第80話 ぶんぶんと振り回す


 ローラたちが立っているのは湖水の中の陸地。

 それは幅三メートルほどしかない細長い陸地で、ずっと先へと続いている。

 その先がどうなっているかは霧の向こう側で見えない。

 まるで湖の中の一本の道だ。

 緑色の草むらに覆われているが、こんな地形、写真ですら見たことないぞ。


「あれって自然にできた感じじゃないよねー」


 紗哩シャーリーの言う通り、なんらかの大きな魔法かなにかで何者かがつくったもののようにも見える。

 いったいどういう意図があるんだ?

 ダンジョンやその内部の構造物が誰によってなぜつくられたのか、まだ誰にも解明されていないのだ。


 ローラたちがいる陸地に向かってスライム製のボートを進める俺たち。

 俺と紗哩シャーリーのふたりで風呂敷でできたオールを漕いでいくと、だんだん水深が深くなっていくのがわかった。

 湖水は透明度がそこそこ高く、真下なら底まで見えてたんだけど、進んでいくうちに底が見えなくなった。

 しかも光の反射のせいか、わずか数メートル先はまったく水中のようすが見えない。


 これだと水中からやってくる敵を補足しきれないな。

 油断せずに水面を観察する。

 どこからどういうモンスターが襲ってくるかわからない。

 そして、陸地まであと百メートルほどまできたとき。


「来た!」


 俺は叫んだ。

 ボートの下をすーっと泳いで潜り抜ける黒い影が見えたのだ。


紗哩シャーリー、みっしー、来るぞ……。……ん、みっしー」


 稲妻の杖を握りしめるみっしーに、俺は声をかけた。


「だめだ、雷の魔法は俺たちまで感電しちゃうぞ……ここは水の上だからな。氷の魔法を使うんだ」

「うん、わかった」


 コクンと頷くみっしー、緊張した面持ちで風呂敷製のオールを漕ぎつづける紗哩シャーリー、刀を抜いて身構える俺。

 向こう側に石を風呂敷に包んでぶんぶんと振り回し始めるローラが見えた。

 簡易的な投石器だ、単純な武器だけどその威力はすさまじいものがある。

 素人が使うだけでもプロ野球の投手が投げるボールと同じくらいのスピードが出たりする、古代から使われている恐るべき兵器だ。

 それをSS級武闘家のローラが俺のマネーインジェクションを受けたうえで使うのだ、そんじょそこらのモンスターなんて当たった瞬間に木っ端みじんだろう。


 ……頼むから、コントロールを外さないでくれよ……。俺の頭が木っ端みじんになるのはごめんだ。


 そのローラの傍らにはまだ石化していないアニエスさんが短剣を抜いてあたりを警戒している。

 静かな湖面、シーンとした中、紗哩シャーリーがオールで水を掻く音と、ローラの振り回す簡易投石器の音だけが響き渡る。

 さっき見えた影、大きさは人間くらいだった、どんな攻撃を仕掛けてくる?


 と、突然。


 バッシャーン! という大きな水音がして、そいつは俺たちではなく、ローラたちのいる陸地の方に出現した。

 それは、巨大なトビウオだった。

 直径三メートルはあるか?

 ひれを翼の代わりにして水面から飛び出し、滑空しながらその大きな口をあけてローラたちに襲い掛かり――。

 次の瞬間、胴体のあたりから真っ二つに割れた。

 アニエスさんだ。

 さすが世界一のニンジャ、超スピードで反応して有無を言わさずトビウオのモンスターを切り殺してしまった。

 ほっとするのもつかの間、今度は俺たちの目の前の水面に、水中からいきなり人間の首が現れた。


「ひゃーーーっ!!」


 みっしーが恐怖の叫びをあげる。

 うん、普通に怖いぞ。

 人間っぽくはあるが人間の顔じゃない、目は直径十センチありそうなでっかくて白目のほとんどない真円、口は耳まで避け、顔色は青白く、それとは対照的に唇は真っ赤だ。

 長い髪の毛、女性に見えなくもないが、そこはかとなく薄気味悪い。

 そいつは大きく口を開け、俺の顔をまっすぐ見ながら、


「キシッ、キシッ、キシッ……カカカカカクヮ……」


 と鳴き声だか何だかわからない音を出した。

 俺は刀を振りかぶる。

 それと同時に、その女型のモンスターは、


「ギョアアアアアァァァァァァァァァッッ!!!」


 と雄たけびを上げた。

 空気がびりびりと振動する。

 振り上げた刀も細かく震えて振り下ろすことができない。

 耳の奥がツーンとなって脳みそまでかき回されてる感覚、五感が失われ、自分が立っているのか寝ているのかすらわからなくなり、ボートから落ちそうになるところをすんでのところで踏みとどまった。


「おえっごぽぽっ」


 視界の端でみっしーがボートから乗り出して嘔吐しているのが見えた。

 そのまま湖に落ちそうになり、危ういところで紗哩シャーリーがひっつかむ。

 でも、その紗哩シャーリーも目がうつろで鼻血を出している。


「くそがっ! ファイヤーボール!」


 俺は魔法を放つが、そのモンスターはバシャン! と尾びれで水面を打って水中に潜水してそれを避ける。

 ……尾びれ?

 そう、こいつは上半身は人間型だが、下半身は尾ひれとうろこがついている魚類のそれだった。

 絵本でみた人魚みたいな……。

 しかし王子様に憧れる人魚姫みたいないいもんじゃあない。人魚のようなモンスターといえば……。


〈セイレーンだ!〉

〈音響攻撃で精神と脳をやられるぞ!〉

〈こいつもSS級モンスター……だけど俺のしっているセイレーンよりも威力が高いぞ〉

〈新種か? SSS級くらいの威力はありそうだぞ?〉


 セイレーンの音響攻撃でダメージを受けたのか、スライムボートがプルプルと震えて浸水し始めた。


「セット! 50万円! ライム、頼む、持ちこたえてくれ!」


 俺はボートに注射針を打ち込む。

 ライムはそれで多少は回復できたのか、さらに大きく分厚いボートとなった。

 マネーインジェクションの力で進化できたのか、ボートの横に大きなヒレみたいなのが形成されて、自力で動けるようになっている。

 ただ、そのスピードはごく遅い。時速で言えば2キロくらいか。


 ほんと、頼むぞライム、がんばってくれ。

 俺たちの命はいまやライムだよりだ。

 セイレーンのやつ、今度はどこから襲ってくる?

 と思ったときだった。


 今度は頭部だけで直径5メートルはあろうかという超巨大なカミツキガメみたいなのが水辺から突然出現し、陸地に立って投石器をまわしながらこちらを見ていたローラを、バクリと丸のみにした。

 その時に食いちぎられたローラの右腕が持っていた風呂敷製の投石器ごとぼとりと地面に落ちた。


「…………!!!」


 あまりの突然のことに、言葉を失う俺。

 なにか行動に移ろうとした瞬間、またもやセイレーンが今度は俺たちのボートの右側に現れ、


「コォォォアアアアアアアアアアアアアッ!」


 と叫んだ。

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