1-4. 『罠師』、『色欲』を持つ仲間と再会する。
「さて、……予想外だった。最奥かと思ったら、中間地点だったか。ということは、ここら辺に隠し宝箱がありそうなものだけど」
先ほどのガーゴイルの部屋の先は宝物庫や玉座の間の類ではなかった。また黄土色の道が奥へと続いている。ケンは付近の壁や床を触ってみるが、隠し扉のようなものはなかった。
「ということは、天井かな」
ケンは天井に目を凝らし、少し経ってから何かを見つけたようだ。周りに罠がないことを確認してから、天井のある部分を押し込んだ。カチッという音の後に、彼の頭に丸く巻かれた紙のようなものが3つ落ちてきた。
「3つ……。1つはここの見取り図かな。洞窟なのにこんなにしっかりとした見取り図があるということは、やはり、神の造ったダンジョンか。知らないうちに勇者としてのイベントを発生させてしまっていたか」
しばらく、3つの見取り図を眺めてみる。
「もう2つも見取り図のようだけど、別の場所のようだ。こういうのはいわゆる、だいじなもの、なんだよね。取っておこうか」
ケンは2つの見取り図を腰の小さなカバンにしまい、洞窟の見取り図を片手に歩き始めた。
「さて、匂いがより濃くなってきた。さすがと言うべきか、少なくともこちらには誰一人逃げきれてないようだ。ただ、死臭もしないから、何とか全員生きているといったところかな」
少し安堵したような顔をして進む。
「まったく、単純作業はつまらないな」
その後の罠は入り口の罠よりも少しずつ高度になっているが、ケンにかかれば相も変らぬ児戯のようなものだった。「罠解除」、「罠解除」と彼は口癖のように頻りに呟く。
若い野盗が無数と言っていた罠も発動しなければ、この洞窟自体は割と平坦で歩きやすい。そして、ダンジョンの割にその道中でモンスターも出没しなかった。人のために用意されたダンジョンなのだろう。
「もしかして、このダンジョンは……む。そろそろかな」
匂いが徐々に強くなっている。ケンはその匂いを頼りにもう少しばかり歩いたところでようやく薄い光の零れる穴を見つけた。
ケンは穴に入る前に自身のぼろきれのようなマントを取り去って、匂いを発する先に投げつけた。
「わっぷ。急に、なんですかあ……♪ またお仲間さんですかあ? あ。この匂いは……ケン♪」
「やっぱりまだ裸だったか……。というより、行為の真っ最中だったのか」
「お楽しみ中だったのに、野暮ですね。それとも、ケンがこの後、私の相手をしますかあ?」
「そういうのはいいから。まずはそのマントをきちんと羽織って隠すべきところを隠してもらえるかな? ソゥラ。あと、もうピクリとも動かないその野盗は解放してあげなさい……」
ケンは、目の前で一糸纏わぬ姿の女ソゥラを呼んでマントで体を覆うように指示をした。その後に、彼は部屋に徐に入りながら辺りを見回す。
部屋は、先ほどのガーゴイルのいた部屋よりも一回り小さいくらいの十分な広さを持ち、少しばかりの明かりで薄暗く、野盗たちの荷物がそこかしこに置かれていて死角も意図的に作られている。
「……多少は乗り込まれてしまった時のことを考えているようだね。あ、こら、ソゥラ。もうその野盗は使い物にならないから、本当に離してあげて」
「はあい……」
ソゥラは、妙齢の女であり、髪と同じ桃色の瞳をケンに向けながら、甘ったるい声色で返事をした後に、同じく一糸纏わぬ野盗の上から離れた。彼女は桃色のセミロングの髪を揺らしてマントをきちんと羽織ってから、近くにあった水筒の水で喉を潤した後、その近くで乱雑に捨て置かれていた自分の装備を身に着け始める。
ケンがさらに辺りを見回すと、数十人の野盗たちはみな衣類をまったく身に着けずに小さな息をしながら倒れている。どうやら息絶えている者はいないようだ。
「そういえばあ、よく私だって気付きましたね? すぐにマントを投げてきてびっくりしましたよ」
「それは、さっき帰ってきた野盗たちがいたでしょ? そのうちの一番若そうな野盗から担がれていた君みたいな人の話を聞いたからね」
「若い男ですかあ」
ソゥラは少し考えてから視線を動かした。ケンがその視線に合わせて見ると、若い野盗が肩で息をしながら裸で倒れていた。
「……桃色の髪をした女戦士なんてそうそういるものじゃないと思うしね。一人で、ってことは、ミィレやシイド、ファードとは一緒じゃなかったのかい?」
「シイドさんやファードさんは分かりません。お姉ちゃんはだいぶ遠くにいるのかあ、あまり感じられませんでしたあ」
ソゥラの回答に、ケンは手を顎に近づけて顔を少し上に向ける。
「そうか。今回はバラバラか。それに、ソゥラでもミィレを感じられないということはもうしばらくかかりそうだね。シイドやファードは、まあ、あいつらは放浪癖もあるから、巡り合わせに期待することにしよう。早めに5人全員集合といきたいね」
ケンは再び周りに目を移す。埃1つも見逃してはいけないと見回している掃除夫のように丁寧にじっくりと見渡している。その姿は何かを警戒しているようにも見える。
「しかし、ソゥラさん? 捕まったのはわざとだよね? この世界に来て1週間も経たないうちにもうこうなるとはね……。さすが『色欲』のスキルだね。エネルギーのストックは十分かい?」
『色欲』。
ソゥラが持つスキルの1つ。満たされた性欲をエネルギーに変えることができる。このエネルギーはストック可能であり、任意のタイミングでエネルギーを純粋なエネルギー源として解放し、自身の攻撃にブーストを掛けることができる。また、性欲エネルギーを得るために、相手を魅了するフェロモンも常時放出している。なお、魅了のフェロモンは、エネルギーのストックが少ないほど強く発生する。ちなみに、ソゥラ以外に向けてエネルギーを解放すると……。
「ええ、ストックに不満はないですよ♪ 何があるか分かりませんからあ? エネルギーのストックは早いうちにしておいて損しないですからね♪」
ソゥラはすべての装備を身に着け終わった。褐色気味の豊満な身体つきを彩るような肌の露出が多い女戦士の鎧、自身の身長を超える長いハルバード、そのような装備が似つかわしくない純朴そうな可愛らしい顔、そしてその顔でも人の目を引く垂れ目がちな目の中には綺麗に妖しく光る瞳が見える。その美少女ソゥラの周りを不思議な色を放つ何かが浮遊している。
「数十人を逃がさず相手にしているのに、満足していないのか……」
「皆さんの体力も技術も普通なので、そこそこでしょうかあ。エネルギー体が4つってところですね。初日に1つストックしておいたので、数十人で3つですね。生かすように手加減するのも大変なんですよ? ああ、なんならお相手してくれますかあ♪」
瞳を輝かせているソゥラの申し出にケンは軽く首を横に振った。
「偉いね。手加減できたのはいいことだ。あと、うーん、今は遠慮しておくよ。僕はロマンチックな状況で臨みたいし、それに、まだ体力を温存しておきたいからね」
「雰囲気は大事ですよね! 私はあ、この薄暗い怪しい場所も大好きですけど!」
「いや、それだけじゃないんだけどね……」
ケンは誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた後に若い野盗を揺り起こした。
「はっ!」
「おはよう。楽しいひとときだったかな?」
「……まさか。良かったのは最初のうちだけで、最後の方なんか身体は勝手に動くし、頭はボーっとしてくるし、いつもよりドッと疲れるし、まるで何の気なしに地獄の淵まで覗いちまったかのようですぜ」
「誰も地獄にそのまま堕ちなかっただけマシだよ。本気を出した彼女を放っておくと、そこそこの大国でも1週間もつかどうかだからね。これに懲りて、真っ当な傭兵にでも転職することをお勧めするよ。連携や対応力は悪くなかった。相手を見る目が養われたら、こんなことにならないだろうからね」
若い野盗は周りを見渡した後に、ゆっくりと頷くように首を振った。
「……考えておきます。ところで、頼める立場ではないんですが……、ちょいとお耳を」
「ん?」
ケンがその言葉を聞いて満足そうに立ち上がろうとすると、若い野盗が耳を貸してほしいと言わんばかりの目を彼に向ける。ケンは若い野盗が動けないので、若い野盗の口元まで耳を近づける。若い野盗がぼそぼそと彼に耳打ちをし、ケンはその耳打ちに対して首を縦に2回振った。
「わかった。悪いようにはしないよ」
「すみません。助かります」
そうケンが若い野盗に小声で返事し、彼とソゥラが部屋を出るために振り返る。その瞬間、積み上がった荷物の陰からナイフが二人を目掛けて一斉に十数本ほど飛んでくる。すべてが的確に彼らの急所を狙っており、速度も十分に速かった。
「っ!」
ソゥラが小さな音に反応し、咄嗟にナイフの方に身を反転しつつ、少しでも時間を稼ぐために後退した。
「このくらいなら僕程度で大丈夫だよ」
ケンは、ソゥラとは逆にナイフの方へ進み、腰の両側に携えていた2本の得物を抜き放った。彼の獲物は2本ともソードブレイカーと呼ばれる防御特化の短剣だった。彼は全てのナイフを叩き落とした後、荷物の方をじっと見つめた。
「まだお仲間がいたのですね。まったく気づきませんでしたあ」
「……今からでも遅くない。先ほどそこの若いのに頼まれてね、大人しくしてくれたら君を見逃すよ? それとも勝ち目がないと思えるこの状況でも立ち向かうのかな?」
「……っ。勝てるかどうかではない。私は一派の頭としての誇りに懸けて、一矢報いるだけだ。それで死のうとも悔いはない」
ケンはソードブレイカーを腰の鞘に戻して、やれやれといった表情で話を続けた。
「野盗なのに、まるで武士のような言い回しだね」
「ブシという分からぬ言葉で私を惑わす気か!」
埒が明かないと思ったソゥラが前に出ようとするので、ケンはそれを制止し、彼自身がさらに前に進み出た。
「ソゥラ。ちょっと待機。ほんの少し会話が必要だからね」
「はあい」
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