のための魔布以外であれば、衣類の上からでも魔石が光って吸収されていきます。しかし、なぜ」


 ケンはじっと凝視する。


「なるほどね」


 ケンはそのままひょいとソゥラに魔石を手渡してみる。


「綺麗ですね。宝石みたい♪」


ソゥラがそっと魔石を握ったり摘まんだりしてみるが、ソゥラの手にある魔石に何も変化が見られなかった。


「でも、何もないですよ?」


「……おかしいですね。こんなことは今まで見たことがないです」


「アーレスが持ってみると分かるよ」


 ケンが訳知り顔で2人にそう言うと、ソゥラがアーレスに魔石を渡した。彼女の手に魔石が乗せられて、すぐに魔石が淡い光を放ち始めた。


「あ」


「さっきよりも綺麗♪」


 やがて、魔石は放つ光を増しながら彼女の中に染み込むように溶けていき、魔石がすべて消えるころに淡い光もなくなった。


「さっき、アーレスは勝てる要素がないと言っていたけれども、そんなことはない。だいたいどの世界にも特別な措置が施されている。じゃなきゃ、この世界で勇者候補を出す意味がない」


「特別な措置?」


 アーレスは少し戸惑ったような表情をしながら、ケンを見つめる。


「そう。この世界の場合、強化要素である魔石の取り込みが、どうやら異世界から来た僕たちにはできないようだ。おそらく、通常の鍛錬による経験値のみが僕たちの唯一の強化要素なのだろうね」


「これが、私たちが神に愛されている証拠ですか」


「証拠の1つに過ぎない。もっといろいろな恩恵があるかもしれないからね」


 アーレスの表情は藍色の顔隠しによって何とも言えないものだが、少なくとも目元を見ると暗い表情ではない。得られた糸口をゆっくりと咀嚼して理解していこうとしているようだ。


「まあ、鍛錬での成長限界と魔石での成長限界の比率によるから細かいことは何とも言えないけれども、場合によってはアーレスが僕たちを超える日が来るね。もちろん、この特別措置は別の異世界に行ってしまえば、その魔石による成長限界をある程度補正されてしまうけれどね」


「そうなのですね。それにしても、よく魔石を見ただけで分かりましたね。先ほど、ソゥラさんで試す前に理解されていたようですけど」


「それは僕のスキル『観察眼』のおかげだよ」


 『観察眼』。ケンが持つスキルの1つ。凝視して見ているものすべての状態を把握できる常時発動型スキル。状態とは、目に映した対象のステータスはもちろん、ヒトの場合に相手との力量差次第で戦況や相手の意図も観察することで読み取ることができる。このスキルから逃れるためには、凝視できないスピードで動くか、物理的に目の届かない範囲に移るしかない。


「……チートですね」


「いや、そうなのだけど、アーレスの想像できる通り、非常に便利なスキルには間違いないが、戦闘中や危険な状態ならともかく、日常的に使用してもいいことないからね。多すぎる情報量は頭も疲れてしまうから」


 ケンはアーレスを見つめ、彼女は彼の視線に気づき、そのまま彼の眼を見つめ返した。


「ところで、アーレス。ちょっといいかな?」


「はい。なんでしょう」


「どうして、魔石を僕たちに渡したのかな? 強くなるために必要なのを知っていて、それに、奪い合うくらい貴重なものなのに」


 アーレスは少し安堵したように一度大きく瞬きをして、表情を柔らかくした。


「簡単です。魔石のことを知っていて奪い合いになれば勝てませんし、逆に、知らないのであれば知ったときに問題になります」


「ふむ」


「それに、知らない人を出し抜いてまで強くなりたくはありません。まして、これからお世話になるのですから信頼を崩すような真似をしたくなかっただけです。……私も崩れたとは言え、勇者候補と言われた一人なのですから」


 ケンはアーレスのほほえみにも似た表情を見たまま、同じような表情を返した。


「僕の見立ては間違っていなかったようだ。もちろん、アーレスの中でまだ蟠りは残っているだろうし、それを無理に押し込める必要もないよ。少しずつお互いをお互いに理解していけばいい。直しきれない主義や思想、主張はこれから、またいろいろな経験を重ねて、徐々に確からしいものにすればいい。もしかしたら根本が変わらないかもしれないけれど、もしかしたら僕の願っている通りにならないかもしれないけれど、それでも、いずれアーレスが思う勇者らしい考え方になってもらえると嬉しいね」


「……いい雰囲気のところ悪いんですけど、私のこと忘れてませんかあ?」


「ごめん、ごめん」


 ケンとアーレスがいい雰囲気で話している間、手持無沙汰だったソゥラはついに不満げな声を出した。


「あと、二人が話している間に気づきましたけど、ここのガーゴイルは再出現するタイプみたいです。ほらあ、あそこ。床から徐々にガーゴイルらしきものが作られていますよ。まだまだ魔石が出るようならあ、アーレスのためにも魔石稼ぎしちゃいますかあ?」


 ケンはソゥラの言葉を聞いて、部屋全体をぐるりとゆっくり見回した。


「そうだね、魔石の出る個体を30体ほど倒そう。この部屋の貯蓄している魔力量を見る限り、一度に先ほどくらいの大きさの魔石を出せるのは30体ほどが限界のようだ。それ以降は部屋がしばらく自然的に魔力補給しないと魔石を出さないガーゴイルをずっと相手することになりそうだ。」


「それじゃあ、肩慣らしにがんばっちゃいますね」


「ソゥラ、少し待ってくれるかな?」


 ソゥラがガーゴイル目掛けて走る前に、ケンが止めた。


「アーレス、君の鍛錬になるから、君もするんだ。とても簡単な話だ。ガーゴイルと1対1で戦うだけだよ」


 アーレスは少し驚いた表情をした。しかし、すぐに意を決した顔つきになる。


「分かりました!」


 その言葉はとても力強かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る