1-24. 結婚の挨拶に行くだけだと思ったら村のしきたりに巻き込まれた(4/5)

 村の中心。


 しきたりとは例えるなら相撲だった。


 婿になる者が花嫁の父親と相撲を取り、父親を投げ飛ばすまでがしきたりである。


 ただし、本当に勝ち負けがあるわけではなく、あくまでも通過儀礼のようなものだ。婿は仮に負けても何度でも挑戦してもよい。


 強ければ守れる力があると見なされ、弱くとも守り切る意志があると見なされれば、父親として婿を認める、というものである。


 つまり、父親は父親でこのしきたりを受ける時点で、娘の結婚を認める覚悟をすることになる。



「……手加減をしてやってほしい」


 ナジュミネはムツキのそばで耳打ちをした。


「お義父さんのことが心配なんだな? 男と男の勝負で下手なことはできないから、どこまで応えられるか分からないが、お互いにケガをしないようにするよ」


 ムツキはナジュミネの不安を取り除くように優しく呟いた。


「それにしても……」


「ん?」


「村の娘たちがふんどし姿の旦那様に見惚れているのが……少し嫌だ。多夫多妻で独占できないのは承知しているのだが、今日だけは、今日だけは私だけの旦那様なのだから」


 ムツキはスーツ姿からふんどし姿になっており、細身ながらも引き締まった筋肉と甘いマスクが娘たちを興奮させるのに十分だった。


「ははは。かわいいな、ナジュ」


 ナジュミネはムツキの不意打ちに赤面する。


「ナジュがあんなにイチャイチャするなんて! 夢かしら! 実は夢なのかしら!」


「落ち着け。現実だ」


 ナジュ母は既にテンションが高まり過ぎていて、まるで子どものようにはしゃいでいる。


 ナジュ父は反対に恐ろしく静かに落ち着きを払っているが、彼の言葉はまるで自分に言い聞かせているような雰囲気を漂わせていた。


「それでは、今から、ムツキ殿とナジュミネの尊父による相撲を執り行う」


 審判である行司が現れ、ムツキとナジュ父が土俵に入る。


「お義父さん、胸を貸してもらいます」


「簡単に勝たせてはやらん」


「始めっ!」


 次の瞬間、勢いよく踏み込んだナジュ父の鋭い張り手がムツキの身体にぶちかまされる。


「ぐっ」


 ムツキは一歩下がった。ナジュ父はまるで大木にぶちかましたような衝撃を受け、思わず眉根が上がってしまう。


「あいつすげえな。ナジュミネの親父さんの張り手を食らって、たったあれだけか」

「俺なら、あんなん、広場の外まで吹っ飛ばされるぞ」

「さすが、ナジュミネが認めた奴ってことか」

「あれには、俺ら勝てんわ」


 村の男たちがざわつく。


「嘘だろう……」


 ナジュミネは全く逆の意味で驚き、手で口を覆っていた。ムツキのパッシブスキルが発動しなかったのだ。


 理由は、ナジュ父の持つスキルだった。


 初撃確定。どんな攻撃でも一撃だけ確実に当てることができるスキル。このスキルはどの無効スキルよりも優先される。


 ただし、ナジュ父はそのスキルに自覚はないし、ムツキに無効スキルがこれでもかと付いていることも知らない。たまたま、ムツキを攻撃が当たったのだった。


「どうした? 婿殿は親父殿に殴られたこともないのか?」


「そうですね。今までで俺に一撃を与えられたのは一人しかいません。ナジュミネさんとの力試しでも一撃も食らいませんでしたよ」


 ナジュ父はふっと小さく口の端を上げる。


「そうか。ナジュもまだまだだな」


「さすが、お義父さんってことですよ。次はこっちからいきます!」


 ムツキから接触すれば、接触攻撃無効は発動しない。そのため、彼はナジュ父に突進し、がっぷり四つの体勢になる。


「ぐぐぐっ。さすがだな。まるで大地に根を張る巨木相手に相撲を取るようだ」


 勝てない。


 ナジュ父は理解している。ただ、それで諦める姿は娘に見せたくない。その一心で普段の数倍の力を出している。自分でも不思議になるくらいに力が出ている。


「うおおおおおおおっ!」

「おおおおおおおおおおおっ!」


 勝負は一瞬だった。


 ムツキは重心をより低くし、低い位置から足を掛けるようにしてナジュ父のバランスを崩し、一気に投げた。


「勝負あり! ムツキ殿の勝ち!」


 周りからは歓声が上がる。体格差をものともしないムツキの底知れぬ力を称賛した。


 ムツキはナジュ父に手を差し出す。ナジュ父はがっしりと掴んで起き上がり、そのまま固い握手をした。


「ナジュをよろしく頼むぞ、婿殿。一番に、とは言わん」


「気付いているのですか?」


 ムツキは先ほど、ナジュ母から、この村は一夫一妻が多いことを教えてもらっていた。そして、多夫多妻について、快く思っていない村人が多いことも知った。


 ナジュ父がどうかは分からないまま、今に至っていた。


「がははははは! この村は一夫一妻がほとんどだが、魔族は基本、多夫多妻、婿殿ほどの器量の男、ナジュ一人なわけがないだろう。それはもったいない」


「ありがとうございます。ナジュミネさんを必ず幸せにしてみせます」


「そう難しく考えるな、婿殿。幸せは誰かにしてもらうものではない。幸せは自分が感じるものだ」


 ナジュ父は豪快に笑う。


「……お父さんがあんなに笑ったところ初めて見たかも」


「そうね。いつも人前では笑わないからね。私も数えるくらいしか見てないわ。それに、あんなに大笑いしているのは私も初めてかも」


 ナジュ父が10歳を越えてから人前で笑ったのは、ナジュ母と付き合うことになった時、ナジュ母と結婚した時、ナジュミネが生まれた時、ナジュミネが魔王になった時、そして、今、ナジュミネとムツキを祝福する時の数回だけだった。


「次は孫を見た時かしらね」


「ま、孫。私の子ども、か……」


「ふふふ。孫を期待しているわ」


「……うん」


 今後はナジュ父の笑顔も増えるかもしれないと思ったナジュ母であった。

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