Day7「酒涙雨」 #文披31題

 夜更けには程遠い時分、後ろ髪引かれつつあたしはひとり部屋へと戻った。あの子の部屋ではない。自分の部屋の方だ。がちゃがちゃと物は多いが今日は特にがらんどうに感じる畳の上をすり足で進み、窓枠にもたれるように腰をおろす。


「明日は本当に、朝が早いから今夜は……」


 申し訳なさそうな困り眉でそう拒まれては引かないわけにはいかなかった。うっかりだらだらと付き合わせて、翌朝遅刻寸前になったあの子にしこたま叱られたことはまだ記憶に新しい。

 それでも、あたしを喜ばせようといつもより洒落た献立を仕立ててくれていたのだから健気で可愛い限りであった。


「これじゃ牛郎のことも笑えやしない」


 ため息と共に愚痴が溢れた。とはいえ、こんな時間からひとりで床につく気にもなれない。不精して足で酒瓶を引き寄せてその栓を抜く。細く開いた窓の外では雨が細く糸を引いていた。


「何だい、今夜は空まで湿っぽいねえ」


 壁一枚隔てた距離はもどかしいがたまにはそれもよかろうか。落ちる雨音を聞きながら、ゆるゆる杯を傾けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る