第壹章 新しい朝 4P
部屋を出て行く間際、ランディに小言を言うのも忘れない。フルールを見送り後、ランディはベッドの中でゆっくり横になり、目を瞑る。少し、話疲れた。
そして場所は一度、居間へ移る。居間に戻ったレザンは椅子に座って急な仕事の準備をしながら、ランディのことを考えていた。世話はフルールに一任しているので問題ない。
「彼、ランディの素性や此処へ来た目的は大体分かった」
レザンは手を動かしながら考えを纏める。
「疾しい隠し事もないようだし、礼儀も弁えており、実に感じが良い。抜けてはいるが至って普通の気の良い青年だ」と独り言を言うレザンの顔は妙に誇らしげだった。何より今時の若者にしては根性がある。
冬に山を越えて来た人間が近年、いただろうかと自問自答をするレザン。
「いやいない」
全ては空白地帯にある『失われた土地』と言う名を冠する土地から始まった。この場所から拡大した大戦の後、人は特に王国では失敗することを恐れ始めた。戦の名称は五国大戦。大戦は開戦当初、何処の国でも支持されていた。
まるでスポーツのように英雄譚や激戦区の状況が公然と話され、認められていたが、長期化と激化が進むにつれ、そんな言葉は泡と消え、泥沼な凄惨さだけが残り、沢山の人間を傷つけ、何人もの誰かにとって大切な人を奪って行った。結果、ただ互いに傷を残すだけで生まれるものはなく、終戦から十四年経った今でも苦しむ者がいる。そんな失敗をすれば、誰だって間違うことに恐れを持つことは当然だ。
でも恐れは若い世代にまで影響し、若者は何よりもリスクを考え、冒険することを忘れてしまった。この世にロマンや不思議なことがごまんとあるにも関わらず。確かにそれは賢い生き方だ、でも其処に楽しみはあるのだろうか。若いうちだからこそ無茶が出来るのに悲しいことだ。年を取れば、取るほど守るものが増え、身動きが取れなくなるというのに。
しかしこの恐れは誰かを責める言葉ではない。強いて言うならば、人の業が生んだ必然的な結果である。人が人であるならば面と向かって受け入れるべきだ。
「だが、ランディには失敗の恐れを感じなかった」
レザンが確信したのは王都を出る原因を話していた時の顔だ。其処にはやったことに対しての後悔をしている様子はなかった。寧ろ、恐れてやらない後悔はしたくないと必死にもがき、自分の決めたことの為ならば物怖じすることはあっても皆が避けるような橋を渡るだろう。少しの間話しただけのレザンだが、ランディのことが気に入った。
「そう言えば、彼はこの町に住みたいと言っていたなあ……」
レザンは不意にランディの言葉を思い出した。
「それは別に問題ないだろう。明日か、明後日にでもアレの所に行き、相談すれば良い。此処で世話をしてやるのも良いが、仕事や住む場所なんかもこの町には沢山ある」
実際、この町に馴染みさえすれば、殆どの課題は直ぐに解決するものばかりだった。
また、あの性格と根性があるならば、どこでもやっていけるだろう。逆にランディのことが知れれば、二、三は誘いが来るかもしれない。
何故ならこの町は住人の減少や高齢化で過疎に向かっている。後継ぎの問題は深刻なのだ。
「しかし、欲を言うなら此処に住み込みで働いて欲しい」
レザンは思った。自分ももう若くないし、ランディがいれば仕事の幅も広くなる。レザンは空想を膨らませるうちに楽しくなった。
「でも、生活する場所は自分で選びたいだろうし強制するのは良くない。まあ、此処に住まないかと提案だけはしてみよう……」
少し邪な考えがレザンの頭の中で横行している最中、フルールも下に戻って来た。
やけに機嫌が良い。
「ランディ。ご飯食べられるようなので暖炉、借りますね」
「ああ、使ってくれて一向に構わない」
もう名前で呼び合うような仲になったのかと内心驚きつつ、レザンはフルールの様子を見る。
フルールは本当に世話焼きだ。ずっと前にもランディのような青年がふらりと来たが彼女はよくその青年に構っていた記憶がレザンにはある。昨日も朝早くに起きてレザンの朝食を用意し、家に帰ったかと思えば、午前中は家の仕事の合間にランディの様子を見てくれた。また、ランディも昼辺りから熱を出し少し大変で家の仕事が終わって此方に来てからは看病もやってくれたのだ。夜にはランディも落ち着いたので帰らせたが今日も仕事を抜けだし来てくれている。
そんなフルールは今、鼻歌を歌いながら暖炉で簡単な料理をしている。この家は竈がないから火を使う料理は暖炉を使う。あっという間に卵とベーコンの良い匂いが部屋に広がり始める。さっと火を通し、皿に移し変えてパンを切り、熱いコーヒーを入れれば食事が完成だ。ランディは何でも食べられるくらいには回復しているし、病人食は不必要だろう。
レザンがきりの良い所で手を止めてさり気なく、ランディの印象を聞いてみることにした。
「フルール」
「はい、どうしました? レザンさん」
「……突然な話だが、ランディからはどんな印象を感じた?」
フルールは流し台からテーブルのレザンの方へ振り向くと考えるように顎へ右指をかけて左手で右の肘を持つ。
「うーん、至って普通の男の子ですね。怪しい所は何もないですし、でも少し遠慮深いというかなんというか……」
「確かにそうだな」
「やっぱりレザンさんもそう思います? あたしは彼のような感じの人は好きですけど。何処か抜けている弟が出来た気分になりました」
「弟か……」
弟と言う言葉にレザンは椅子の上でがっくりした。
「ええ、弟です。それに多分、ランディはこの町には直ぐ溶け込めるような人柄ですよ」
やけに偉そうなフルールが更に話を続ける。
「実際、レザンさん凄く彼のこと気に入っているでしょう? あんな無茶平気でしちゃう所とか好きですよね。だってレザンさんの昔話とか聞くといつも無茶してたって皆、言いますし」
フルールは何か閃いたように手を叩く。
「……そうだ、いっそのこと彼に此処に住んでもらったらどうです?」
フルールもランディの評価は良いらしい。また、レザンが考えていたことを当ててみせた。呆けていてもたまに鋭いから馬鹿に出来ない。
「そっそう言えば、彼は此処に住むつもりだったな。それなら明日か、明後日にでもブランに相談してみるか」と内心では焦りながら白々しく言うレザン。
「ふふっ、一応この町は住人が何人いるかも集計をしていますし。ブランさん他にも色々とあるでしょうからには相談が必要なのは確かですね」
フルールは盆に料理を乗せ、笑いを堪えながらレザンをからかう。
「もう、やることもないのでこれをランディに運んだらあたし、家に帰りますね」
「ああ、本当に助かった。ありがとう……この借りはいつか必ず返す」
フルールに礼を言うレザンは二階にいる誰かに似ていた。
「いえ、元はと言えばこれはあたしから始まったことですし、レザンさんにお礼をして貰えることはしていませんよ。それに……」
フルールは一度、口を閉じるとお転婆そうな顔に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「それに、お礼はこれからこの町の人になるだろうランディから請求しますよ」
「そうか、彼も大変だな――――」
精々、フルールに無茶な願いをされないよう祈るばかりだ。話が終わり、二階へ行くフルールの背中を視界に入れながらレザンも手元の仕事に取り掛かり始めた。二階に戻ったフルールは真っ直ぐランディのいる部屋へと向かう。部屋の中にいるランディは転寝をしていた。穏やかな浅い眠りの最中にノックが扉の方からしたのでランディが目を覚ます。返事をする前に背中で扉を押しながらフルールは中へと入ってきた。
「ちゃんと寝ていたでしょうね?」
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