第81話 ドロドロと

 アニエスさんはすでに石化して地面に転がっている、ローラはカミツキガメのモンスターに身体ごと食われた、そして今ボートの上の俺たちをセイレーンの音響攻撃が襲っている。


「キョアアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!!!!」


 空気がビリビリと震え、俺の目から涙がドロドロと流れてきた。

 ドロドロと?

 拭うと、それは涙ではなく鮮血だった。

 みっしーはもうボートの中だというのもかまわずに嘔吐してる、でももう吐くものもなくて胃液だけだだらだらと流れ出ている、紗哩シャーリーは俺と同じように血の混じった涙と鼻血で顔面を血だらけにして気を失っている。

 二人とも戦闘能力は失ってしまっているぞ、ってか俺だってこれはやばい。

 全身の血が逆流しているような感覚、くそ、声だけでこんなダメージを受けるとは。


「インジェクターオン、、セット、500万円!」


 自分の太ももにずぶっと注射を刺す、そのまま同じ額を紗哩シャーリーとみっしーにも注入しようとするが、またもやセイレーンがこちらに向けて口を開けた。


「ファイヤーボール!」


 すぐに頭をひっこめてそれをよけるセイレーン。

 くそ、範囲攻撃でしとめたいけど、火山弾ヴォルケーノアタックの魔法は詠唱が長すぎる。呪文を詠唱しているあいだにもういっぱつ音響攻撃を受けるぞ。

 そして、カミツキガメのモンスターに襲われたローラのことも心配だ、丸のみされていればまだ助かる可能性がある。

 ……爬虫類なら丸のみだよな?


 まさか、咀嚼そしゃくされてたら……。

 いやよせ、そんな想像するんじゃない。


〈あのカメのモンスターはなに?〉

〈現状確認されてないモンスターだな……〉

〈さすがSSS級ダンジョンだ、未確認のモンスターがどんどん出てくる〉

〈っていうかローラこれ死んだ?〉

〈ついにこの配信から死人がでたか?〉

〈お兄ちゃん! なんとかして!〉


 もちろんなんとかするぞ俺は!

 俺は脳細胞をフル回転させる。

 とにかく、五人全員を生き残らせる方法はなにかないか?

 どうしたら一番みんなが生還する可能性が高い?

 ここでまずセイレーンと闘ってから……いや、それだとローラがどうなるかわからない、まずはローラの救出が先か?


 どうする?


 どうする?


 ……賭けにでるしかないか!?

 ちまちまこんな湖の真ん中で不安定なボートに乗ってセイレーンと闘って、どれだけの時間を浪費するのか……。

 ローラを死なせはしない。

 まだ生きているはずだ。

 あのカミツキガメの胃の中だとしても心臓さえ動いていれば、俺のスキルで助けられる。


「インジェクターオン! セット、500万円!」


 もうやるしかない。


「ライム! お前を信じるぞ! 頼む!」


 俺は、ライムのオレンジ色の身体にぶすりと注射針を刺した。

 ぶるぶると全身を震わせるライム。

 それに乗っている俺たちにも当然振動が伝わる。


「ライム! 頼む! 全速力で、あそこの陸地に向かってくれ!」 


 ライムのボートに尾ひれみたいなのが形成されていく。

 それも、イルカみたいな尾ひれだ。


「くきゅうううううう……」


 ライムがなき声を発する。

 っていうかこいつの声、初めて聞いたな。


「くきゅ!」


 そしてライムは、そのイルカそっくりの尾ひれを、高速で上下に動かし始めた。

 水しぶきが上がる。

 そのドルフィンキックは、とんでもないスピードとトルクを発揮した。

 グングンと前へと進むスライムボート。

 百メートル進むのに、わずか十秒ほどしかかからなかった。

 あっというまに接岸する。


「ライム、サンキューな! あとでいっぱいごはん食わせてやるからな!」


 俺はライムの身体を撫でてやった。


「きゅうううっ!」


 うむ、なんかしらんがかわいいやつだ、ほんとによくやってくれた。

 こいつ、モンスターなのだ。

 500万円分のパワーアップすれば俺たちを裏切るなんて簡単だっただろうに。

 ちゃんと俺たちの仲間として動いてくれた。

 ほんと感謝だぜ。


 俺はみっしーを抱いて陸地へとジャンプ。

 もう一度ボートに戻ると、今度は紗哩シャーリーをかついで陸地へ運ぶ。

 二人を地面に横たえさせていると、スライムも陸地へとあがってくる。

 マネーインジェクションのせいでひとまわり大きくなっているな。

 地面にはローラの右腕が落ちていた。


 くそ、絶対助けるからな。

 見回すと、向こうの方でセイレーンが顔だけ出してこちらを見ている。

 ローラを食ったカミツキガメはどこだ?

 心が焦る。

 一刻も早く、助けないと!


「マネーインジェクション、インジェクターオン、セット、1000万円!」


 もうこのくらいの額になると注射器も光り輝いてきている。

 完全に未知の領域だ。

 ……これってさ、インジェクションやりすぎで副作用とかないのかな?

 一万円とかインジェクションしてたときはなにも思わなかったけど、1000万円って……。

 そんな不安がよぎるが、しかし、そんなことを言っている場合でもない。

 俺は自分の腕に注射針を突き刺して、1000万円分のパワーを注入する。

 同時に紗哩シャーリーとみっしーにも回復のために100万円分の注射をする。


「……うーん……おにいちゃん……?」


 意識が戻ったのを確認してから、


「よし、紗哩シャーリー、みっしー、俺がやっつけてくるからそこで待ってろよ。ライム、二人を守ってやってくれ。頼む」


 落ちていたアニエスさんの短剣を手にして、俺はその場で跳躍した。

 天井に短剣を突き刺し、その場で静止する。

 合計1500万円分のマネーインジェクションしているんだからこのくらいは余裕だ。

 そして注意深く湖面を見つめた。

 いた!

 陸地へと水中をゆうゆうと泳ぐ、巨大な亀の影。

 今度は紗哩シャーリーたちを襲おうとしているのだ。

 そうはいかない。

 俺はタイミングを計る。

 カミツキガメが再び水中から現れ、陸地にいる紗哩シャーリーたちを丸のみしようというそのタイミングで、俺は天井を思い切り蹴った。

 獲物を狩ろうとするその瞬間が、一番隙だらけなんだぜ!

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