1-23. 結婚の挨拶に行くだけだと思ったら村のしきたりに巻き込まれた(3/5)

 ナジュミネの父の部屋。


 全体的に質素な佇まいで、書斎というよりは作業場といった感じで道具がいくつか床に転がっている。


「……いよいよ、か」


 ナジュミネの父は、大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。


 次に、頭に被っていた手拭いを取り払って手汗を拭く。そして、ゆっくりと衣装ダンスの一番上の小さな棚を開けた。そこには、数冊のスクラップブックのようなものが収められていた。


 彼は1つ1つを丁寧に取り出し、真新しいものからゆっくりと開いていった。そこには、ナジュミネのことを書いてある新聞記事がびっしりと貼られてあった。


「もうこうやって知ることはないのだろうな」


 最近の魔王としての評判、魔王としての数々の功績、炎の魔王として就任したこと、そのほか様々な内容の輝かしい数々の記事は丁寧に切り取られているものの手垢がついている。


 彼が幾度となく見たのであろうことは容易に想像できる。


 そして、この世界にまだ写真はないので挿絵だが、そこには美しいドレス姿のナジュミネがいた。


 彼は静かに微笑む。


「がんばっていた仕事をやめるほどだ。思い切りの良さは相変わらずだな」


 やがて、読み終えたスクラップブックを脇に置き、次のスクラップブックを開く。


 そこには、彼の日記が書かれており、時折、幼い頃のナジュミネから日々もらった似顔絵や手紙が貼り付けられていた。


 プロミネンスと村を出る前、反抗期直前のナジュミネから遡っていき、日々の彼女との思い出や大きくなるまで付け続けた身長の記録まで丁寧に事細かに記載されている。


 しかし、彼はこのようなスクラップブックなどなくても、今でもすぐにすべてを思い出せる。写真などなくとも、脳裏には日々のナジュミネの喜怒哀楽の表情が思い浮かぶ。


 叱った後にぎゃんぎゃん泣かれてしまい、内心おろおろするも、父としてそんな姿を見せるわけにはいかず、部屋にこもったことも昨日のことのように思い出せる。


「ナジュが選んだのだ。ただの男前ではあるまい」


 スクラップブックには、ところどころ、ナジュミネの手形があった。彼は思わず、その手形に手を合わせる。自分の半分もない手形に懐かしさを覚える。


「あんなじゃじゃ馬娘もいずれ結婚すると覚悟していたが、こうもまあ、自分の気持ちを整理するのに苦労するとはな」


 読み終わる頃にはすっかり自身が指定した夕刻に近付いていた。


「さて、と」


 彼はスクラップブックを丁寧にしまい込み、再び大きな深呼吸をする。その姿は涙を堪えているようにも映る。


「まあ、わしが見極める必要もないだろうがな。そもそも勝てる気がせん」


 彼はこれから行うしきたりを想像し、少し弱気を見せる。


「しかし、父のなけなしの意地くらいは見せつけてやろう」


 彼はまた無愛想な顔に戻って、自室を出ていった。

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