第壹章 新しい朝 3P
「―――― 済みません、分かっていませんでした。反省は後できちんとします。でも今は事情を話すことが先決ですね。えっと、ことの始まりは……」
一呼吸を置くと、フルールのお叱りで小さくなりながらもランディは十八歳から可笑しな習わしにより家を出されたこと。そして今までは知人の紹介により王都で暮らしをしていたこと。また、問題を起こしたのでいられなくなったことなどを大まかに話した。
「起した問題を詳しくお話出来ませんが……そんなこんなで俺は王都から離れ、どこか別の場所の町に住まないといけなくなりました」
話を続けながらランディが髪を掻き上げて不意に二人から布団の上へ視線を落とす。
「でもあまり近場と言うのも気が引けて冬の間でも王都から来ることが出来、それでいてある程度離れた町というのが『chanter』しかなかったので来ました……」
少しだけ話し疲れたランディは水を口に含み、喉を潤す。
「山を越えた理由は―――― 俺が……多分、焦っていたのだと思います」
何を思ったのか、ランディが唐突に自分が持った感情をそのまま、二人に語り始める。
「王都を出た時、ちゃんと考えて決めたことだからと問題もないとタカをくくっていたのですが……それでも俺の心は理性や決意では押えきれない未練が残っていました」
だが二人に話すと言うよりも寧ろ、自身と向き合い、省みていると言うべきだろう。
ランディの表情は痛々しかった。
「その未練の所為か、持っていた物、全てがなくなったように感じて自分が何者なのか……分からなくなっていました」
思っていた以上に自身が堪えていたことを冷静になった今、ランディは客観的に再評価する。
「この町に来ようと計画した当初は冬のルートを辿ろうと考えていたのですが、『何でも良いからなくした自信や自分自身を取り戻したい』。そう強く思ったら体が勝手に動き、こんな無理を」
ランディが遣る瀬なさそうに締め括ると部屋には沈黙が流れた。
「済みません、なんか変な空気になっちゃいました」
ランディは情けない自分を自嘲し、レザンたちに迷惑を掛けたことを謝る。ランディの情けない顔を見ていられないのか、フルールは顔を俯かせる。最初はランディがただ馬鹿なことを理由もなくやったのかと思い、お調子者だと腹を立てていた。しかし話を聞いてみるとそれなりに同情の余地があっての行動だったとも考えられる。ランディは真面目な人間だった。
「そうか、済まない。笑って話せることではなかったな。良ければ……ことの発端とやらを話せるだけで良いから聞かせて貰えないだろうか?」とレザンは控えめに尋ねる。
「……実は俺、軍の士官学校にいたんです。あのう、俺の鞄を取って貰っても良いですか?」
ランディはザックを取って貰い、中身を漁り、何かを取り出した。取り出した物はある紋章が刺繍されたワッペン。白獅子と剣、王冠があしらわれた大層、立派な物だった。
「これだけはこっそり持って来ました……思い出と言う訳ではないですけど。何か欲しくて」
ランディがレザンにワッペンを手渡した。普通は軍服の右肩に縫い付けられているこのワッペンは軍人しか持ちえない、誰にでも分かる身分証だ。
「なるほどな……」
ワッペンを繁々と物珍しそうに見つめる二人。
そう、ランディは軍属だった。
「後一歩で部隊に配属と言う所まで行ったんですけど……守秘義務があるので詳しいお話は出来ないのですが仲間を守る為に譲れないことがあって上の人間に楯突いちゃいました……」
この時のランディの顔に後悔はなく、逆に満足だけがあった。
「勿論、内乱罪やら法に触れるようなことではないです! でも軍の古くからあるしきたりや守らなければならない規律を乱れるようなことをやらかしてしまって。けじめをつけるべきだと考え、自分から辞めました」
これでおおよそランディが話せることを全て話した。後は二人の反応を待つだけ。
人は必ず失敗するし、絶対に損をすると分かっていてもやらなければならないことがある。ランディはただそれをしただけだ。今、ランディに必要なことは憐れむことでも批判することもない。レザンとフルールは話を全部、聞いてランディをどうするか決めた。
「なるほど、事情は分かった。取り敢えず遠慮しないで今は此処でゆっくり休みなさい。君は生き急ぎ過ぎだ」
レザンがランディの肩に手を置き、笑いながらそう言った。
「あたしも同意見です。まずはゆっくりして体力を回復させましょう? 後のことを考えるのはそれからでも遅くはないですし……」
「勿論です。図々しいのは承知でお願いしたいのですが、何処か宿をご紹介頂けませんか?」
「そんな体で私が君を外に出す訳がないだろう。暫くの間、そうだな……二、三日は此処で大人しくしていなさい」
からかうように少し怪訝な顔をしたレザンはランディの言い分を全く聞かない。
「いえ! そういう訳にはご迷惑をお掛けしますし……どこか宿に移ります!」
「同じことは二度も言わんぞ?」
「でも!」
不満なランディが尚もレザンに食い下がる。
「この話はこれで終わりだ」
もう言う事がなくなったレザンは「少し考えることがある」と言い、ランディに有無を言わさず、扉を開けて小さな踊り場に出て行く。しかし何を思ったのか直ぐに部屋へと戻って来た。
「そうだ、これを君に言い忘れていた。全く……年を取ると物忘れが激しくてな」
レザンは頭を掻いて困った顔をしながら如何にも失敗したと言う様子を演じる。
「『Chanter』へようこそ、ランディ」
「……ははっ」
レザンの何気ないように言われた言葉。その言葉にランディは不覚にもほんのちょっと、本当に少しだけ何故か、涙腺が緩んだ。そして部屋にはまた静寂が戻る。部屋に残っているのはランディとフルールだけ。フルールは何かを考えているらしく、黙ったままで話し掛け難い。
「良いのかな……これで」とランディは困った顔で独り事を呟く。
「良いんだよ、それで!」
ランディの独り言を拾い、真剣な表情でフルールがランディに迫る。
「初対面のあたしがいきなり言うのも可笑しいけど、ランディはもう少し甘え上手になった方が良いよ、そうした方がもっと上手く行くと思う」
フルールに突然アドバイスをされ、ランディはベッドの上で思わず首を傾げる。そんなことを言われても今まで時折、甘えることはあっても率先してやることはなかった。だから出来る筈はがない。フルールにもランディが理解出来ないのは何となく分かっているのか、これ以上、言及しなかった。焦る必要はない。まだ人生は長いのだから追々、分かって行けば良いのだ。
「そう言えばランディ、ご飯まだだよね。もし良かったら持って来ようか?」
「いや、其処まで気遣って頂かなくても大丈夫ですよ。フルールさん」
明らかに他人行儀なランディの話し方にフルールはむかっ腹を立てた。
「病人が強がりを言わない! それとランディ。君とあたしは多分、同い年くらいでしょ。あたしも普通にお話するからランディもあたしに敬語なしでさん付けもなし、わあった?」
ふんぞり返りって宣言するフルール。でもランディにとっては今までの空気をなかったことのように話掛けてくれることはとてもありがたかった。
「分かった、フルール。お願いするよ」
「ん、宜しい!」
大きく頷いてフルールも扉へと向かう。
「ほら、話は終わったし横になってなさい! 全く、もう……これだから男の子は」
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