第65話 三十年後には
「お兄ちゃん、アニエスさん大丈夫?」
「ああ、また石化から戻ったみたいだ」
アニエスさんは涙目で
「Shirley、わたし、恥ずかしくて死ぬ。男に見られた」
「ひどーい! お兄ちゃん、ひどーい!」
……妹とはいえ、っていうか妹なのに、事情も聞かずに反射的に兄が悪いことにするなんてなんという奴だ。
そこにみっしーとローラさんもやってくる。
「アニエスちゃん! えっと、さっき石化してから57分後か……。うーん、これ規則性あるのかな」
「ローラ、わたし、見られた……」
「じゃあ結婚すればいいじゃん。うーん何分くらい生身でいられるのかなー?」
「それだっ! 基樹、わたしとパートナーになるんだった。こんな恥ずかしい話、しかし三十年後には笑って話せる思い出」
いや、そういう解決の仕方はどうかなー?
「じゃ、決定ね! えーと、アニエス、あなたは富めるときも貧しきときも」
「あのー。それいうと、私もお尻の穴見られてるんですけど……」
みっしーが食い気味に口を出してくる。
待て待て待て待て、見てない! 俺は見てないぞ!
ギリのところで
みっしーは続けて言う。
「あと、私、骨の髄まで見られた」
いやそりゃ見たけど!
見たけどさー!
まじで骨髄まで見たけど!
そりゃ左足が食いちぎられて切断されてたからじゃん!
なんで対抗心燃やしてんだよ!
「はっきりいってJK女子はあんな体の中まで見られて恥ずかしすぎ……」
「ううー。お前も、こいつに恥ずかしい思い、させられてたんだな」
アニエスさんも少し納得気味。
なんでだよ!
っていうか俺は口下手だからこうして心の中で思うばかりで、つっこみが口から出てこない。
あーむかつく!
「あと、私、初めての血を基樹さんにささげたし……」
みっしー、そういう意味ありげな言葉選びをするんじゃない!
「そういえば、私、モトキに両手両足を不自由にされて抱き着かれた」
……そんなこともありましたね、それはあなたがヴァンパイア化して自我を失っていたからですよ。
「あたしだってお兄ちゃんに血をあげてるしっ! あとお兄ちゃんのファーストキスはあたしが3歳のときに奪っちゃってるから二人とも残念でしたー!」
それは初耳だぞ!
「お兄ちゃんが寝てる時にちゅってした。それがあたしの人生初めての記憶」
「……お前、俺の純潔を……」
「ふふふ、お兄ちゃんの初めては全部あたしがいただくのだー! お兄ちゃんが初めて血を吸われたのも吸ったのもあたしだし!」
そういや、そうだった、ってか今俺は半ヴァンパイア化しているわけで、定期的に人間の血液を吸わないと死んでしまう。
こんなタイミングでめちゃくちゃ血を吸いたくなってきた。
「
喉が渇いてきた、そろそろ血を飲まないと死にそう。
「うん、いいよ」
という
「じゃあ私のを飲め」
アニエスさんが俺に飛びついて抱き着き、首筋を俺の口にあてがう。
なんかこう、漂う女性の肌の匂い、もう本能的にがぶっと首に噛みついてしまう。
そして、ジュルジュルジュル! と血を吸った。
うんめー!!
ゴクンゴクンゴクン。
のど越しもやばい、なんだろう、血の味って人によって違うんだな、
全部すっきりとした甘さと香りで、めちゃくちゃおいしい。
実際に血がそんな味するはずはないので、きっとヴァンパイア化したせいで味覚が変化しているのだろう。
しかし飲みすぎないようにしないと。
アニエスさんをひからびさせちゃまずいもんな。
なごりおしいけど口を離す。
すると、
「はふぅ……ヴァンパイアに噛まれる、血を吸われる、これ、気持ちいい……。いや、もしかすると、モトキに吸われてるからか……? モトキだから心地よいのかもしれない。これは、わたし、きっとモトキのことが本気で、――」
吊り目の碧眼で俺を見上げ、ほっぺを真っ赤に染めているアニエスさん。
「わたし、わたし、モトキ、お前のことが――ッ!!!!」
そこまでいったところで、アニエスさんはいきなり石化してその場で固まった。
「うん、今回は生身の時間6分くらいだったね」
ローラさんは腕に装着したスマートウォッチを見てそう言った。
〈ところで俺たちなにを見せられてるんだ〉
〈カオスすぎるだろ〉
〈なんか情報量多いな〉
〈これからどうすんだこのパーティ〉
〈アニエス、パーティクラッシャーの素質ありそう〉
〈お兄ちゃんは私のもの〉
〈じゃあシャリちゃんは俺のもの〉
〈お兄ちゃんもシャリちゃんも耳だけ私にくれたら本体は持って行っていいよ〉
「耳も本体も駄目だよっ!」
思わず叫んじゃったぜ。
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