第87話 俺たちの勝因

 魔法とスキルは別物だから、マネーインジェクションの効果まで封じられたわけじゃない、それでも俺の切り札のひとつ、火山弾ヴォルケーノアタックを封じられてしまったのは痛い。

 もはや物理で殴るしかないわけだ。

 俺は刀をふりかぶると壁を蹴り、男の身体のほうへと斬りかかる。

 俺の攻撃を剣で防ぐと、デュラハンはそのまま俺に斬撃をくらわそうとし、同時に男の身体が抱えている女の首が魔法を唱える。


「炎よ、我が魂に宿れ。灼ける炎、熱く燃え盛れ。敵を焼き尽くし、勝利をもたらせよ! 火炎砲ファイヤーアタック!!」


 物理攻撃と魔法攻撃が同時に襲ってくるわけか、こいつは厄介だな。

 女の首の口から火炎放射器のような爆炎が放出され、俺の身体を包む。


 だが。

 二千万円のマネーインジェクション。

 俺はその場で音速を越えるスピードで刀を振り回す。

 マッハの速度が作る衝撃波が炎を俺に近づけない。

 そのソニックブームがつくりだすのは俺を守るバリアーだ。

 あっというまに炎を振り払い、そのまま俺はデュラハンの乗る馬の脚を切り落とした。


「グヒィィインッ!」


 つんのめってその場に倒れこむ馬のモンスター。

 まさに、将を射んとする者はまず馬を射よ、ってやつだな。

 そのまま馬の首を切り落とす。

 赤い血液がふきだし、床を真っ赤に染め上げた。


「よくもわが愛馬を!」


 怒りの形相になる女の首、剣で俺に斬りかかってくる男の身体、さらには向こうから男の首を抱えた女の身体のデュラハンが馬を駆ってこちらへとやってくる。


「おおっと、そっちにはいかせないよっ」


 ローラが女の身体にとびかかって組み付いた。

 そして、そのまま馬上から地面へと投げつけるように組み伏せる。


「私は武闘家……というよりグラップラーだから人型のモンスターは得意なんだよねぇ!」


 そのまま女の足首を腕で極めるとボキィッと音を立ててへし折った。

 いやいや、身体のサイズが全然違うのによくそんなことできるな!?

 さすがローラも伊達にSS級の武闘家じゃないな。

 俺のマネーインジェクションの効果があるからというのも大きいだろうけどさ。

 二千万円だぞ、ど田舎なら土地付きで建売住宅が買える。

 普通のサラリーマンなら35年ローンだからな。

 俺とローラの分を合わせて四千万円、田舎なら二軒買える。

 この亀貝ダンジョンに入る前はA級モンスター相手に一万円のマネーインジェクションで戦っていたのをちらっと思い出した。

 思えば遠くにきたもんだ。


 女の身体が抱えている男の首が口を大きく開き、


「はぁっ!!」


 と叫んだ。

 あまりの大声に耳がキーンとなる。

 そのショックでローラは思わず手を離し、女の身体のデュラハンは片足だけでローラと距離をとった。

 さて俺と相対している男の身体のデュラハンは馬を失っても自らしっかり立って剣を構える。

 身長3メートル近くに見えるぞ、もはや巨人族だな。

 抱えていた女の首が叫ぶ。


「妹殺しが!」


 何を言われても冷静さを失ってはいけない、俺は刀をまっすぐデュラハンに向ける。


「アハハハッ! お前は妹を殺して自分も死のうとした! 逃げるためだ! それも、自分で殺すのではなく! ダンジョンのモンスターに殺させようとした! 自分で死ぬのではなく! ダンジョンのモンスターに殺してもらおうと思った! 殺すのも死ぬのもモンスター頼りか! 弱虫の卑劣者め!」


 膝がガクガク震える。

 こいつ、なんで俺たちの事情まで知ってるんだ?


「なんのためにあんな親から妹を守ってきたんだ? 殺すためか! モンスターにころさせるためか!」


 俺たちの親はろくでなしだった。

 よく殴られた。

 紗哩シャーリーも俺もいつもあざだらけで、俺は弱い紗哩シャーリーを守るために盾になって紗哩シャーリーの二倍は殴られてた。

 俺が高校生の時交通事故で両親が死んで、遺産どころか借金だけ残していて、俺は学校をやめてダンジョンの探索者になった。

 探索初心者のころは苦労したが、モンスターにぶん殴られるのは親に殴られるよりは全然痛くなかった、精神的な面では、だけど。


『金さえあれば、俺もS級になってもっといい暮らしできるのに』


 B級ダンジョンに潜っていたころの俺は、マネーインジェクションなんて二千円とかだったんだぞ。

 この金があれば米5キロが買えるなあとか思いながらスキルを使っていた。

 もっと金さえあれば。

 口癖になっていた。

 紗哩シャーリーが勝手に借金を作った?


 いや、俺だ。


 俺が紗哩シャーリーをおいつめたんだ。

 だって一緒に暮らしている兄が、毎日家でため息まじりに『金があれば、そしたら成功できるのに』なんていってるんだぜ?

 俺が紗哩シャーリーをマルチやFXをやるよう、追い込んだみたいなもんだ。

 妹を守りたかっただけなのに、いつのまにか心がすりきれて、そして……。


「おい! また混乱の魔法にかかっているよ! マジェスティクリスタルに意識を集中して!」


 ローラの声が遠く聞こえる。

 俺は、俺は――。

 デュラハンが斬りかかる。

 反応できない。

 首なし男の剣が俺の右腕を切断する。

 噴き出す血、俺なんかこうやって死んだ方がいい、もう取り返しなんかつかないんだ、みんなここで死んでしまえばなかったことに――。


 俺はその場で倒れこんだ。


 向こうではローラが女の身体のデュラハンを追い詰めている。

 女の身体はいまや右腕の肘が逆方向に曲がってプランプランしている。

 さすがローラ、俺とは違ってうまいこと闘っている。

 関節技ってつえーな……。


「おわりだぁっ」


 女の首が叫び、男の身体のデュラハンは俺の胸に雑に剣を突き立てた。

 身体がピクリとも動かない。

 俺は剣であっさりと胸を貫かれた。

 その剣が引き抜かれると、身体から血が噴き出る。

 それを確認したあと、男の身体のデュラハンは、ローラに腕をへし折られた女の身体を助けに向こうにいった。


 俺の心臓は破壊され、脳への血液の供給も止まる。

 焦げ臭いような変な匂いを感じ、すーっと意識がなくなっていく。

 けっこう気持ちいいぞ。

 ふーん、人間ってあっさり死ぬもんだな。

 これで、おわりだ。

 さすがSSS級モンスターのデュラハンだ、あっさり負けてしまった。

 剣で心臓を突き刺されて死。

 剣で?


 そう、剣でだ。


 それがデュラハンの敗因、そして俺たちの勝因となった。


 デュラハンは、俺の心臓を破壊して殺そうというのであれば、使うべきは剣ではなかった。


 使

 

――なぜなら、俺は今、半ヴァンパイアなのだから。

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