1-15. 単なる力試しだと思ったら誓約付きの神前試合(ガチ)だった(5/5)

 先ほどから麻痺も治ってきたナジュミネが牽制の魔法を打ちつつ、ムツキがそれを躱していくという試合運びが続いていた。


「いい加減に降参してくれないか?」


「はぁ、はぁ……、はっ……。本当に先ほどの1回のみで、そなたは攻撃してこないな。そのような半端な優しさでは……女性にモテぬぞ」


「うぐっ。……ほら、また不器用に煽る」


 ムツキは心に太めの矢がグサッと刺さった気分になった。


「いや、すまぬ。煽ったわけじゃなく、今のは本音だ」


「やめてくれよ! 余計に傷つくだろ!」


 ムツキにとって、ナジュミネの攻撃魔法より本音の方が効いている。


「ふっ。せっかくのそなたの美しい顔が台無しだぞ?」


 ナジュミネはお返しとばかりに先ほど言われた言葉をムツキに告げる。


「それはそうと、魔力切れも狙ってみたけど、尽きないのはすごいな。ただ、もう勝負は目に見えているだろう? さっきも言ったけど、降参してくれないか? 俺に女性を痛めつける趣味はないんだ。降参してくれるならすごく助かる」


 ムツキはナジュミネに優しく囁くようにそう伝えるが、ナジュミネは首を横に振った。


「いや、ならんぞ。最後まで戦うぞ! それともそなたが降参してくれるなら、強いことは証明されたから伴侶として魔王城に迎えるぞ」


「なんで上から目線なんだろうか。それに魔王城には興味ないな。今のあの場所が好きなんだ」


 ナジュミネの頑なな意志を曲げることを、ムツキは今の自分ではできないと判断した。しかし、彼は一つ間違えると彼女を2回以上殺すようなダメージを与えてしまう可能性がある。


 そして、あの身代わり人形がどの程度身代わりになってくれるかが今一つ分かっていない。ムツキは、ナジュミネに一生モノの傷を負わせることだけは避けたい。


 どうしたものかとムツキは思案に思案を重ねた結果、1つの答えに辿り着く。


「やれやれ。だったら、そうだな。ナジュミネさんの出せる最強の魔法を出してくれ。それを俺が防ぎきったら勝ちだ。それで了承してくれるなら、俺が勝った時に奴隷ではなく、2番目の伴侶として迎え入れよう」


 ムツキの提案にナジュミネは考える。彼女も既に勝ち目が非常に薄いことに気付いている。そして、強い男の伴侶になるために戦っているのであって、奴隷になりたいわけでもない。


「……よかろう。たしかにそれなら妾にもメリットがあるのは認めざるを得ないな。しかし、さすがにこれはそなたでもかすり傷では済まさぬぞ」


 ナジュミネは呼吸を整えて、魔力をゆっくりと丁寧に練り上げていく。


「【妾が放つは 闇よりも黒き 地獄の猛火 荒れ狂う獄炎に 焼き尽くせぬものはなし 妾の眼前の敵を 灰塵も残さん】、【インフェルノ】」


 ナジュミネは足を前後に開き、腰を落とし、両手を突き出した。その後、彼女の手からは、凄まじいスピードの黒い炎がツタのようにうねりながら放射状に勢いよく広がる。


 周りの砂さえもすぐに溶け始める超高温の炎がムツキへと近づくが、彼はさして慌てる様子もなかった。


「【ニブルヘイム】。地獄の炎なら、これだ」


 ムツキがその魔法を唱えた瞬間、黒い炎が水を掛けられたかのように消え去り、辺りはひどく冷たい凍てつく空間へと変貌した。


「極寒というか、地獄の寒さで獄寒だろうな。地獄には地獄というわけだ」


 その後、ムツキが追撃の意思を見せなかったため、そのままその魔法は終わりを迎えた。


「うっ……」


 ナジュミネは魔力を多く使ってしまった反動か、立つこともままならず、その場に座り込んでうずくまる。


「【ウォーム】。まだ寒いだろ。これも羽織ってくれ。……綺麗な髪も汚れてしまうな。」


 ムツキはしゃがみ込んで、温かそうなコートをアイテムボックスから取り出しナジュミネに羽織らせて、髪を優しく背中に上げた。


「はは……無傷とはな。これもダメだというのであれば、たしかに、どうしようもない」


 やがて、上体を起こしたナジュミネはムツキと同じ目線で話を始める。


「ナジュミネは十分に強かった。だけど、相手が俺だった。それだけだ」


 ムツキは精一杯おどけたように答えた。


「カッコつけのつもりか? ……モテぬぞ?」


「うぐっ……次に言ったら、本当に慰み者にするぞ?」


「先ほどの約束を反故にするのか?」


「伴侶としても、どちらが上か、分からせてやるということだ」


 次の瞬間、ムツキとナジュミネは見つめ合った。


「ふふっ」


 ナジュミネは不意に柔らかな笑みを零した。


 絶世の美女にこのように微笑まれてしまっては、ムツキもそれ以上言葉が出てこない。


「……モテぬぞ?」


「いや、嬉しそうに煽るなよ。まったく、夜には鳴かしてやる」


「ほう。その時には、攻撃的なそなたを見てみたいものだな。……さて、と、参った」


「勝負あり。ナジュミネの降参により、勝者はムツキ! やったあ!」


 ナジュミネの降参で神前試合の幕は閉じた。


「それ、みんニャ、ご主人を胴上げニャ!」


「ニャ、ニャ、ニャ!」

「ワン、ワン、ワン!」

「プゥ、プゥ、プゥ!」


 ケットと愉快なモフモフ応援団たちはムツキを胴上げする。


「まさかの胴上げ。これはこれで幸せだなあ」


 ムツキは感極まって嬉しそうな顔を隠さないが、ユウやプロミネンス、ナジュミネから見ると、たしかに胴上げにはなっているものの、彼が普通に立っている方が目線は高いだろうなと思った。

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