Day14「お下がり」#文披31題

 近所で夏祭りがあると話題に出したら、浴衣がいると断言され、あれよあれよという間に彼の部屋へと連れ込まれた。いつ来ても乱雑に物が溢れるそのなかで当の家主は押し入れに頭を突っ込んでいる。

 もちろん浴衣なんて持っていない俺に自分のものを着せたいのだという。


「あったあった、これだ。どうだい、似合いそうだろう」


 その両手に広げられてのは深い藍色に縞の入ったものだった。派手好きな彼ことだからどんなものが飛び出すかと覚悟していたこともあり、胸を撫で下ろす。


「ほら、いいじゃないか」


 うながされるままにシャツの上から布地を羽織る。さらりと固い肌触りが心地いい。こうして袖を通してみると、着方なんてさっぱりわかっていないせいもあってか、随分丈が長く感じる。

 ふわりと立ち上った彼の香りに包まれ何となしに面映い。


「夜分に歩き回るなら虫除け用にも丁度よかろうよ」


 意味を取りかねた俺に答えないまま、満足そうに彼が笑う。そのままついと伸びたその掌が虫を払うように空を叩く。耳元でぎゃっ、と小さな悲鳴が上がった。

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