Ⅰ巻 第傪章 『Peacefull Life』 11P
途中、靴紐が解けたのでランディが店先で雨宿りをしながら不穏な会話が聞こえて来た。一方、大通りは穏やかで馬車が道の真ん中をゆっくりと走り、近くの露店などで雨宿りや仕事で幾人か人がいる。泥水を服にひっかけられないように靴紐を結び終わったランディは道の端をまた歩き始める。霧雨で景色が霞み、より一層大人びて謎めいた雰囲気を醸し出す『Chanter』。
「うーん、こう見ると何だか『名探偵の事件簿』みたいだ……」
ランディがこの情景の中で真っ先に思い浮かべたが今、都市部で話題の推理小説だった。
物語の舞台は架空の国の首都。霧の都市と表記されている。とある超が十個くらい付くほどの万能私立探偵が不可思議な事件を助手の元軍医と解決していく物語だ。人気の理由は種々あるだろうが一番は多くの謎が解けてしまえば単純で明快ということだろう。万人受けする物と言うのは往々にして下地がきちんとしている。
「あれは、あれで面白かったな。俺はあんなトリック、思いつかないよ」
ランディは独り言を言う。
「でも、これなら!」や「いや、無理だ……」などと霧雨から始まった他愛もない話の所為で目的を半分忘れたランディが一人討論をしているうち、広場が目の前まで来た。
「うわっ、なんだか魔法みたいだ」
思わず口から間抜けな一言がポロリと出てしまう。広場を突っ切ると、フルールとの町案内では入ることがなかった町役場へ突入を開始。『Figue』の時と同じく、町役場の大きな庇でレインコートの雨粒を掃うと扉を開け、無言で中に入る。埃っぽく保管された紙の匂いがまず、ランディを迎えた。町役場の内部を簡単に説明すると一階が納税から町政までこの町の全てを取り仕切る通称住民課が幅を利かせ、待合室、最奥にはあまり使われることのない大講堂がある。
二階は図書室と町長室、そしてその他に資料室や小さな会議室が二、三。大まかな間取りはこんなものだろう。ランディは注文の品を何処へ持って行けば良いか聞く為、住民課の窓口へと足を進めた。窓口は閑散としていている。奥の方では忙しそうに働く職員の様子が覗けた。
「おはようございます。お困り事がありましたら、お伺いします」
「おはようございます。忙しい所、済みません。『Pissenlit』から配達に参りました」
丁度、窓口に一人だけいたランディと同い年くらいのスーツを着た青年が対応してくれた。青年は綺麗な金髪のショートウルフカット、その下には上品な顔立ち。目は青く、大人しそうな雰囲気を漂わせている。
「ああ、はいはい。『Pissenlit』ですね―――― 何だっけ? うーん」
青年の頼りない一言にランディは思わず不安になる。
「駄目だ、分かんないや。なんだっけなあ……ラセさん!」
「どうした、ルー?」
応対中ということもあって窓口の青年は後ろのデスクにいる男を呼んだ。
「えっと、レザンさんの所に何か役場で注文しましたっけ? 僕の記憶にないんですけど」
「ああそれの注文票、書いたのは俺だ。お前の親父さんに頼まれた」
「なるへそ、そうですか。じゃあ石頭、呼べば良いんですね?」
ランディは話が終わるまで静かに待った。
「ははっ、良いよ。俺が呼んで来てやる。下手にお前が行って口喧嘩になるよりマシだろ」
「ありがとうございます、それではお言葉に甘えてお願いしますね」
おおよそ内輪の話が終わったらしく、青年がランディの方へ体を向けて来た。
「少々、お待ち下さい。今、担当の者を呼びましたので。それにしても『Pissenlit』ならレザンさんがいつも届けに来てくれるはずなのに……もしかして体調が優れないとか」
アンのように青年も質問して来たのでランディは慣れたように自己紹介を始める。
「ああ、そうでした。挨拶がまだでしたね、レザンさんに住み込みで働かせて貰っているランディ・マタンです。今日が初仕事でレザンさんの代わりに窺わせて頂いているだけです。レザンさんはお元気ですよ」
「なるほど、分かりました。でもそれなら僕も自己紹介をすべきかな……ルー・マンソンジュ、見ての通り役場で働いています。呼び方はルーでお願いしますね」
「分かりました、ルーさん。俺のこともそのままランディで」
握手をする二人。その後は待ち人が来るまでランディと役場の職員ルーは無駄話をし始めた。
「それでは大体、一週間くらい前からこの町に?」
「そうなんです。色々あって昨日ようやく居住の許可について相談する為、ブランさんの所へ窺わせて頂いたのですけが……本当に大変でした」
溜息をつきながらランディは窓口に寄り掛かる。
「どうしてですか? 何か問題でもありました?」
身を乗り出しながらルーが小首を傾げた。
「それがですね。一時的なお墨付きは貰えたのですけど、代わりに可笑しな課題に挑戦中です」
「なるほど、ブランさんの暴走ですね? 分かりますよ、その大変さ。で、どんな課題ですか?」
ルーが共感出来ると頭を縦に振る。
「大丈夫です。課題ですが『此処で話題になるような出来事を四つ作りなさい』と」
思い出しただけでもまた、溜息を吐きたくなるランディは苦い顔で答えた。
「ブランさんも酷いなあ。可笑しな課題を出すなんて。ネタになれと言われても難しいですよ」
「そうなんです、だから考えてはいるんですけど。一日や二日で思いつかなくて」
がっくりと俯くランディ。
「まあ、役場にも実質、形ばかりの居住の申請しかありませんし―――― でも一応、申請は必要ですよ。ただ、居住の許可はブランさんの気まぐれで決まるって言っても過言ではないですし……やっぱりこればっかりは根性で何とかするしか、ですね」
「あははは、はあ……」
「大丈夫です。ぬらりくらりと肩の力を抜いてやっていけば必ずなんとかなりますって」
明日には明日の風が吹くさと、根なし草理論でルーに説得されても気分は一向に晴れない。
「そうですかね」
曖昧な返事をランディが返すと同時に待ち人が来た様子。何故、分かったのかと言えば階段から足音が二人分、降りて来たからだ。降りて来たのは町長のブランと中年の男。ブランはこの前、会った時と殆ど服装が変わってない。もう一人の男は大体四十歳を超えるか超えないかくらい。シャツに黒のジャケット、スラックスと赤の蝶ネクタイ。金髪だが刈り込んでい合って口髭に鋭い眼光、体格はがっちりとしている。軍人と思われても可笑しくない男だった。
「待たせたな、馬鹿息子」と見下すようにルーへと話しかけて来た中年の男。
「やっとお出ましですね、のろまの課長殿」
ルーはにこやかに言葉を返すが目が笑っていない。
「若造の癖に口だけは達者だな」
早々、火花を散らすルーと中年の男。ランディは状況の変化について行けず、呆然とした。
「まあまあ、二人とも落ち着きなさい。今は勤務中でしょうに」
「あっ、済みません。ブランさん」
「済まない、ブラン町長」
「分かれば宜しい。それでは話を先に進めようか?」
慣れているかのようにいとも容易く、ブランは二人を仲裁すると話の先を促した。
「しかしブランさん、どうして此処へ? お仕事中では?」
ルーが質問をした。尤もな質問である。
「いや、『Pissenlit』から配達と聞いてね。もしや思って休憩がてら来たんだよ」
ブランは楽しそうに答え、初めてランディに視線を向けた。
「こんにちは、ランディ。ご用はなんだい?」
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