第5話 裏切り

 

 さて、俺は愛しの我が家に帰ってきた。


「ただいまー」

「お兄ちゃん……! お帰りー!」

「おっと……」


 妹が俺に抱き着いてきた。

 まったく、高校生になったというのに、甘えんぼうな妹だ。

 妹は金髪ツインテールに、短いミニスカートを履いた美少女だ。

 まあ兄が美少女とかいうのはおかしいのかもしれないけど、事実なのだからしょうがない。

 妹は、ひいき目にみても美少女だった。


 ちょっと、妹にも万能鑑定してみるか……。


「どうしたのお兄ちゃん? 私の顔じーっと見て」

「うん……」



==============

 闇雲百合音

 16歳

 

 B81

 W56

 H81


 好きなもの、お兄ちゃん

 ブラコン

 兄のためなら死ねる

 兄のパンツで○○してる

 兄と寝たいとすら思っている

 兄のことは絶対

===============



 うお……マジか……。

 まあ前からブラコンだとは思ってたけど……。

 そこまでだとは……。

 愛が重いよ……。

 さすがに妹の愛には答えられないよ?お兄ちゃん。

 まあ、俺が全力で守るのは変わらないけどね。


「あれ? なんか少し雰囲気変わった? お兄ちゃん、少しかっこよくなった?」

「そうか……? 俺はなにも変わらないぞ?」

「まあいいや、ご飯たべよ」


 リビングに入ると、そこには夕飯が用意されていた。

 あれ……いつも俺がつくる役目なのに。


「これ……百合音がつくったのか」

「うん、そうだよ。お兄ちゃん、帰りがおそかったから」

「そっか、ありがとうな」


 百合音はけっして、料理がうまいわけじゃない。

 だけど、俺の帰りがおそいからって、料理をつくって用意してくれた。

 とてもよくできた妹だと思う。

 たいして美味しい料理ではないが、しっかり味わって食べよう。

 俺はとてもうれしく思った。


「ありがとうな百合音。美味しいよ。先に食べててくれてもよかったんだぞ?」

「ううん、一緒にたべたほうが美味しいもん」

「……だな」


 とてもいい妹だ。

 俺はこの妹を、一生命をかけて守っていこうとあらためて思った。

 一家だんらんを終え、俺は眠りにつく。

 なんだか今日はいろんなことがあって疲れた。

 俺はそのまま死んだようにねむった。



 翌日、俺は彼女である伊藤春香の家に行こうと思った。

 久々の休日だし、彼女に会いたい。

 それに、春香には確かめたいこともあるしな……。


「じゃ、俺は出かけてくる」

「いってらっしゃい」


 

 俺は春香の家の近くまできた。

 だが、まだ春香の家には入らない。

 それはなぜか。


「なんであいつがここに……?」


 そう、俺が春香の家にいこうとしたそのときだった。

 春香の家から出てきたのは、なんとあの、五味だった。

 心臓の鼓動が早くなる……。

 嘘だろ……?


 俺は急いで物陰に隠れる。

 五味が完全にどこかにいくまでやり過ごす。

 なんであいつがいるんだよ……。

 まさか……いや……まさかな……はは……。


 しばらくして、十分に時間を空けてから、俺は春香の家に行く。

 ピンポンを押す。


「はい……!」


 出てきた春香と目が合った。

 その瞬間、まるで春香は死人を見たかのような顔をした。

 なんで……そんな顔をする……?


「あ、あれ……? え……なんで……? なんで……?」

「……どうかしたか……?」


 不自然なまでにうろたえる春香。

 春香は俺の顔をじっと見る。


「う、ううん。なんでもないの……。その……うん。あ、あれ? ユランじゃん。ひさしぶり……だね」

「ああ、そうだな……あがってもいいか?」

「う、うん。ちょっと待ってね……」


 しばらく春香はひっこむと、なにやら片付けをしたようだ。

 なにを片付ける必要がある……?

 彼氏である俺に、見せられないものでもあるのか……?


「い、いいよ」

「お邪魔します……」


 俺は、春香の家に入る。

 春香には、一つの疑惑がある……。

 それは、浮気の疑惑だ……。


 まず、五味がダンジョンで言ってたこと。

 春香は俺が寝取ったと、五味は言っていた。

 もちろん俺は、そんなこと信じちゃいない。

 俺は春香のことを信じている。

 だって、春香は俺が初めて付き合えた女性だ。


 春香のことは、恋人として、百パーセント信頼している。

 だからこそ、裏切られたくないという気持ちが強かった。

 なんだか、嫌な予感がするのだ……。

 なぜ、さっき五味がこの家から出てきたんだ……?


 まあ、仮説を立てるとすれば、五味は俺を殺したと思っている。

 五味は昨日、俺があのままダンジョンで死んだと思っているわけだ。

 それで俺がいなくなったのをいいことに、春香にちょっかいかけにきたのか?

 俺が死んだことをわざわざ伝えにきたのだろうか。

 春香に俺が死んで悲しんでいるところを、なぐさめる体で落とそうとしていた?

 だとしたら、さっきの春香の反応は合点がいく。

 俺を死んだと思っていたのなら、俺を見て、幽霊を見たような反応をするのは当然だからな。


 だけど、それにしてもだ。

 一人暮らしで彼氏もちの女が、わざわざ男を家に上げるだろうか?

 普通に話すだけなら電話でもいいし、玄関先でもいい。

 それに、さっきの片付けはなんだ……?


 俺は、まだ春香に万能鑑定を使うことはしなかった。

 俺は春香を信じていたし、万能鑑定を使うことは、その春香に疑いを向けることになる。

 それは春香を裏切ることにもなると思ったからだ。

 だから、俺は春香に直接たずねることにした。

 大丈夫だ。俺は恋人を信じている。


「なあ、春香……」

「なあに? ユラン……」

「さっき、家の前で、五味と鉢合わせしたんだが……。五味はこの家に来てたのか? なんの用だったんだ……?」


 俺は直球できく。

 春香はどきっとして、肩をこわばらせる。

 春香の心拍があがっているのがはた目にもわかった。


「そ、そそそそそ……そうだね。たしかに、五味くん、うちにきたよ。でも大丈夫! 心配しないで! 五味くん、ユランのこと知らせにきてくれたの。おかしいよね。五味君、ユランがダンジョンで遭難して死んだとかっていうんだよ! 私、びっくりしちゃった……」

「そうか……それで、さっき驚いていたんだな」

「う、うん……! だけど私、五味くんの言ったことなんか信じてなかったけどね。だってユランが死ぬはずないもんね。でも、いきなりきて変なこと言うから……びっくりしちゃって……」

「そっか……。安心してくれ。俺がダンジョンで死んだなんて事実はないから……」

「だよね……よかった……」


 どうやら、大きな嘘は言ってないみたい……だな……?

 でも、動揺はしているみたいだ。

 なにか後ろめたいことがあるのか……?


 春香は俺のことをじっとみつめて、言ってきた。


「なんか……ユラン、雰囲気変わった……?」

「そうか……?」

「ちょっと、かっこよくなったっていうか……」

「気のせいだろ」

「そうかな……」


 なんか、最近よく雰囲気変わったかと言われる気がするな……。

 まあいいか。

 俺は春香のことを信頼することにした。


「なあ春香……俺はお前のことが好きだ」

「ど、どうしたの急に……」


 俺は春香のことを押し倒す。

 なんだか急に、春香がどこか遠くにいってしまうような気がした。

 そうすると、どうしようもなく春香が欲しくなったのだ。


「なあ、春香……そろそろいいだろ……?」


 俺は春香を押し倒していた。

 なんだか、身体の底から、野性的な本能があふれてくるような感じがする。

 そうか、雰囲気変わったかとよく言われたけど、これのことか。

 なんだかダンジョンで遭難する前よりも、俺は野性的になっている気がする。

 本能が、求めていた。


「ま、待って……! ダメ……! ダメだって! 結婚するまではそういうことはしないって言ったでしょ……!」

「そ、そうだよな……。ごめん……」


 またか……。

 いつもこの調子だった。

 俺が春香を抱こうとすると、こうやってはぐらかされる。

 俺はそのおかげで、いまだに童貞だった。

 春香……。

 今まではこれで俺も収まっていたが、どうにも今日はおさまりがつかない。

 どうしても、春香が欲しい。


「なあ、春香……。答えてくれ……」

「なに……?」


 このままじゃ、春香がどこか遠くにいってしまうような気がする。

 なにか、確証が欲しかった。

 春香が確かに俺の女であるという証拠を。


「お前は……絶対に浮気なんかしてないよな……? これからも……これまでも……」

「と、当然じゃない! なに? 急に……。怒るよ? 私がそんなことするわけないじゃない。私はいつだって、ユラン一筋だよ……」

「そ、そう……だよな……」

「ご、ごめんね? ユランのこと、受け入れてあげられなくて……。セックスは、結婚するまではだめ。それがうちの決まりなの。ごめんね……。私も、ユランとはやく愛し合いたいんだけど……」

「いや、いい……ごめん。俺が悪かったよ……」


 俺は、春香のことをそっと抱き寄せた。

 そうだよな……。春香が浮気なんかするわけがない。

 疑った俺が恥ずかしいよ……まったく……。


 そのときだった。


 ドクン――ドクン――ドクン。


 抱き寄せた春香の心拍が、異常なほど鳴っている。

 どういうことなんだ……?


「春香……。もう一度答えてくれ……。俺に隠し事や嘘は……。ないよな……?」

「うん、もちろん。ないよ……?」

「そっか……。よかった……」


 俺は、気がついたら万能鑑定を使っていた。



=================

 伊藤春香

 23歳


 浮気をしている

 ビッチ

 ヤリマン

 クソ女

 嘘つき

 ユランを見下している

 さっきまで五味とセックスしていた

 ・

 ・

 ・

===============



 俺は、吐き気を抑えるのに精一杯だった。

 俺は、春香を抱きしめながら、涙を流していた。

 今まで騙されてきた……?

 騙された。騙された。騙された。騙された。


 今までのは全部、嘘だったのか……?

 一緒に泣いた映画も、一緒に笑った海での出来事も……。

 春香、今までお前はどんな気持ちで俺の前で笑っていたんだ……?


 はは……嘘だろ……?

 そうか……ようやくわかったよ。

 みんなして俺のことを見下して、騙していたんだな……。

 五味……絶対に許せない。

 こいつらはじめからグルだったんだ。

 

 みんなして、大学時代から、俺を騙していたんだ。


 そのときだった。

 急に俺は頭痛に襲われる……。


「いて……」

「だ、大丈夫……!?」


 そして、俺の頭の中に、映像が流れ込んでくる。

 これは……?

 さっきまでの春香の記憶……?


 春香と五味が会話している映像が、頭の中に流れ込んでくる。



 ◆



「お前、いい加減ユランと別れろよ」

「いやよ……。私けっこうユランのこと好きだし……。ほら、人はいいじゃない……?」

「俺と寝てるくせによくいうぜ。あんなやつのどこがいいんだ……? セックスもさせてないんだろ?」

「まあね、でも、いい父親にはなりそうじゃない? どうせあんたの子孕んでも、あんた育てる気ないでしょ? だから、父親だけは確保しとかなきゃね」

「ぎゃはは、お前托卵する気かよ。サイテーだな」


 これは……?

 数日前の記憶のようだ。

 マジで……吐き気がする……。

 最低だ……。

 二人とも、最低だ……。

 絶対に許さない……。

 殺してやる。

 


 ◆



 これは……?

 さっきとは時系列が違うようだ……。

 今度は、春香の家の前に映像が切り替わった。

 どうやらさきほどの映像のようだ。


「…………どうしたの?」

「俺、ユランを殺したわ……」

「え……!? マジでやっちゃったの……? もう、どうするのよ……! せっかく私たちの子供の面倒みさせようと思ってたのに……。あんなお人よしのカモ男、もうみつかんないわよ」

「いいだろ別に……。あんなやつ忘れて、俺と結婚しろよ。子供なんかほっといても勝手に育つだろ。俺、お前とアイツがイチャイチャしてるの見るの嫌だったんだよ。あいつマジで弱くてキモイし、殺したかったんだよ前から。もう死んだやつのことなんか忘れて、今からやろうぜ?」

「あ……ちょっと……。もう……強引なんだから。でも……そういうところが男らしくて好きなのよね……。はぁ……私もどうしようもない女ね……。まあ、死んじゃったらしかたないか……」


 はぁ……?

 マジかよこいつら……。

 人間の心あるのか……?



 ◆



 そこで映像が途切れた。

 俺の意識が引き戻される。


「大丈夫……?」

「あ、ああ…………」


 このクソ女……。

 いったいどういう感情で俺の前にいやがる。

 よくへらへら笑ってられるよな……。

 マジでサイコパスだわ。


「俺……体調が悪いみたいだから帰るわ……」

「そ、そうね……。気を付けてね」

「ああ……」


 俺は今すぐにその場から立ち去りたかった。

 今はもう、とにかく春香の顔は見たくない。


 俺は急いで家に帰った。

 俺は一人、ベッドで泣き崩れた。

 今まで俺の信じていた世界は全部嘘だった。

 裏切られた。


「殺してやる……!殺してやる……!殺してやる……!殺してやる……!殺してやる……!殺してやる……!殺してやる……!殺してやる……!殺してやる……!殺してやる……!殺してやる……!殺してやる……!殺してやる……!殺してやる……!殺してやる……!殺してやる……!殺してやる……!」


 五味も、春香も……。

 絶対に許さない。

 復讐だ。

 ただし、ただでは殺さない。

 死よりももっと苦しい目に合わせてから、最終的に痛めつけて殺してやる。

 待っていろよ……。

 俺は、闇雲ユランは、お前らを、徹底的に追い詰める……!!!!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る