第82話 柔らかな粘土製


 カミツキガメのモンスターが、そのでかい顎を大きく開き、紗哩シャーリーたちを飲み込もうとする。

 しかしバカでかいぜ、頭だけで5メートルはあるんじゃねーのか、怪獣映画にでもでてきそうなほど狂暴なかおつきをしてやがる。


「オラアアアアアァァァァァッ! クソがあああああぁぁぁぁッッ!!!」


 俺はそいつの視界の外、つまり真上から刀をその頭部に突き立てた。

 1500万円分のマネーインジェクションの力が乗っているのだ。

 刀はあっさりつかまでカミツキガメの頭部に埋まった。


「ガルルルルゥゥウ!」


 頭を大きく振って俺を振り落とそうとする亀、俺はその動きに逆らわずに亀の頭を蹴って再び天井へはりつく。

 長く首を伸ばして天井を見上げ、爬虫類独特の感情のない目で俺を見つめるカミツキガメ。

 その伸ばした首に向かって、紗哩シャーリーが叫んだ。


「空気よ踊れ、風となって踊れ、敵の血液とともに踊れ! 空刃ウインドエッジ!!」


 空気でできた刃の魔法がスパッとカミツキガメのぶっとい首を一メートルほど切り裂いた。

 ブシュッ! と赤い血が噴き出す。

 さらに、みっしーの魔法が追い打ちをかける。


「集まれ水の精霊! 手を握り合え、凍てつきつぶてとなりてすべてを砕け! 氷礫アイスボール!!」


 直径一メートルほどの巨大な氷でできた岩が、ものすごいスピードでカミツキガメの頭部に激突する。

 二人とも俺のマネーインジェクションを受けているんだ、その攻撃魔法の威力も段違いに強化されている。


「グプアアアアアアアアァァァ!」


 悲鳴を上げる亀、そして首を引っ込めて甲羅の中へ退避する。

 分厚い甲羅が俺たちの攻撃からカミツキガメを守る、と思ったら大間違いだ。


「インジェクターオン! セット、500万円!」


 俺は追加で自分に注射し、そのゴツゴツとした甲羅に向かって刀を振り下ろした。

 残念だったな、俺の力の前ではそんな甲羅、なんの役にもたちゃしないぜ。

 甲羅? 2000万円のインジェクションした俺にとっては、柔らかな粘土製にひとしい。

 いとも簡単に甲羅を切り刻む。


「グプォグプォグプォ!!!」


 カミツキガメの断末魔の声にもかまわず、


「このクソ野郎がぁぁぁぁっっ!」


 俺は甲羅ごとカミツキガメの頭部を正面からまっぷたつに切断した。

 ゴバァ、と大量の血液がまき散らされる。

 カミツキガメはほぼ即死だ。

 亀がまき散らした血を、オレンジスライムのライムが吸い付いて体内に取り込んでいる。

 うーん、この辺はモンスターだよな。

 そんなことより。


「ローラは無事かっ!?」


 頭部だけで5メートルもあるのだ、この亀の全長は15メートルほどもある。

 首のないカミツキガメの死体が狭い陸地に横たわっている。

 ローラはこの体内の胃の中にいるはずなんだが、これ、どうしたらいいんだ?

 と、そこに。


「ぴゅいぴゅい!」


 と声をだして、ライムがカミツキガメの切り落とした傷口から、その体内に入っていく。


「ライムちゃん、お願い! ローラさんを助けてあげて!」


 みっしーの声にこたえるように、ライムはしばらくすると、その粘液にローラを身体を包んでカミツキガメの体内から出てきた。


「…………うわぁ…………」


 ……と、とろけてる……。

 ローラらしき物体が俺たちの前に横たわっている。

 胃液で表皮が溶かされていて、なんというか、とても、やばい。

 着ていたスポーツウェアもとけちゃっているし、ええと、描写するのがはばかられるほどの状態だ。

 っていうか、スライムの体内で現在進行形で消化されているような……。


「ライムちゃん、ローラちゃんを食べちゃ駄目! 離れて! ……あたしのマナよ、あたしの力となりこのものの傷口を癒せ! 治癒ヒール!!」


 紗哩シャーリーが治癒の魔法を唱える。

 ローラの胸がかすかに上下に動き始めた。

 まだ呼吸がある、助けられる!

 俺は慌ててスキルを発動した。


「インジェクターオン! セット、500万円!」


     ★


「いやーやばかったよ、死んだひいばあちゃんに会ったよ、なつかしかったなー」


 ローラがあぐらをかいて笑っている。

 着ていた服はどろどろに溶かされて、今は胸と下半身に風呂敷を巻いている。

 ちなみに顎のキャラは、


「生理的に受け付けないから絶対拒否」


  ということらしく、普通の無地の風呂敷だ。

 ……だよな、あんな鋭い角度の顎、おかしいよな……。


「人生で初めて消化される気分を味わったよ。これが私の死かーと思ってさー。どろどろに溶かされて亀のうんちになるなんて最悪! モトキ、助けてくれてありがとねー! えへへ。いやーあんなやべーモンスターをこんなにあっさりと倒せるなんて、モトキ、まじで世界一の探索者だと思うよまじで」


「さすがお兄ちゃんだねっ! 大好き! ……ん? あれ? お兄ちゃん、私たち、なんかひとつ忘れてるような……」


 紗哩シャーリーがそういったとたん、俺たちのすぐそばの湖面に、水中から女が顔を出した。

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