第零章 始まりの雪 5P
「大丈夫だ、落ち着きなさい。私も見えているし、お前の考えているような物ではないから安心しなさい。あれは列記とした人間だ」
「そっ、そうですよね! ちょっと落ち着きました。ありがとうございます、レザンさん」
「よし、良い子だ。私は様子を見に行こうかと思うが―――― お前は此処に居なさい。もしものことがあっては私が後悔するからな」
フルールがちょっとだけ落ち着きを取り戻す。そんなフルールの頭をレザンをまるで子供の様に撫でる。レザンが町の異変を態々、確認する必要はない。だが振り掛かる火の粉は自分たちで払うのが当然だ。この町の住人ならば、何か少しでも町に危険があるかもしれないこの状況を放って置く訳には行かない。
「良い子ってどう言うことですか、良い子って。あたしはもう子供じゃないです……」
ふてくされたフルールは怒ったが、されるがまま。どう見たって幼い子供だ。でも元気が幾分か戻ったのか、今まで握っていたレザンのコートを手放す。
「そうします。でも独りで大丈夫ですか?」
今のフルールの声には不安よりも不満の色が強かった。
レザンは無言で頷き返し、様子を身に行こうと門の方へ身体を向ける。近づくには明かりが欲しい。此処までは外にある松明などの灯りだけでも何とかなったが今回はそう言う訳にはいかない。何の危険があるか分からないからだ。仕方なしに持って来ていた携帯用の洋灯を使うことに。中に火を入れて背負子を背中から外す。背負子から離れるレザン。
その様子を後ろから見るだけしか出来なかったフルールはやはりどこか納得が行かない様子。そして毅然とした態度で同じように背負子を背中から外し、レザンの背中に近づいて行く。フルールには確かな覚悟があった。
「むむむ……レザンさん。やっぱり、あたしも行きます。何だか、らしくないです。こんなの」
一歩踏みしめ、力強くフルールが宣言した。沈黙が二人の間に過ぎる。短い時間の筈なのに長く感じさせた。『危険を冒すは自分だけで良い』と言うのがレザンの本音。だがフルールはレザンの自己犠牲で意見を曲げる人間ではない。諦めて極力、安全に配慮し、連れて行くしかない。
「お前の根性は分かった。でも何かあっては私が困る。だから二、三歩後に着いて来なさい」
諦めたようにレザンは答えた。ゆっくりと人影のような物に近づくレザンたち。フルールは言いつけを守り、三歩後ろ。二人共、門から人一人分ほど間を開けて立ち止り、ランプを掲げ、様子を見る。やはり倒れているのは人。大きくてどうやら男らしい。男は荷物を隣に置いて門を背に俯き、へたり込んでいた。みすぼらしくてボロボロだが、装備はきちんとしているようだ。顔は暗くて見えないが、髪は長い。線が細い体格や、恰好からして歳は若い。緊張でレザンの口が渇く。二人が近づいているにも関わらず、反応はない。
「おい、君。此処で何をしているんだ?」
試しにレザンが青年に声をかけてみるも、相手からは全く反応はないのでこの青年が襲って来る様子はない。二人の緊張は少し和らいだ。青年は気を失っているのか、それとも死んで、いやこれは言うべきでない。レザンやフルールは警戒心よりも青年の心配の方が強くなり始めた。ただ薪を取りに来ただけなのに死んだ人間を発見すると言うのは気分が良い物ではない。その上、恐怖に引き攣っている死に顔を見たらトラウマで一週間は寝ることもままならない。相手が反応しないので近づいて行った二人は青年の所へ触れるか触れないかまで歩み寄って来た。
「おい、大丈夫か? しっかりしなさい!」
かなりの時間を掛けて近づいたのは良いが状況の変化がない。焦りや面倒臭さが重なり、レザンは青年の肩に手を掛けて揺すろうとする。しかし青年の身体には全く力が入っておらず、また意識もなかった。
何故分かったのかと言えば、触れただけで簡単に倒れてしまったからだ。こうなってはもう、警戒も糞もない。
「だ、大丈夫ですかっ? しっかりして下さい!」
フルールは焦りを感じさせる口調で声を掛け、倒れた青年にいち早く、駆け寄った。そしてフルールが青年の隣に座るとまずは口元へ手をやる。息をしているか、確認する為だ。
「はっ、生きてた……」
幸いにも青年は息をしており、生きていることは確認出来た。ただ、全体的に動きが弱々しい。レザンは最初、驚いたが今はランプを渡してフルールが介抱する様子を立って見ている。青年が死に掛けの旅人で何かをしでかす可能性はなくなった。だが回りを警戒しておくべきだろう。青年の方はフルールが見てくれていて問題ない、つまりは役割分担だ。辺りを鷹のように見渡しながらレザンは何気なく、青年の方を見やる。その時丁度、フルールは青年の髪を掻き上げて顔の様子を見ていた。その所為で青年の髪が揺れ、髪の間からきらりと光る物を見る。
「っ! 気付いたか――――」
光を眼の光と思い、身構えたレザン。光った原因は何でもないことでランプの光を反射したイヤリングだった。レザンは見間違いに直ぐ気付き、身体の力を抜く。あまり見かけないような珍しい形の物だからか、レザンは気になった。周りの確認はそっちのけでイヤリングにフードを被った顔を向けている。フルールはと言うとリスのように忙しなく動いているのでそんな些細なことには気付いていない。青年の容態を確認してみると目立った怪我もなく、疲れや寒さにやられたらしい。直ぐ、命に関わる訳ではないが放っておけば死んでしまうだろう。
「―――― レザンさん、レザンさん? レザンさん! 聞こえていますか?」
「……あ、ああ。聞こえている、どうしたんだ、フルール」
「もう! ぼーっとしている場合じゃないです。この人運びましょう、このまま放っておいたら死んじゃいます!」
「む、分かった! 私の家に連れて行く」
「はい!」
青年の隣に座っていたフルールの声で我に帰ったレザンが自分の家へ運ぶようこと提案した。それが今、出来る最善の行動だろう。青年はレザンがフルールは荷物を。背負子はそのままに二人は家路を急いだ。レザンの家は大通りから外れ、東の坂を登った所にある。レザンには余裕があるようだがフルールは普段から荷物を背負い走ることに慣れていない。レザンの家の前についた頃には息も絶え絶えだった。
「済まないが、フルール。あれを呼んで来てくれないか? まだ起きているだろうからな」
「せっ、先生ですよね? 分かりました。呼んで来ます!」
「そうだ。頼んだぞ」
無理をさせるのは忍びないが人をフルールに呼ばせて自分は青年を背負い、裏口から家に入る。レザンの家は二階建てでありふれた茶色い瓦屋根で石造りの民家。この家に一人で暮らしていた。一階の表側は日用雑貨店『Pissenlit』の店舗で奥に台所兼、居間と廊下、トイレがある。二階は今、一部屋しか使っていないが寝室が三つ。家の中は寒いのでコートはそのまま。だが此処へ来てレザンが遂にフードを脱いだ。目は鋭く尖り、髪は白髪混じりの黒髪を短く刈り込んでいる。口周りにと顎には短い髭。喋り方から持つ印象の通り、全体的に男らしさが滲み出ている。廊下を通り、青年を担ぎ上げて二階へ向かうレザン。
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