1-25. 結婚の挨拶に行くだけだと思ったら村のしきたりに巻き込まれた(5/5)

「一匹くらい妖精を連れてきた方がよかったかもな。ナジュにも風呂で迷惑かけたし」


 ムツキはナジュミネ家の一部屋を借り、一人でくつろいでいた。


 本当は今日中に帰るつもりだったのだが、村を挙げての宴を用意してくれていると言うので、無下にすることもできずに泊まることになった。


 既にナジュと長い風呂を済ませており、着替えはナジュ父の着物を借りたのでかなり大きく捲し上げが非常に多い。


「しかし、これ、紋付の羽織袴じゃないか? なんかこの村は和風だからか、なんか懐かしさを覚えるな。といっても、現代じゃ着物なんて中々着ないけどな」


 ムツキは一人で小さく笑いながら、宴を待っている。


「あ。まずい。【コール】。ユウか?」


 ユウとテレパシーのような魔法で繋がった。事前には今日中に帰るつもりで伝えていたので、予定変更の連絡を入れなければと慌て始めたのだ。


「ん? あれ? ムツキ? どうしたの?」


「ごめん、ごめん。今日はナジュの実家に泊まることになった。すまないが、明日の昼過ぎまでお願いできるか?」


 ムツキが留守にする際は、ユウが管理者代理、つまり、侵入者撃退の任を負っていた。ケットやアル、クーも補佐として付くので基本的に問題はない。


「はーい。まあ、そうなると思ってたからいいよー。お土産よろしくね。その村はあまり知られていないんだけど、オモッチが隠れ有名だから。」


「隠れ有名ってなんだ……。しかし、餅か? いいな。後で、ナジュに聞いてみる」


「ありがと。あと、明日は久々に……、ね?」


「あー、わかった。お手柔らかに頼むよ」


「やった。じゃあねー」


 ムツキはユウとの通話を終えた。ナジュミネがほぼ同時に部屋の外から声を掛ける。


「旦那様。宴の用意ができたらしい。行こう」


「ありがとう。それじゃ、行こっ……」


 ムツキが扉を開け、そして、ナジュミネを見た瞬間に驚きで言葉が続かなかった。


「どう……かな?」


 そこには白無垢を着て、水化粧に真っ赤な紅をしたナジュミネがいた。


「いつも綺麗だけど、今はもっと綺麗だね。角隠しは中々の洒落っ気だ」


「む。こんな時におちょくるんじゃない。妾は元々、無角だから隠す角はない」


「ごめん、ごめん。冗談だから怒らないでよ」


「もう……、行くぞ」


 この世界に神社や寺、教会のようなものはない。崇めるはずの神、ユースアウィスは亡くなっていることになっているからだ。


 ただし、個人的にユースアウィスや元始の4人を尊ぶことはある。復活を信じて祈る者もいるくらいだ。


 2人は談笑しながら、ゆっくりと歩く。辿り着いた先は、相撲を取った広場だった。この村ではすべての行事がここで行われるようである。


 100人にも満たない村人が全員集まっており、既に大人たちは酒盛りを始めて飲んでいた。飲む理由ができたくらいの感じのフランクさがそこにあった。


「主役のはずの俺たちがいないのに、酒盛りが始まっているのは笑えるな」


「ふふっ。そうだな。まあ、皆で飲むための言い訳みたいなものなんだ。許してくれ」


「許すも何も怒ってないさ。雰囲気のいい村で、素敵だと思っただけさ」


「ありがとう。私はこのお節介焼きばかりの村が好きだ。誰も彼もが近すぎて窮屈な時もあったが、やはり、なぜだろうか、いつも最後は落ち着くんだ」


 ナジュミネは、ここ数年帰省しなかったことを若干悔やんでいるように、広場ではなく遠くを見つめる目をしている。


「毎年、たくさん、ここに来ような。あんまり家を長い時間は空けられないけど」


「私のために時間をつくってくれて、ありがとう」


「当然だろ」


 2人は宴に合流し、ムツキは村人と酒飲み比べを始め、ナジュミネは旧友と話を咲かせていた。


 酔った勢いでムツキに近寄る娘たちもいたが、静かに笑みを浮かべるナジュミネを見た瞬間にそそくさと立ち去った。さすがは元魔王、彼女の威圧は半端ない。


 やがて、ナジュ父が二人のところにやって来た。


「婿殿。ナジュのことを頼んだ」


「はい」


 ナジュ父はムツキに一言だけ告げ、ムツキはそれに深々と頭を下げながら返事をした。


「ナジュ。言ったことは突き通せ」


「はい」


 次にナジュ父はナジュミネにそう告げた。


 昔、彼女が宣言した、伴侶となる者と何があっても一生を添い遂げる、のことを指しているのだろう。ナジュミネもまた深々と頭を下げながら潤んだ声で返事をする。


「いつでも帰ってこい。二人ともわしの子だ」


「はい」

「はい」


 最後にそう告げて、ナジュ父はまた村人の宴の方に戻った。代わりにナジュ母が来る。


「あの人、多分、もっと言いたいことがあるんだろうけど、いつもうまく言えないのよね。でも、絶対にあなたたちのことを一番に思っているわよ」


 ナジュミネの不器用さは、程度の差はあれど、確実に父親譲りだろう。


「親子ですね」


「そう、親子なのよねえ。まだナジュの方が素直だけどね」


「そこがかわいいんですよね」


「あら、惚気られちゃった」


「旦那様! お母さん!」


 そうして、ムツキとナジュミネは最後まで残ることにして談笑していた。時間が経つにつれて徐々に人もまばらになっていたが、結局、家に帰る頃には日が変わろうとしていた。

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