Ⅰ巻 第參章 『Peacefull Life』 12P

「ブランさん、こんにちは。えっと用事と言うのはただの配達でして」




「そうかい、もしかして今日が店員デビューの日?」




「はい、正解です!」と言い、ランディは自慢げに頷く。




「なるほど、それはめでたい。でも僕はてっきり課題の報告に来てくれたのかと思ったのに早とちりだったか」




呆けた風に装ってブランが頓珍漢なことを言う。ブランなりの冗談だった。




「はっ、はい! 残念ながらです。それで注文の品が此方なのですけど」




いきなりブランの暴発で出鼻を挫かれつつもランディは背負い子に括ってある荷物を取り出す。




「ありがたい、もう届いたのか……そう言えば、見ない顔だが君は誰だ?」




中年の男が荷物を受け取りながらランディへ質問をする。




「何を言っているんだい? オウルさん今、フルールと話題の彼だよ。か・れ」




「フルール――― 彼? まさか! 税金泥棒の話か……」




疲れた顔をして中年の男は頭を抱えると名乗り始めた。




「オウル・マンソンジュだ。単刀直入に聞こう、君はフルールと一緒にいた青年だね?」




「一昨日のことは済みませんでした! ランディ・マタンと言います」




オウルと名乗った中年の男は恐ろしい質問をして来た。ランディはまるでオウルの言葉を待っていたかのように謝る。




こんなに早くとは考えていなかったが、いつかは聞かれると思っていたのだから。




「君が謝ることじゃない、寧ろ謝るのはフルールだ。あの子はお転婆が過ぎる」




オウルは話が通じる人間だった。普通ならば連帯責任でランディが叱られても可笑しくない。




「ああ、ランディさんはフルールの噂に出てくる謎の青年だったんですか」




納得したと顔に書いてあるルーが話に入って来た。




「はははっ、はあ……そうです」




「その分だともう二、三は大変な目に合っていますね」




ルーの指摘は鋭い。




「分かります?」と苦笑いでランディは質問を質問で返す。




「勿論。でもこれからが本番です、頑張って下さい」




「うう……頑張ります」




「ランディ、若者がちょっと振り回されたぐらいでへこたれてどうする? もっと道化師として踊らされなさい」




これからの生活を不安にさせるようなルーの応援とまるで他人事、しかも更に上の段階を要求するブラン。ランディは色々な意味で泣けて来た。




「ブランさん、凄く酷いです」




「今の話を聞くと今朝、話していた町の居住希望者というのは……」




「そう、この子さ」




オウルが思いついた疑問にブランは首を縦に振る。




「なるほど、ではこれから宜しく頼む。ランディ君」




握手を求めて来たオウルにランディが手を差し出し、応じる。




「はい、此方こそ宜しくお願いします」




「此処の若者は年々減ってきているからな。逆にありがたい」




「いえ、俺の方こそありがたいというか、それに厳密に言うとまだ本当の住人になった訳ではありませんので」




ランディはいつもの困ったような顔をから眉間へ皺を寄せ、恨めしそうにブランを見つめる。




「そうだよ。課題、課題」と言い、満面の笑みでブランが二人の間に割り込んで来た。




「ブラン町長、いつもの悪い癖はどうにかならないのか? ランディ君は落ち着いていて特に問題がないように見えるが」




飽き飽きした様子で文句を言うオウル。本音を言えば「好い加減、大人なのだから落ち着け」とオウルは言いたい。が言った所で聞くようなタマではない。だから言葉をぐっと飲み込む。




「僕に悪い癖なんてないよ。町長としての務めをちゃんと果たしているだけさ」




「はあ……ランディ君、仕方がないからから少しだけうちの町長に付き合ってやってくれ。勿論、その課題とやらが出来なくともその時は私から許可をだそう」




「何それ! 町長命令に一介の町役場職員が違反して良いの? オウルさん? ねえ、良いの?」とお気に入りのおもちゃを取られた子供のようにブランはオウルに避難を浴びせ掛けた。




「何か言ったか。ブラン」




「済みません、調子に乗りました」




強面の顔ですごむオウルから完璧に手綱を握られたブランが小さくなった。




オウルはブランからランディへ視線を移す。そして何を思ったのか不思議そうに首を傾げた。




「うむ……しかしランディ君、いきなりで悪いが私とどこかで面識はないかね?」




「はい? いいえ、それはないかと」




じっと顔を見つめてくるシアンの唐突な質問にと惑うランディ。




「ははっ、オウルさんも遂にボケたかい?」




立ち直りが早いブランはにやけながら茶化す。




「ブランさん、言わないでやって下さい。年なのは自分でも自覚しているのですから」




ルーが馬鹿にした物言いでブランに便乗する。




「ゴホンッ! 申し訳ない、ランディ君。私の勘違いらしい、それでサインは良いのかね?」二人のからかいに機嫌を損ねたオウルだが此処は大人の対応で乗りきった。




「ああ、お願いします」




「これで良いかね」




オウルは冊子にサインをし、ランディへ手渡す。




「はい、ありがとうございます。それではお忙しい所、済みませんでした」




ランディが確認をした後、地面に下ろした背負い子を背負う。




「ああ、こちらこそわざわざありがとう」




「いえいえ、仕事ですし」




「ランディ、暇な時は何時でも来たまえ。なにせ、うちは仕事が有り余っているからね。給料も弾むよ」とブランは仕事の斡旋を。




「僕からも頼みます。もう忙し過ぎて」




受付から身を乗り出したルーは便乗。




「何を言っている、お前が優秀であればそんなことにはならない。それにブラン、レザンさんをあまり煩わせるな」




不機嫌そうな顔をしながら腕を組むオウルが二人の言葉を卓袱台返し。




「あはは」




「ランディ君。悩み事があるならば遠慮せず、此処に来なさい。私で良ければ相談に乗ろう」




ランディは笑うしかない。




「ありがとうございます!」




男気のあるオウルに思わずしびれたランディは頭を下げてお礼を言った。




そしてこれ以上は仕事の邪魔になるので挨拶もほどほどに町役場を出たランディ。




「それで次はと……」




役場の庇下で地図を広げながらランディは次の目的地を考える。




「此処からフルールの家へ行くのならば確かに楽だけどね」




フルールの家は帰り道でも通るし、出来るのならば効率の良い回り方をランディはしたい。




「効率を重視して初見の場所に行ってみますか……」




粗方目的地までの道のりを頭に入れると雨の中、歩き始めるランディ。そのままこの後は迷いながらも届け先、二か所を何とか回り切ったランディはぐしょぐしょになったブーツとズボンを引きずりながら最後の届け先であるフルールの家へ来た。




勿論、これまでの道のりは険しく、無傷ではない。まず大工の『Racine』では挨拶早々、組を取り仕切る頭領や体格の良い年上の職人に「もっと飯を食え」だの「鍛え方が足りん」、その他にも「がははっ!」、「レザンの所なんて辞めて明日からうちに来い、一人前の男にしてやるぞ!」などと、どつかれまわされた。逆に次の届け先の邸宅。『Robe』と呼ばれる場所では無表情で無愛想、泣く子も黙りそうなツンドラ執事に挨拶もさせて貰えず、野良犬見たくあしらわれたり。全然、良いことがなかった。




初日から個性的な町民の洗礼を受けたランディは精神的にぼろぼろ。幾ら田舎育ちでしかも軍人として各地を回ったりしたとは言え、町や住人の一つ一つにある個性を掴むと言う、今まで意識してすることがなかった、または時間は掛かるが自然に出来ていたことを故意的に短時間で行うというのは疲れるのだ。慣れない相手に気を遣ったり、想定外のことにあたふた、弄られてからかわれ、門前払い。様々な事象から揉みくちゃにされ、出来るだけ全てに対応しなければならない。理不尽に苛まれるこれまた、難儀な話だ。




「……これで終わりか」

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