第85話 ゴミと一緒に

「え、そ、そうか……?」

「うん、だってさ、えっと、今回は紗哩シャーリーちゃんが借金つくっちゃって、それで紗哩シャーリーちゃんが死ぬっていったんでしょ?」


 それに紗哩シャーリーが答えて、


「うん、そう、もう目の前が真っ暗になっちゃって死ぬしかないって思ったんだ。そしたらお兄ちゃんが一緒に死んでくれるって……」


 するとみっしーが言う。


「それってさ、心中ってことでしょ? 基樹さんは紗哩シャーリーちゃんを助けようとは思わなかったんだ? めんどくさいから死んじゃえばいいって思ったんだよね?」


 紗哩シャーリーは困ったような声で、


「いや、お兄ちゃんは……うーん、そうなのかな……?」

「そうだよ、基樹さんてひどいよね、妹の借金の面倒を見るのがいやで、でもそれを捨てて逃げるのもいやで、だったら妹の命ごとなくしたらいいって思ったってことだもんね」

「言われてみれば……お兄ちゃん、あたしが死ぬっていったとき、大丈夫とか俺がなんとかするとかは言わなかったような……」


 今の隊列の順番としては、一番先をオレンジスライムのライムがピョンピョンと飛び跳ねて先導し、次にアニエスさんをかついだローラ、つづいて紗哩シャーリー、みっしー、そして俺の順で並んでいる。

 歩きながらの会話だと背中しか見えないから、紗哩シャーリーやみっしーがどんな表情をしているのかはわからない。


「だいたいさ、紗哩シャーリーちゃんが無理してマルチしちゃったりFXしちゃったりしたのもさ、もともとは基樹さんのためでしょ?」

「うん、それはそうだよ。お金さえあればお兄ちゃん最強だもん。お兄ちゃんのためにどうしてもお金ほしかったの」

「なのに、それで借金背負ったら兄妹で心中します? あのね、心中って二人で自殺することだけど、ある意味ではお互いがお互いを殺すことなんだよ。基樹さんは紗哩シャーリーちゃんを殺そうとしたんだよ」

「お兄ちゃんがあたしを殺そうと……!?」

「そうだよ、もっとよく考えてみて。借金を背負ったのは紗哩シャーリーちゃんで、基樹さんは信用情報にキズはついてないから、……あのね、ダンジョン特別法って知っている?」

「なにそれ」

「ダンジョン内は危険がいっぱいだから、パーティメンバーが不慮の事故で死んでもパーティメンバーはそれに対して違法性が阻却されるの。つまり、無罪」

「ってことは……?」

「基樹さん、兄妹で死ぬとか嘘で、ほんとはダンジョン内で紗哩シャーリーちゃんを殺そうと思ってたんじゃないの?」

「あ、そういうことか! お兄ちゃんはあたしを殺して借金をなくそうと思ったんだね!」

「そうだよ、人殺しだよ、ゴミだ、ゴミ人間」


 ローラがたまらず口を出す。


「待て待て、あのさー、それはおかしいよ、だって生還不可能の地下八階まで二人で潜ったんだよね? 紗哩シャーリーちゃんだけを殺して一人で帰ろうっていうならその前に殺してたはずでしょ、っていうかモトキがそんな人間じゃないことくらいあったばかりの私でもわかるのに」


 でも、紗哩シャーリーは叩きつけるように言う。


「違う違う違う! あの時、あたしが配信をONにしちゃったからしょうがなくそういう流れになったんだよ、あのとき配信してなかったらきっとあたしは……お兄ちゃんに……殺されてた……」

「やっと気づいた? そうなんだよ、基樹さん、じゃなかったこのゴミ男は紗哩シャーリーちゃんを殺すためにダンジョンに誘ったんだよ、アパートも引き払っちゃって殺した後は違うところに引っ越して妹がいたことすら思い出さずにのうのうと自分だけの人生をおくるつもりだったんだよ」

「お兄ちゃんはお兄ちゃんだと思ってたのにゴミだったんだ……あたし、ゴミと一緒に生活してたんだ……こんなゴミだとわかってたらあの黄色いゴミ袋に詰め込んで捨てればよかったゴミ男」

「そうだよ、ゴミめ、人殺し」

「あたしを殺そうとしてるな、今もそうだろ、ほらほらほら! 空気よ踊れ、風となって踊れ、敵の血液とともに踊れ! 空刃ウインドエッジ!!」


 紗哩シャーリーが振り向きざまに俺に向けて攻撃魔法を放った。

 あまりの展開に対応が遅れて、紗哩シャーリーの魔法で脇腹をえぐられた。

 血が噴き出る。


「ちょ、待て、シャー……」

「雷鳴よとどろけ! いかづちの力を解放せよ! サンダー!」


 追い打ちにみっしーが稲妻の杖を俺にふるう。

 バリバリバリ! という轟音とともに雷の魔法が俺の全身を襲った。

 感電してビリビリビリ! と身体が痙攣する。着ている服も焼けこげていく。


「待て、待て、お前ら……」

「人殺しィィィィィ!!!! テメーのために借金してやぁっっったのにぃぃぃぃ!! テメーあたしをコロそうとしたナぁあぁぁ!!!!」

「妹ごと借金を消そうとすルなんテぇぇぇぇっ! 人間のやることじゃないでしょしょしょしょしょしょおおお!! 集まれ水の精霊! 手を握り合え、凍てつきつぶてとなりてすべてを砕け! 氷礫アイスボール!!」


 ものすごいスピードで飛んできた野球ボール大の氷の粒が、俺の額にゴツン! とまともにぶつかった。

 俺はその場に崩れ落ちる。

 よけようと思えばよけれたんだけど、だって、だって、俺が、この俺が、人殺し……? 紗哩シャーリーを? 妹の紗哩シャーリーを殺す……? 


 心中……二人で死ぬ……二人で自殺する……でもそれって、妹が死ぬことを認めるわけで、間接的に妹を殺すことになるわけで、実の妹をたかが金のために殺すのと同じで、ということはやっぱり俺は卑怯者の人殺しで、紗哩シャーリーを殺すためにこのダンジョンにきたようなもんで、あれ俺ってなんのためにこの世に生まれてきたんだっけ、早くに両親をなくして、妹をなんとか守ろうとそれだけを思ってたのに結局は妹を殺して人生を終えることにするとかやっぱり俺はゴミじゃないか、俺はゴミだからこのままここで妹たちに殺されるべきじゃないのか……?

 ローラは啞然として俺たちを見ているようだ、紗哩シャーリーたちを止めるようすもない、そりゃそうだ、俺はここで殺されるのが当然のゴミだからローラもとめるわけがないよな俺はここで殺されて死ぬのが当然だ。

 ああ、スライムまで俺に攻撃してきている、俺みたいなゴミはスライムに全部骨まで溶かされて溶解処分されるのがお似合いだよな。


 次の瞬間。


 紗哩シャーリーとみっしーが見えないなにかにぶん殴られた。

 いや、見えないなにかといっても、透明な敵とかそういうことじゃない。

 その動きが早すぎて見えなかったのだ。

 そしてあっというまに風呂敷で手足を縛られる紗哩シャーリーとみっしー。

 ライムはローラが押さえつけている。

 そして。

 今度は俺がぶん殴られた。

 

 目の前の、身長142cmの、金髪に青いメッシュの入った吊り目の女の子に。

 鼻がツーンとした。


「なにしてる、モトキ、お前までやられてどうする、舌を出せ、舌を」

「アニエスさん……」

「早く舌を出せ」

「舌……?」


 よくわからんけど、俺みたいなゴミクズの舌でよければいくらでも出すぞ、ほら。

 ベロを出したとたん、アニエスさんが自分の舌を出して俺の舌にくっつけた。


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