第86話 男女対
まず、あれ、これ俺のファーストキスじゃん、と思った。
そう思ったけど、だけど、ベロとベロを出してくっつけるのって、キスに入るのかな?
ノーカンじゃないかなあ、と思った。
でも、生まれて初めて女の子の舌に触れちゃった。
なんだろう、不思議な感触、他人の舌ってこんなふうな味がするんだな、やわらかくて熱くて。
舌なんて内臓みたいなもんだよ、その内臓と内臓をこすりあわせるなんてやばくね?
そんな馬鹿なことを考えているうちにも。
俺の舌に埋め込まれたマジェスティクリスタルと、アニエスさんの舌に埋め込まれたマジェスティクリスタルがカチン、と触れ合った。
そう、状態異常を防ぐ希少な宝石、マジェスティクリスタル。
それが二つ接触することで、その効果が倍増する、ってのはあとでアニエスさんから聞いた話だ。
バッチーン! と頭の中でなにかが爆ぜ、ぐちゃぐちゃになりかけた脳みそがリセットされる。
「あれ、俺、今……どうなってたんだ……?
「私もローラも、このサイズのマジェスティクリスタルで状態異常にならなかった。お前にも同じサイズのマジェスティクリスタルを埋め込んであるのに。催淫のときといい、お前は状態異常付与の攻撃に弱すぎる。体質か?」
アニエスさんが呆れたようにいった。
状態異常?
ってことは、さっきのあれは……。
「攻撃を受けている」
アニエスさんが言った。
「攻撃……?」
「そうだ、これは
アニエスさんは風呂敷で縛られている
「抱えてニンジュツで隠れている。お前とローラでなんとかするんだ。マネーインジェクションをケチるなよ」
そういってから数秒後には姿を消すアニエスさん。
振り返ってみると、
あの二人のことはアニエスさんにまかせよう。
「ローラ!」
「うん、、特盛でお願いね」
ローラが袖をまくって腕を出す。
「マネーインジェクション! セット、……二千万円!」
特盛どころかメガかキングでいかせてもらう。
ダンジョン探索において、負けは死だからな。
リセットしてやりなおしなんてできないんだ。
自分にもインジェクションをいれる。
次の瞬間、ダンジョンの通路の奥、暗闇の向こうから、二つの大きな火球がこちらに向かって飛んできた。
「おるぁぁ!」
「はぁぁぁっ!」
俺は刀で、ローラは前蹴りでその火球を弾き飛ばす。
さあ、何がくる?
俺たちの前に姿を現したのは、甲冑の騎士だった。
真っ黒で巨大な馬にまたがり、全身をプレートアーマーで覆った、大柄な騎士。
馬といってもただの馬じゃない、一トンはあろうかという巨体、目はガスバーナーの火のように青く燃えるように輝き、大きな牙まで見える。馬のくせにこいつ肉食か?
そしてその馬にまたがっている甲冑の騎士も普通の人間ではありえないほどの巨体で、そして、首から上がなかった。
首なしの騎士。
そのかわり、左腕には人間の首を抱えている。
だが、その首は女性のそれだ。
三十歳くらいに見えるその女性の首は、真っ白な髪の毛、白目のまったくない真っ赤な目、耳まで裂けている口。
身体は男の騎士なのに、抱えているのは女の首。
おぞましさにぞっとした。
「キャキャキャッ!」
甲高い声で笑い声をあげる、女の首。
「いや、もう一匹いるよ、気を付けて!」
ローラの言う通り、さらに騎馬がもう一騎。
今度は逆だ。
真っ白な馬に、真っ白ドレスを着た首なしの女の身体。
その細い腕が抱えているのは、ひげ面の男の首だ。
〈待て、デュラハン……だよなこれ?〉
〈男女対で組んでいるのかこいつら? そんなの聞いたこともないぞ〉
〈とにかくやばいオーラがある〉
〈耳の形はいいからきっと強い、気をつけて!〉
〈耳関係ないだろ……〉
〈二対二で魔法の支援なし、前衛二人で戦うのか、厳しいぞ〉
〈デュラハンは剣技もすさまじいぞ、っていうかSSS級だからもうこの時点でラスボス級〉
〈何回SSS級と闘わされるんだよ……〉
〈二千万円のマネーインジェクションだぞ、お兄ちゃんの
〈男女セットのデュラハンなんて今までの歴史上、一度も観測されてないはずだ、油断するなよ〉
なるほど、強敵だな。
でもさ。
そんなことより、俺はさっき
――基樹さんは
そのせいで、女の首を抱えた身体が男のデュラハンの斬撃に一瞬反応が遅れた。
なんとか刀で受けるが、壁まで吹っ飛ばされる。
「モトキ! 今は余計なこと考えないで! まずはこいつらをぶっ殺すよ!」
ローラの叫び声が聞こえる、その通りだ、なんとか体勢をたてなおそうとしたとき。
そんな俺に向けて、女の首が魔法の詠唱をはじめた。
「空気よ、その震えを止めよ。すべての音をその場にとどめよ、音は音とならず、言葉は言葉とならず、魔法は魔法とならず。
魔法の波動をまともに食らう。
頭がクラクラした。
まずい、やられた!
何かしゃべろうとするが、音にならず、言葉がでない。
くそが! 魔法を封じられてしまったぞ!
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