第壹章 新しい朝 5P
「勿論だよ。何だか良い匂いがして来た……とても美味しそうだね」
「当たり前でしょ、あたしが作ったのだから」
椅子に座りながらフルールがランディに自分の料理の腕を自慢する。
「どう、起きて自分で食べられる? それともあたしが食べさせてあげようか」
「いや、大丈夫! 恥ずかしいから」
「遠慮しないで良いよ。ほら、あーん!」
「だっ、大丈夫! 体は起こせるし、手も動かせるよ」
慣れないことが出来ないランディはわたわたと料理を受け取り、黙々と食べ始める。
「うくっ」
「全く、強情なんだから」
可愛げないランディをフルールは微笑みながら全部、食べ終わるまで見守った。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「お粗末さま。じゃあ、ちゃんと寝るんだよ?」
「うん、そうする」
フルールはランディが寝るのを確認して、レザンの家から自分の家へと帰った。レザンは自分の店に戻り、接客や品物の配達など仕事を着々とこなす。この日も穏やかな日常が続いた。
*
そして時はあっと言う間に過ぎ、夜へ移る。辺りは夕闇に染まり、点々と各家々の明かりがつき始める。それはレザンの家も例外ではない。夕方頃までぐっすり休んだお陰か、ランディの体調はもう立てる所まで回復した。なので、夕食をレザンと二人、居間で取ることに。フルールは此処に来ていない。今頃は自分の家でゆっくりとしているのだろう。今日の献立はパンと野菜のシチュー、そしてサラダ。全部、レザンが作った料理だ。
「粗末な物だが食べてくれ」
「いえ、凄く美味しそうです! 食べても良いんですか?」
「ああ、食べて貰わなければ余りとして捨てないといけないからな」
「あはははっ……頂きます」
社交辞令もレザンには馬の耳に念仏。ランディは自分の馬鹿げた発言に笑ってしまった。挨拶と感謝の祈りの後、とてつもない勢いでシチューを掬い、口いっぱいにパンと野菜を頬張るランディ。レザンも一人で暮らしているので料理はそれなりに出来るが味の方は人に食べさせたことが殆どないので自信はなかった。だが、この様子だと心配は杞憂だったらしい。
「美味しいですよ! レザンさん!」
ランディが世辞ではなく、本当に美味しそうに言った。
「そうか、それは良かった」
元気なランディを見ながら嬉しそうにレザンも手をつけていく。言葉はなくとも賑やかな食卓の風景だった。食事が始まってから少ししてシチューが鍋の半分ほどに減り、大きなパンが二つ消え、野菜がなくなったぐらいに空腹が一段落したランディの料理に手を出すスピードが遅くなる。今後の話をするには丁度良い頃合いになった。
「確か、君はこの町に住みたいと言っていたなあ……」
「出来れば、はい」
「実は明日か明後日にでも此処の町長にそのことを相談ようと思っている」
レザンがパンにシチューを浸しながらランディに話を切り出す。
「一応、この町に住むには町長の許可がいるからな、君に会って貰えるよう面談の約束を取る。其処で判断を仰ごうと考えているのだが……ランディ、君の方で何か不都合はあるかね?」
やはりこの町に住むことは簡単に叶わない。
しかしレザンにお膳立てをして貰えることは在り難かった。
「全くないです、本当に何から何まで済みません……このご恩は何時か必ずお返しします」
「そう肩肘を張らなくて良い、やりたいからやるんだ。君はもっと図々しくしていなさい」
「図々しく、ですか?」
「そうだ、図々しくだ。でもそうだな……ついでに君の仕事の紹介を頼もうと考えているのだが……もし、もし良かったらの話だぞ」
「はい、何ですか?」
「はっきり言ってこの町には働ける場所が沢山あるから非常に言い辛いのだが良ければ……」
何かと葛藤するように口ごもるレザン。ランディはパンを千切る手を止め、見つめる。
「もし、君がこの町に住むことが出来たのならば、そしてやりたいことがないのなら見つかるまで……私の店で働かないか?」
「ほへぇ?」と首を傾げたランディ。目が点になり、持っていたパンを落とした。
「うちは日用雑貨店を営んでいるのだが丁度、私は一人身で人手が欲しかった、君が来てくれるととてもありがたい」
熱っぽく言うレザンとパンを持ち直し考え始めるランディ。
直ぐに我に帰ったレザンは落ち着きを取り戻し、ランディに補足をする。
「勿論、君の要望が第一だ。だから選択肢の一つとして頭の片隅にでも置いてくれれば良い。いきなりの提案でびっくりさせてしまったな……申し訳ない」
レザンは逸る気持ちを抑えきれなかったことに落ち込んだ。レザンの気持ちは分からなくもない。しかしゆっくりと進めるべきだった。提案されたランディは暫し間を開けた後に口を開く。
「……分かりました、少しだけ考えさせて下さい」
其処には今日一番の笑顔があった。
「そうか、それは良かった」
レザンがその言葉を笑顔で受け取ったことは言うまでもないだろう。
そして食事が終わった後も二人は熱いコーヒーを片手に話をした。
「この町に来る為、事前に色々なことを調べて見たのですが、レザンさん。まだ分からないことが多くて。少し質問をしても良いですか?」
「ああ、この街に住むのであれば知らなければいけない物の一つや二つはあるかもしれんな。私が答えられるものであれば、何でも答えよう」
「本当ですか! 嬉しいな……」
「本当だ。ただその代わりと言ってはなんだが、逆に私の方も王都の近況や国政、最近の情報全般には疎いからそう言った事を教えて貰えないか?」
「勿論です。まずは俺から始めますね。この町が商業中心で成り立っていることは知っているのですが、それはどうしてですか? 商業だけで人を引きとめるのは難しいような気がします」
ランディは町の外郭を聞いてみることにした。
「殆どの町は観光や色々な副業に手を出していますし、結局は人を集めないと町って言うものはやっていけないと思うのですけど」
「ああ、それは確かにこの町に居なければ不思議に思うかもしれない」
『Chanter』は人が多い割に名物、名産、大きな観光地、娯楽など人を呼び込むものがない。ランディの故郷や一人暮らしの二年間で行ったことのある町の大体が新しいことや特別なことに手を出している。
そう言ったことを鑑みると『Chanter』はランディにとって異様だった。
「実際、この町は人も減ったし、昔の賑わいもない。確実に衰退の一歩を辿っている」
やはり、ランディの見立ては間違っていなかった。レザンも衰退は認めている。
「それが目立たないのは周りの農村が此処を頼っていること。また、元々幾つかの村々が集まって出来たので色々な業種の人間が揃っている。それが商人を呼んだりしているからだ」
「なるほど、色んな人や村の中継地点の役目をまだ持っていて万能性が人を呼ぶ訳ですね」
レザンの説明にランディは納得し、頷く。
「特に偉い人間を輩出したことも珍しい物何て此処ら一帯にはない。だから観光地も無理だ」
「なるほど」
レザンが淡々とランディにこの町の限界を話して行った。
「それに娯楽は行けば、誰かしらがバカをやっている酒場が一つあれば十分だろう?」
そう笑いながら言いうとレザンはゆっくり椅子へ寄り掛かる。
「大体、質問の答えはこんなもので良いかな?」
「はい、ありがとうございます」
「さて次は私の番だな」
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