第64話 どこだと思う?

「と、とにかく、お兄ちゃんは向こうに行って!」

「いや、お前が呼んだんだろ?」

「びっくりしちゃったんだからホイッスルくらい吹くよ! と、とにかく、あっち行って。も、漏れちゃう……」

「あのー、……私も……」


 あ、はい。

 紗哩シャーリーだけならともかく、みっしーにまで言われたらすごすごと引き下がるしかない。

 俺はいったんその場を離れる。

 数分経つと、紗哩シャーリーとみっしー、それにローラさんが三人がかりで風呂敷に包んだアニエスさんを運んできた。

 そのアニエスさんはしゃがんだ体勢のまま石化していて。

 ……シュールすぎる……。


「モトキ、いっとくけど、今アニエスちゃん普通に意識あるから。変なとこ見ないでよ。この子は私のなんだから」


 え、そうなの、それは知らんけど、そっか、さっき俺がアニエスさんの下半身を見たの、本人もわかっているってことか……。


 気まずい!


 と、とにかくだ……。


「これ、どういうことだ……?」


 ローラさんが顔をしかめて答える。


「うーん、アニエスちゃんね、舌に状態異常を抑える効果のある石をピアスみたいにして埋め込んでいるの……」

「舌……」

「そう。ってか、私も同じの埋め込んでいるの。ほら」


 ベロを出すローラさん。

 なるほど、舌の中ほどに、舌ピアスみたいに青い宝石のようなものを埋め込んでいる。


「お揃いなんだよ、ペアルックならぬペア舌ピなんだよ。これで舐めると気持ちいいよ」

「……どこを?」


 ローラさんはにやりと笑って、


「ふふ、どこだと思う? ま、おこちゃまには秘密」

「……ローラさんっていくつ?」

「19」

「わ、あたしと同い年だ! よろしくね!」


 ……妹と同い年の年下におこちゃま扱いされてしまった……。

 っていうか。


「年下じゃねえか! じゃあもうさんづけはなしだ!」


 いや、そんなことは今はどうでもいい。


「で、その石をつけているとどうなるんだ?」

「状態異常に陥る確率が下がるし、たとえ陥ったとしてもその効果を軽減できるんだ。たとえば、即死の毒でもこれがあれば瀕死ひんしですむんだよね」

「……瀕死でも死ななきゃなんとでもなるといえばそうだけど」

「で、石化もそうなんだけど、さすがSSS級モンスター、この石の加護も貫通してきたねー。でもさ、あのバジリスク、まだ赤ちゃんだったから、効果も弱かったんだと思う」

「つまり、その石の効果と、ベビーバジリスクの能力の未熟さで、石化が中途半端なものになったってことか」

「そう。だからさっき、一瞬だけもとに戻って、数分でまた石化した。もしかしたらこれ、繰り返すかも……」

「なら、今日一日使って検証するか。幸い、食料は手に入ったしな」


 コカトリスの肉はうまいからな。

 

 コカトリスの解体作業中、まだ一時間もたっていないころだった。

 なんか、肉を切り刻んでいる俺の背中の方で、『しゃーー』という音が聞こえた。

 パッと振り向くと、アニエスさんが石化から戻っており、仰向けの体勢のまま、おしっこが……。

 もちろん、風呂敷をかけていたので別にそれを直で見たわけじゃないけど、まあなにが起こっているのかは分かった。

 ああ、さっきおしっこの真っ最中だったからな。

 それで石化が突然解除されるとこうなるのは当然っちゃ当然だよな……。

 俺はすぐに前を向く。


 ……きまずい。


 アニエスさんが立ち上がった気配がする。

 うう。

 こっちにくるぞ。

 身を硬くしてアニエスさんを待つ。

 とんとん、と肩をたたかれた。

 振り向く。

 アニエスさんは目も真っ赤、頬っぺたも真っ赤、耳まで真っ赤にして、目じりに涙を浮かべた魅力的な吊り目で俺をにらみつけていた。


「モトキ、お前、見たか?」

「な、なにを……」

「……その、わたしの、その、……を?」

「み、見てない……」

「見たよな?」

「見てない」

「わたし、SSS級探索者。いままで、どんな強いモンスターとも戦って、生き延びてきた。わたしはどんなケガにも痛みにも苦しみにも耐えてきた」

「う、うん……」

「見たよな?」

「見てない」


 アニエスさんはわっと両手で自分の顔を覆うと、その場でしゃがみこんだ。


「わたし、恥ずかしい、もう死ぬ。こんな心の痛み、無理。耐えられぬ。武士の情け。介錯たのむ」


〈武士の情けキター!〉

〈お兄ちゃんの得意技やん、武士の情け〉


 やめれ。

 武士の情けはやめてくんなせや。

 そこに紗哩シャーリーが走ってきた。

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