1-8. 『罠師』、スキルを解説する。
ケンの話はまだまだ続いていた。
「先に言っておくと、異世界から来た勇者というのは、救えた異世界で得たスキル、ここでは勇者スキルと呼んでおこうか。その勇者スキルを持ち越したまま、次の異世界に転移する。余談だけど、魔王も同様で、魔王は征服できた異世界で得た魔王スキルを持ち越したまま、次の異世界に転移する。」
ケンが説明している間に、ソゥラは最強の膂力で跳躍した。
「外したあ。ああ、抜けない……」
残念ながらガーゴイルを仕留めることはできず、ソゥラは勢いそのままに右腕がすべて天井に埋まってしまっていた。
「救えた異世界で、ということは、勇者は世界を救えなかった場合だとその世界での勇者スキルは持ち越せないのですか」
アーレスがケンの言い回しに引っ掛かってそう聞くと、彼はにやりと笑った。
「鋭い。そうなんだ。原則、持ち越せない。それは、勇者は1つの世界を救った後に異世界を渡った場合、存在が不老不死になることに関係しているんだ」
「存在が不老不死?」
ケンの口から次々と出てくる言葉に、アーレスは興味と疑問が湧いてきている。
「そう。簡単に言うと、異世界からの勇者である僕や仲間なんかはこの世界で魔王に負けて死んでも、別の異世界で再び勇者として挑戦できるってこと」
「それは、異世界の勇者に終わりがない、ということですか?」
「いや、それは違うのだけれど、別の機会に詳しく話をするとしようか。今はスキルの話だからね」
ケンは勇者や魔王の仕組みを簡単に伝えるのは難しいことや話が逸れてしまうことを懸念して、話を持ち越した。
「はい、分かりました」
「うん。さて、話を勇者スキルに戻すと、勇者は何度でも再挑戦ができるのだから、救えなかった世界での勇者スキルが得られるとなるとどういう勇者が出ると思う?」
アーレスは俯きながら少し考えた後に、ハッとした表情でケンを見た。
「……もしかして、勇者スキルを得て自死ですか」
「ご名答。勇者スキルを得てからも長々と冒険をするより、早々に自死を繰り返して手っ取り早く勇者スキルを充実させた方が練度を上げる勇者スキルの厳選ができるからね」
「合理的ではありますね」
「そうなんだ。まあ、神々もそれを見越していたのだろうね。だからこそ、救えた世界での勇者スキルしか得られないんだ。ただ、どうも例外はあるようだけどね。それもまた別の話ということで」
「はい」
アーレスはちらりとソゥラとガーゴイルの方を見ると、追いかけっこが続いていることを確認できた。ソゥラはさすがに飽きてきたようで、先ほど粉々にしたガーゴイルの破片、それも拳サイズのものを手に取って、ガーゴイルに投げつける。
「えいっ♪」
その速すぎる一撃は、ガーゴイル1体の頭部に命中し、天井深くに突き刺さった。一撃を食らったガーゴイルの頭部はもちろん粉々に砕け散る。そして、頭部を失ったガーゴイルは自由落下の後に床にめり込んだ。
ガーゴイルは残り1体となった。
「そして、僕や仲間のスキル数なんだけど、残念ながら、僕たちは運が悪くて、勇者スキルの数は各異世界でほぼ1つずつしか得ていないことになっている。でもまあ、裏を返すと、この世界に来た時点で既に5つ以上の勇者スキルは持っているのだから、この世界の勇者候補からすれば脅威だろうけどね」
「それはそうですね。ところで、得ていないことになっている、というのは?」
ケンはアーレスの質問に対して、ゆっくりと首を縦に振った。
「いろいろなことに気付けるのは良いことだね。実は隠れスキルっていうのもあって、勇者として得られるスキルのほかに、環境や生い立ち、その世界での生き方で得られる自然発生的なスキルもあるんだ。これももちろん、継承される」
「今一つ理解が……」
アーレスの難しそうな顔に、ケンは納得している様子だった。
「まあ、そうだね。一番分かりやすいのは、ソゥラの隠れスキルかな。ソゥラには双子の姉であるミィレがいて、彼女たちはある程度近い距離にいる場合、お互いの勇者スキルを共有することができるんだ」
「スキルを……共有ですか?」
「そう。つまり、姉のミィレも『強靭』や『色欲』などを使うこともできて、ソゥラも姉のスキルを使うことができるんだ。もちろん、いくつか制約があるものの、彼女たちはチート級だよ」
ケンは楽しそうに仲間の解説をしている。本当にここまでベラベラと話しているのは、自分の仲間たちはスキルをばらされたところで問題がないと確信しているからだろう。
「勇者スキルの共有はすごいですね! 実質、2倍のスキルを持っていることになるんですね! あ、『色欲』が2人……ですか……。ところで、チート、とは?」
アーレスは『色欲』をソゥラだけ有しているわけでないことに身体が委縮して震えていた。そして、ケンはその震えに気付いたか気付いていないか、構わず話を続ける。
「チートはこちらの言葉になかったか。簡単に言うと、ズルいと思えるほどに強すぎたりすごすぎたりするってことだよ」
「ケンさんでさえ、そう思うほどにチートというやつなのですね」
「ありがとう。でも、僕の勇者スキルは僕の仲間たちの中でだと最弱かな。もちろん、手を尽くせば勝てないわけじゃないけど、純粋な戦闘力という意味では一番非力だし、力で最強はソゥラとミィレかな。シィドやファードもとても強い、というか、強すぎる」
困ったものだね、という表情とポーズをとりながら、ケンはアーレスの質問に答えている。
「ただいまあ、です。聞こえてきたからあ、私も話に混ざりますけど、ケンはそう言っていますけど、ケンには仲間の誰も勝てないですよ? ケン1人に、4人で戦っても勝てるかが微妙です」
アーレスは先ほど聞いたことと異なる話が出てきて若干困惑している。
「実際、今まで戦ってきた魔王も最後の最後はケンに勝てませんでしたあ。私も正直なところ一番戦いたくない相手です。『罠師』の罠がもう酷すぎて、魔王よりもよっぽど魔王ですよ……」
「そこまで言わなくても……」
「魔王よりもよっぽど魔王ですか……」
アーレスは力だけで勝敗が決まらない戦い方があるのだと理解した。
「ああ、思い出しただけで震えがあ」
「そんなひどいことしたかな?」
「よく言いますね。嫌がらせ大魔王のくせに」
「えー……。ひどくない?」
ソゥラが2人の方に近寄って来ながら、何かを思い出したようで、ぶるっと身震いをしていた。アーレスが未知の恐怖に少し鳥肌が立ちつつも部屋の中央の方に視線を移すと、最後のガーゴイルはいつの間にか原型を留めたまま床にめり込んだ状態で動かなくなっていた。
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