1-22. 結婚の挨拶に行くだけだと思ったら村のしきたりに巻き込まれた(2/5)

 ナジュミネがムツキを連れて、何人かの鬼族と嬉しそうに会話をした後、ようやく目的地に辿り着いた。


「あら、ナジュ?」


「お母さん! ただいま」


 ナジュミネの容姿は母親譲りのようだ。


 ナジュミネの母は、田植え衣装のような和装をしている美人だ。角が小さいのか、それとも無いのか、ナジュミネ同様に確認できない。


 ナジュミネに負けず劣らずの容姿に、短く切り整えられている深紅の髪、瞳は深紅というよりもピンク色で、目つきは優しい丸っこい感じだった。農作業をしているからか、肌は少し焼けたような色合いをしている。


 まだまだ見た目が若く、ナジュミネと並んで姉妹と言われても違和感がない。


「まあ、本当にナジュなのね。嬉しいけれど、お仕事忙しいんじゃないの? まあ、立ち話もなんでしょ。あら、すっごい男前の方ね。そちらの方はお仕事のお知り合いかしら? いつも娘がお世話になっております」


「私の旦那様」


「……?」


 ナジュ母は宇宙猫のようなきょとんとした表情で固まる。


「だ・ん・な・さ・ま、旦那様」


「初めまして、ムツキと申します。この度は、ナジュミネさんと結婚するためのご挨拶に参りました。いきなりですみませんが、お義母さんとお呼びしてもいいですか?」


 ナジュ母はまるで時間の流れが遅くなったかのように、とてもゆっくりと口を開く。


「お、おおお、おおおお、おおおおおおお、おか、おか、お義母さん?! そんな、やっと、やっと、ナジュに春が……、やっと、春が……。しかも、超男前!」


 ナジュ母は、先ほどよりも高い声で戸惑いを隠さずに叫びながら、膝から崩れ落ちて倒れた。自身の手で身体を起こすこともできないほどの衝撃だったようだ。


「お、お義母さん、大丈夫ですか?」


 ムツキが片膝をついて、ナジュ母を起こすように抱える。すると、ナジュ母は自分の両手でムツキの手をしっかりと握って、顔を近づける。美人が顔を近づけてくるので、彼は思わずドキッとしてしまう。


「ムツキさん、ありがとうございます! 娘をもらってくれて、ありがとうございます!」


「いささか表現がオーバーなような気がしますけど……。ナジュミネさんは素敵な女性ですから、仮に私と出会わなかったとしても、いずれ結婚したと思いますよ」


 ムツキは綺麗な笑顔で応対する。ナジュ母がゆっくりと立ち上がった。


「いいえ、ムツキさん、そんなことありません! 自分より強い男としか結婚しないと言い張って、村の言い寄ってくる全員は完膚なきまでになぎ倒すし、町に行けば婿と出会えるかと思って、寂しい思いも押し殺してプロミネンスさんに託したら炎の魔王になんてなっちゃって、今まで浮いた話もなくて……。本当によかった」


「ちょ、ちょっと……」


 ナジュ母が急に早口で思いのたけを言い放つ。ナジュミネも狼狽えっ放しである。


「帰ったぞ」


 ムツキとナジュミネは後ろから聞こえてくる声に振り返る。


「あ、お父さん。ただいま」


「……ナジュか。帰っていたのか」


 ナジュミネの父はムツキを遥かに超える大柄の男で、鬼とはこうあるべきと言わんばかりに肌の色が赤く、額には立派な2本の角が生えていて、作務衣を着ていた。


「うん。さっき帰ってきたところ」


「そうか。仕事はどうした?」


「魔王は……やめた」


 ナジュミネは少し緊張した面持ちでそう答える。


「そうか。そっちの男は?」


「旦那様」


「そうか。だから、やめるのか」


「そうだよ」


 ナジュミネは父親の淡白な受け答えに拍子抜けをしつつ、それを表情には出さないように努めた。


「初めまして。ムツキと申します。この度は……」


 ナジュ父はムツキに向かって、片手を突き出した。ムツキは話を止める。


「婿殿。皆まで言うな。煩わしいかもしれんが、村のしきたりがあるので、まだ認められん。夕刻に顔を貸してもらう。それまでは好きにしてくれ。わしは部屋に入る」


「ちょっと、私にはともかく、旦那様にはもう少し愛想良くしてよ!」


 ナジュミネが少し苛立ち混じりで父親に向かって叫ぶが、ナジュ父は意に介した様子もなく、ずんずんと進んでいく。


「そんなものは持ち合わせておらん。これから、しきたりのために精神統一をせねばならんから、部屋に入ってくるな」


 そして、ピシャリと戸を閉める高い音が響く。


「すまぬ、父が」


「いや、いいお義父さんじゃないか」


 ムツキは何かに気付いたようで、ナジュミネにそう笑顔で答えた。彼女は首を傾げながらもそれ以上聞かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る