1-27. 樹海の真面目な調査だと思っていたらそこそこ楽しかった(2/5)

「ケット。ごめん、ごめん。あー、そろそろだよな?」


「旦那様、何かあるのか?」


 ムツキが申し訳なさそうな表情で手を合わせているところに、すかさずナジュミネが質問を投げかける。


 ムツキは基本、様々な呪いのせいもあって、戦うこと以外ほとんどのことができない。たとえば、彼が自身の服を脱ごうとした場合、無理をすると、下着を含めた全てが爆散して全裸になる。


 つまり、ムツキは樹海の衛兵であり、何もしないことが平和の象徴とも言える。


「あ、ナジュにはまだ伝えてなかったな。月に2回ほど、樹海と世界樹の調査に行くんだ。といっても、ブロック分けした1区画だけをだいたい2泊3日くらいで見るんだけどな」


「……そうなのか。皆で行くのか?」


 ナジュミネがそう聞いたのは、自分だけが留守番になる可能性を考えたからである。


 まだ認められていないのかもしれない。だから伝えられていないのかもしれない。まだそれほど経っていないのだから当然とも考えられる。


 ただ、ナジュミネは少しだけ、ほんの少しだけ寂しい感じがしたのだ。


「いや、俺とアル、後は数匹の妖精たちくらいだ。ユウやクー、ケットはいつも留守番だな。その、よかったら、ナジュ、一緒に来るか? 水浴びだったり、軽食だったりで家よりだいぶ不便になるんだが。」


 ムツキはそのナジュミネの小さな揺らぎには気付かないものの、言い忘れていた気まずさもあってか、彼女を誘ってみた。


「え、いいのか?」


 ナジュミネ自身は一生懸命表情に出ないようにしているものの、一気にパっと明るくなったのは誰から見ても分かってしまうくらいだ。


「もちろん。樹海にはいろいろなモフモフがいるからな。ナジュにはもっとモフモフを知ってほしい」


「ありがとう! 行く! 妾は必ず行くぞ!」


 ナジュミネがとても嬉しそうに満面の笑みで大きな声を出しながら立ち上がるので、一気に周りの視線は彼女に向く。しかし、彼女は嬉しさのあまりか気になっている様子もない。


「そ、そんなに行きたいのか?」


 あまりにも不自然なので、思わずムツキはそうナジュミネに聞いた。


「もちろんだ! 訓練がてらちょうどいい。それに、旦那様は長く遠出をできないようだから、仕事とはいえ、これはもう実質、新婚旅行への誘いのようなものだろう?」


「え?!」

「え……」

「え、ニャ……」

「え……」

「え……」

「にゃー……」

「わん……」

「ぷぅ……」


 ナジュミネの言葉に、その場の全員が衝撃が走り、誰もが全身凍り付く。やがて、ムツキへと若干非難気味の視線が一斉に集まる。


「すぐに支度をするから、妾を置いて行ってはダメだぞ。アル、すまないが手伝ってもらえるか」


 ナジュミネはとても嬉しそうだ。


「イエス、ミセス。後ほど伺いますので、先に自室にお戻りいただけますか?」


「ありがとう、分かった。では、先に行っている」


 ナジュミネは本当にとても嬉しそうだ。


「急に誘ってごめんな」


「いや、誘ってくれてありがとう!」


 ナジュミネはそう言って、足取り軽やかに自室へと戻っていった。


「……ユウ式緊急会議!」


 ユウは小声で皆を集めて、テーブルに皆を座らせた。この緊急会議は年に1度あるかないかの重要な決定をする際に、ユウが執り行うことができる会議である。


「ねぇ、ムツキ」


 ユウの声色はいつになく低く、やたらとドスが効いている。


「はい」


「どういうことかな?」


「多分、この前の挨拶のときに、家を長く空けられないと言ったことだと思います……」


 ムツキは肩を落としているからか、少し縮こまっているように見える。


「なるほどね。それでナジュみんが気を遣っている、と。聞いた最初は、仕事を新婚旅行への誘いと本気で思っているのかと思ったけど、それはナジュみんの性格上、絶対にあり得ないよね。つまり、ねぇ、ナジュみんにあんな気の遣わせ方をして、まずいんじゃない? 私、もう泣きそうなんだけど。良い子過ぎない?」


 ユウはまくし立てるように言いながら、既に涙目である。


「はい、とても、まずいです……」


 ムツキには反論の余地もない。この1週間、ナジュミネの親に結婚の挨拶に行った以外、家の敷地内しか出歩かなかったからだ。敵が来なければ、ほぼほぼ引きこもりな生活を送っているとしか言いようがない。


「とはいえ、これは周りの私たちも気付かなかったからムツキだけ責められないね……。この生活が長すぎて、感覚がマヒしちゃってたのかも。適度な旅行、大事。ともかく、ムツキ、ちゃんとナジュみんと相談して、1週間の新婚旅行を企画すること。約束できる?」


「1週間? ここの守りは?」


 ムツキは思わず声を上げたが、ユウは両手で大きく×をつくる。


「変なところで甲斐性を見せない!」


「はい。ごめんなさい」


 ムツキはこれ以上小さくなれないというところまで縮こまる。


「大丈夫ニャ。ご主人、オイラたちに任せるニャ」


「主様。皆でがんばる。だから、やるべきことをやってほしい」


「マイロード。私からも何卒お願いしたい」


 皆が優しくムツキに話しかけた。


「みんな……分かった。ナジュはもちろん、皆の思いも無駄にしたくない。どうか、俺に力を貸してくれ」


「まず、すぐに、ナジュみんの誤解を解いてから、ちゃんと考えているって言っておくこと」


「わかった」


 ムツキは力強く頷いた。

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