第100話 弱者の抵抗/限られた選択(10)

 はりつけにされ、ついばまれている。


 天を覆うもの。空に蓋した大樹が一。幹に咎人がくくりつけられていた。縛るための手足はない。胴体だけを無数のつたが取り巻いている。


 頭部および胴体各所にて、様々な形をした樹枝ゆびさきが処置を施していた。


 かぎがある。のみがある。つちがあって、のこもある。その他、やすりはさみもあった。


 ちょっとした大工道具といった風情だが、もちろん拷問刑罰それいがいにも使用可能。


 にくがぶちぶち/ちょきちょき喪われ、ほねがぱきぱき/ぎこぎこ損なわれる。


 機能よぶんが削られ、単純シンプルに整えられていく。


 欠落していく人形ひとがたは、お手製ハンドメイド機巧からくりだ。為し得る機能は一つだけ。入力に対し、苦痛という結果を出力する。


 。だから、それだけの形に変えられていく。


 を想え。


 


 罪過つみを背負った猟犬いぬが、すべてが絶えた暗い森からよろぼいでて、……裁かれるべきなにかと成ったときから覚悟していた未来さき

 

 こそは、仕える女神ばけものが熱望する貢物いえにえなのだから。


 彼女には、絶えず王国せかい悲嘆いたみが供給されている。たった一つの器に王国せかい悲嘆いたみが押し込められている。


 苦痛に際限はなく、終点もない。過剰投与に器が壊れる希望おわりはない。受け入れる器が小さいのならば、。増殖も増大も、元より彼女の性質に適している。


 豊穣みどりなす地母神めがみこそは、彼女が併せ持つ側面なれば。豊穣からだは、終わりなき悲嘆いたみを受け入れるため、終わることなく増殖を続けていくだけ。


 きっと、王国すべての原罪いのちを裁き終えるまで、彼女の自家中毒びょうきは終わらない。


 だから、この無益な連鎖を留めるために必要なのは、だ。


 悲嘆いたみに拮抗する唯一の鎮痛剤ペインキラー。 


 このにおける罪の定義は、案外と


 犠牲いのち。生命にありきたりなひとつあれば、と称して差し支えない。


 実際、この災厄は、その論拠を基にして、領邦くにひとつを老若男女の別なく鏖殺おうさつした。


 しかし、それはそれとして、――。悪は、醜いほど安らぎを与えてくれる。許されざるにくしみは、深ければ深いほど解体するとき清々しい。


 天秤うんめい不均衡かたよりが大きければ大きいほど、正すことの安息やすらぎは、長く穏やかなものとなる。


 これなくして、彼女をむしば宿痾やまいが留まることはあり得ない。


 たとえ、災厄みずからの拡大が更なる阿鼻と叫喚、末摩の悲嘆いたみ王国せかいにもたらすとしても。


 発生当初うまれたときからこの擬神もどきは、破綻した摂理の示すままに悲嘆いのちがすべて消えるまで、飽くことなく繰り返し続ける。


 少女デヒテラは、見ていた。


 罰の凄惨を。刑の残忍を。自らも嫌悪した罪過あくが解体される、鮮やかな酸鼻いろどりを。


 眼を閉ざすわけには、いかなかった。この後、かの咎人ものが終わった後、。気を失った義弟おとうとを、ぎゅっと抱きしめる。


 森の閉塞へいそくが告げていた。牢獄もり。入った以上、死をもってしても出ること能わない。


 けれど、……他にも、考えることは、あった。


 この救い難い結末おわり未来つづき。かつて、であったはずの残骸。


 真実ほんとう偽証うそでつづられ、恐怖おそれ狂気くるいによって編まれた物語群エピソード


 “諦められなかった”


 “なんとかして貴女を振り向かせないと”


 “なにをしても無視された”


 “可能性があるのなら、すべて試してからでないと”


 旦那様。誰もが確信する


 が嫌う人/も嫌う人。


 あなたは、過去そのときいったいを振り向かせようとしたのですか。


 ? 


 “恩人の亡骸をあんな形で晒すのは、すごく抵抗があった”


 それは、真実ほんとう?/それは、虚偽うそ


 事実は、ただ異常性の中で浮遊する。ジョンが異常者である以上、あらゆる証言ことばは、字義どおりの解釈を阻んでいる。


 パズルを解くには、前提ピースが足りない。なによりも、誰かが営々せっせと積み重ねた偽証うそに覆い隠されている。


 どうせ考えるなんて、無駄なこと。


 誰にも理解できないし/理解されたいなんて思っていない。


 拒絶それを見透したいと少女が祈ったのは。


 かれ魔女かのじょを、――


 あまりに


 少女の間違いであり、――かれ瑕疵ミス


 けれど、、想像できないだろう。ひとつで、こんな異常ぼく義弟おとうとと重ねるなんて、純粋にもほどがある。


 取り返しのつかない瑕疵ミスは、発端きっかけだ。


 神話とびらを開くのは、いつだってであり、――ちいさな動機せつなるいのり


 棄てられた英雄譚おとぎばなし。あまねくおわりが次なるつづきを赦すというのなら、――ここに、次代つぎが駆動するのは、必然だ。


 蒼穹あお神秘ひとみが開かれる。自身かのじょの理解を置き去りに、層を違えた幽世げんじつが押し寄せる。


 数式しくみ定理しくみ法則しくみ律動コードで編まれた箱庭せかい俯瞰そとに辿りつく。王権けんげん神権けんげんで上書きする。裏側バックドアから侵入開始もぐりこむ


 求めるは、泡沫うたかためいた昔日かつて。手の届かない蜃気楼まぼろし。滑り落ちる時砂じさが定めた事象かこ


 距離あしでは到達できない因果ばしょ。うしろ向きの彼方じかんに像が結ばれる。流星群ほしぼしのように連続する断片またたき。頭蓋の内奥うちが眩む。


 空色あおの瞳は、遥かそらを越える。流れときをさかのぼる。恐怖と涙に曇りながらも、映したものは深層だ。


 不思議な奇跡おとぎばなし。天与とは酷薄。神秘とは無邪気。なべて運命とは、いつだって容赦がない。


 凡庸が、すべてを懸けて覆い隠したはずなのに、――ふと蕾を開くような易しさであばいてしまう。


 世界の片隅どこかにあった変転のはじまり。


 死の床における刹那わずか邂逅であい


 少女の母が、だれかの底を見通したように。

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