1-21. 結婚の挨拶に行くだけだと思ったら村のしきたりに巻き込まれた(1/5)

 猫吸いと朝チュンから3日経った日。ナジュミネの故郷の村。魔人族の領でも田舎に位置するこの村は、のどかな田園風景が特徴的だ。


 そこにナジュミネとムツキがやって来ていた。理由は簡単で、ムツキがナジュミネの家族に挨拶するためである。魔王を突如辞めることになったこともあるので、やはり、ナジュミネを伴侶に迎えるにあたって、それならば挨拶も必要だということで今に至った。


 ちなみに、プロミネンスは朝チュンをした雰囲気を確認してから魔王城に戻り、既に次の魔王を選定していた。


「久しいな。しばらく、戻ってきてなかったからな。皆、元気だろうか」


 ナジュミネは柔らかい笑みを浮かべて、ついつい出てくる言葉を口にした。彼女はいつもの軍服ではなく、茜色をした紬の和装を着こなしている。


 彼女の村では和装が普段着として用いられていた。


「何年くらいだ?」


 ムツキは何の気なしにそう訊ねる。彼は相変わらずのスーツ姿だが、少しばかり洒落っ気を出しており、薄いグレーの無地でベスト付きのスリーピース、そして、濃いグレーのネクタイを締めていた。


「14でプロミネンスに出会い、それからもう3年になるか」


「ナジュは17歳なのか?」


「17には見えぬか?」


 ナジュミネは小さく笑いながら、そう聞き返す。


「変な意味じゃない。まあ、大人っぽいからかな。俺と同じ20くらいに見える」


「ふふっ。誤差じゃないか」


「いや、JKとJDくらい違う」


 ナジュミネは少しだけ首を傾げる。


「JK? JD?」


「あ、いや、すまん。別の世界の話だ」


 ムツキはナジュミネに詫びる。


 しかし、ムツキにとって、大きな違いであることは間違いなかった。


「そうか。少なくとも、旦那様にとって、何か大きな違いがあるってことが分かった」


 ナジュミネは理解できていないが、理解しようとする努力を惜しまない。


「あれえー? もしかして、ナジュミネかあー?」


 畑からひょっこりと出てきた人影が大きな声でナジュミネに話しかける。


「あー! おじさん、久しぶり! 元気にしてたー?」


「え」


 ナジュミネの口調がいつもとも二人きりのときとも違うことにムツキは驚きを隠さず、思わず素っ頓狂な声が出た。


「あ、すまぬ。別に今の口調が無理をしているとか、無理に昔の口調に戻しているとかじゃなくて、なんとなく昔の口調にしないとそれはそれで違和感が……」


「なるほどね。なんとなく分かる。器用なんだか不器用なんだか」


 ムツキは笑いを堪えながら立っている。


 人影が近づいてくる。農作業着を着た男は頭に小さな角を生やしていた。魔人族の中でも鬼族だ。


「全然帰ってなかっただろ? いくら偉くなったからって、そんなんじゃダメだぞ」


「ごめんなさーい」


 ナジュミネは舌をちろっと出して、軽く謝っている。綺麗な容姿もあいまって、ギャップのあるかわいらしい感じになる。


「相変わらずだな。ところで、そっちの男前は? もしかして、昔から言っていた王子様か?」


「あっ!」


「王子様?」


 おじさんと呼ばれている鬼族の男は、豪快に笑いながら話を始めた。


「そうそう、どうやったら付き合えるんだ、みたいなことを聞いた奴がいたらしく、その時に、自分より強い王子様が現れたら絶対に結婚すると言っていたんだ。だけどな、昔からナジュミネは強すぎてな、求婚する男どもをばったばったとなぎ倒していたんだ」


「もー! おじさん!」


「へえ」


「それでな、ナジュミネはべっぴんなんだから、男前を引っ掛けられるはずなのに、強ければどんな不細工でもいいと言っていたからな。しっかし、こんな男前を見つけてくるなんてな。大したもんだ!」


「もー! べらべら喋らないでよ!」


「はははははは。すまんかった。ま、ご両親とこに早く行ってやれ」


「ありがとー。じゃあねー」


「いろいろとお話を聞かせてくれてありがとうございました」


 ナジュミネとムツキが手を振りながら、道を歩き始める。


 鬼族の男は終始笑顔で彼らが見えなくなるまで手を振り返していた。


「さて、と……。み、みんな、大変だー! ついに、ナジュミネが男を連れてきたぞ! 男前だ。男前だぞ。宴だ! 宴だ!! 宴だー!!!」


 田舎は噂が光よりも早く届くものである。


 本当に。

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