Incorrect lover

Aoi人

不正確愛

 今が深夜だからだろうか。寝静まった町に、私の彼女しかいないような気分になる。不幸な私と不幸な彼女。お互いのことなんか何も知らないけれど、今こうしてベットの上で二人、お互いの体を見せつけ合っている。

 きっかけは単純だった。ただお互いの欲求を満たしたい、ただそれだけだった。それだけの感情で、私たちは知らない人間に愛を囁くのだ。

 少し感傷的な気分になったから、改めて彼女の顔をよく見つめる。純白の白い肌と金色に輝く髪、蒼色の瞳をした右目の下には涙ぼくろがあった。見たときから思っていたが、やはり顔だけはいい。

 そんな顔だけはいい女の、健康を心配するほどに白く細い首元を咥え、少しずつ力を入れていく。

 「っ…」

 痛がっているのだろう。彼女が私に回した手の爪が立ち、私の背中に食い込んでいるのを感じる。

 私が顎に力を入れるたび、彼女の手の力も強くなっていく。彼女の首元から赤い血が流れ出たとき、私も同時に背中に熱を感じた。

 ふいに彼女の股に手を添える。ぬちょっとした感覚が指先から伝わってきた。

 「首元噛まれて感じちゃったの」

 彼女の耳元で、あくまでも優しく囁く。彼女の顔が赤くなっていくのが目の端で見えた。

 「う…ん……」

 たった二文字の言葉を詰まらせながら、聞き取れないほど小さな声で彼女は言葉を返した。そのどこか小動物のような可愛さに、少しだけいたずら心が湧いてしまう。だから、また同じところをもう一度、より力強く噛んだ。

 「くっ…んぅ…」

 やはり痛いのか、彼女は小さなうめき声を上げながら、それでも懇願するように私を抱き締める。それに答えるように、私も少し顎に力を入れた。

 「ちゅ、んむ…」

 彼女から流れる赤い血を、まるで彼女を愛おしむかのように啜る。じゅるという汚い音が、嫌なくらい耳に響いた。

 首元から口を離して、もう一度彼女を見下ろす。

 少し瞳に涙を浮かべ、それでも幸せそうに口元が少し緩んでいた。

 同情…なのだろう。出会って一日も経ってない彼女にキスをした。愛おしむように、ゆっくりと、彼女と舌を絡ませて、息が苦しくなるほどに、キスをした。

 お互いの息が荒くなり、それでも愛していると伝えるように、私と彼女の唾液を混ぜる。自分の唾液の味すら忘れた頃に、彼女は私に呟いた。

 「幸せ…大好き」

 涙は出さなかった。きっとそれは彼女への侮辱だろうから。だから、そんな気持ちすら忘れるほどに、激しく彼女を求める。

 「あっ、んっ」

 「はぁ、っ」

 ただ嫌なことを忘れたくて、ただ辛い現実を見たくなくて。

 だから私たちは、愛すらも間違える。

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Incorrect lover Aoi人 @myonkyouzyu

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