第壹章 新しい朝 2P

下手をしたら変な冤罪を被せられて牢屋行きになるかもしれない。恐ろしい想像ばかりが頭を過ぎり、冷や汗を掻き始めるランディ。若い娘が飛び出してから少しして扉から控えめなノックが聞こえて来た。どうやらまた人が来たらしい。  




煤けたランディは心を決めて返事をする。気分は浜に打ち上げられた魚、顔には煮るなり焼くなり好きにすれば良いと言う諦めの色が見えた。扉を開けて入って来たのは先ほどの娘ともう一人。盆と水の入ったコップを持った初老の男。ランディに対して警戒しながらベッドの方へと歩み寄って来る。初老の男は五十歳前半位に見える。ワシのように鋭い眼光が印象的だ。




「調子の方はどうだ?」




憮然としている初老の男はランディに向かって軽い声音で顔色を見ながら問いかけて来た。




「はい。身体はいつも通りとは行きませんが気分はとても良いです。助けて頂き、どうもありがとうございます」




「いやどうということはない、死なずに済んで良かったな」




生憎、ランディには男が肩の力を抜くように配慮しての言葉でも余裕がない。




「……俺の名前はランディ・マタンと言います、ランディと呼んでください。つかのことをお聞きしますが此処はどこですか? 確か俺の記憶では『Chanter』だと思うのですが――」




ランディの気が引けた話し方に初老の男は思わず、苦笑い。ベッド近くの椅子へと座りながら男は話し始めた。




「そう言えば此方も名乗っていなかったな。私の名はレザン・シャンブル。レザンで良い、こっちのお転婆は……」




「お転婆って何ですか! お転婆って―― ごほん! あたしはフルール・プランタンです」




何とも賑やかな名前の名乗り方をする二人。これもまたランディに対する気遣いだろう。二人はランディの体調を考えて握手まではしてこなかった。




「後、君の質問に答えよう。そうだ、此処は『Chanter』で正確には私の家だ」




レザンがランディの質問に肯定し、更に説明を付け加える。




「何となく分かっているかもしれないが、何故、此処に君がいるのかを簡潔に説明しよう。一昨晩、正門の前に倒れていた君を私たちは発見し、私の家へ運んで介抱した」


一度、レザンは話が理解出来るよう一旦、区切ると足を組みつつ、話を続けた。隣では同意するように盆を机に置き、椅子に座ったフルールと名乗った娘が頷いている。




「その後。君は昨日、熱を出し丸一日寝込んで昼になって目が覚め、今に至るという訳だ」




「なるほど―――― 本当にありがとうございます、レザンさん、フルールさん。もう死ぬものだと考えていたのでまた、生きて太陽の光を浴びることが出来るとは思っていませんでした」




「いや、良いんだ、困った時はお互い様だろう?」




「そうです、お互い様ですよ」




何てことはないとランディにレザンとフルールが首を振った。




「でも感謝の気持ちは変わりません」




「そう言って貰えると助けた甲斐がある……のだが……それよりもまず二、三つ君について気になっていることがある、それを私は聞きたいのだが良いかな?」




「はい。俺が答えられることなら何でもお聞き下さい」




「ではランディ、君は何処から来てどうしてあんな時間にあんな所で倒れていた?」




改めて頭をちゃんと下げ、二人へ礼を言うランディにレザンはずっと聞きたかった質問をランディに投げ掛け、疑問に思った理由を話し始める。




「『Chanter』に来る為の冬用ルートは一つ。山脈や山、を北側に沿って隣の村からしか来る事が出来ない。ただ、隣の村から来たのであれば絶対に一刻程でこの町に来る事が出来る」




「ええ、確かにそうですね」




「そうだろう。だから日が昇っている間に出発すれば、日が落ちる前には絶対に着く筈だ」




レザンが更に言葉を続ける。




「それに夜に雪道の中を一人で行くのは危険だ。態々、そんな危険を冒すべきでないことはしっかりした装備で来ている君なら充分、分かっていたことだろう?」




「はい……」




「そんな無茶をしてまで何かこの町に急ぎの用事があったのか? 体調が戻っていないのにいきなりで済まないが答えられる範囲で答えてほしい」




猜疑心とまでは行かないが全体的に釈然としない物言いだった。ランディもそう言った疑問を持たれるであろうことは勿論、想定していたのは言うまでもない。確かにまだ雪の名残があるこの時期、あのような遅い時間帯に有り触れた小さな町へ来ることは可笑しな話だし、ましてや行き倒れになりかかっていたのだ。何か疾しいことを疑われるのが当然だろう。




「なっ、何故、何故かと……」




別段、疾しい理由もないランディは問いに答えようとして口を開いたが気付かないうちに喉が異様に渇いていた。咳き込むランディにフルールが持ってきた水を渡す。胸を押さえながらランディは頭を軽く下げて水を口に含む。喉の調子が戻ってからランディは話を始めた。




「済みませんでした。何故、あの時間帯にこの町に来たかというお話ですよね? 始めにこれは本当の事なのですが俺、隣の村から来た訳じゃないんです……山を越えて来ました」




ランディの言葉で部屋が一瞬にして白けた。流石に毒にも薬にもならない嘘を言う利点がランディにないことが二人にも分かっていたがあまりに飛押しもない話なので半信半疑の顔。山を通るルートは春、夏、秋に通ることは容易だが冬は重ね重ね言うが至難の業だ。吹雪や雪崩、野犬や狼の危険があり、下りて街道に出ても同じく野犬や狼がいる。




元々、ちゃんとした装備をし、何人かの小隊を組み、予定を何度も話し合い、様々な下準備を重ねたとしても成功するかどうかは五分五分の挑戦。絶対に一人で簡単に決めて出来ることではない。レザンの言った通り、普通なら山に入らず、迂回して街道を中心に途中の集落や農村に寄って時間を掛けながら来る。此方の方が安全で確実。一昔前なら命知らずの馬鹿がいたからまだしも、今は危険を冒してまで来る者はいない。結論から言えば、信じろという方が土台無理な話だった。




「お二人の言いたいことは分かります。分かりますけど、でも本当のことですよ……後は何処から来たかと言う質問でしたよね? えっと―― 王都からです」




「ランディさん、日数は如何ほど掛かりました?」とフルールが気になったことを聞いた。




「一週間くらいですかねぇ……済みません、そんな真正の阿呆を見るような目で見ないで下さい……自分がどれだけ馬鹿なことをしたかというのを自覚はしていますけれども」




ランディは段々と自分の呆れた行動に押しつぶされ始める。だがそれは当然の結果だ。そしてトンデモナイことを言ったランディの位置づけは格好が怪しい青年から阿呆な道化になる。




「あははははっ、済まない。君の反応が面白くてつい、笑ってしまった」




ふざけた話を生真面目に語るランディにレザンは自分のちっぽけさが馬鹿馬鹿しくなり笑う。




レザンは気難しそうな顔に笑いを浮かべながら身体をぐいっと前へ傾ける。




「ランディ、昔は君みたいな命知らずが沢山いてな。前例のない話ではないから信じよう」




「……あたしはあなたを言っていることが信用なりません。何故、其処までして来たのかと言う理由が気になります。全部、話を聞いて判断したいです」




此処でフルールが一度、深呼吸をする。




「ただ、一つだけ。言いたいことがあります。あなた、分かっているんですか? 自分がどれだけ危険なことをしたと言うのが! 普通なら死んでも可笑しくないです」




「まあ、落ち着きなさいフルール。私もそれは聞きたい。話してくれるか?」




フルールは相当な怒りをランディにぶつけ、納得の行かない様子。しかし、これが普通の人間のする反応だろう。納得出来るレザンが可笑しいのだ。ただ、どちらも続きを聞きたいのは同じらしい。並々ならぬ視線をランディに向けて来る。

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