第54話 抱卵

 迷宮というよりも、自然の大洞窟みたいなつくりをしているこの階層を、俺たちは進んでいく。

 うねうねと曲がりくねっていて、先を見通しにくい。


「ローラの反応、近い。注意して、進む」


 アニエスさんが言った。

 俺たちは慎重に歩を進める。

 周囲の警戒を怠らず、全神経を集中させる。

 ミッシーと紗哩シャーリー、それにアニエスさんにはすでにマネーインジェクションを済ませてある。

 もちろん自分にもだ。

 ここはSSS級ダンジョンの地下十階、ワンミスで命をもっていかれる深層階。

 もうここまできたら念には念をいれて金は一切ケチらないほうがいいだろう。

 それを一番先に発見したのは、俺だった。


「モンスターがいるぞ!」


 数十メートル先に、なにか動くものがいる。

 そのサイズからして人間ではない、ということはモンスターに違いない。

 床に寝そべって、ビクビクと痙攣しているようにも見える。

 なにをしているんだ?


「あっちにも、いる」


 別の方向をアニエスさんが指さした。

 ほんとだ、そっちにも同じように床に転がっているなにかがいた。

 ……ん?

 あれって……。


「さっき倒したモンスターと同じ奴だよね、あれ……?」


 紗哩シャーリーが言う通り、あれはトリケラトプスの怪物、カスモフレイムだな。

 しかし、地面に転がって、なんだかもぞもぞしているぞ?

 いったいなんなんだ?


「調べてみよう」


 俺たちはそのカスモフレイムにちかづいていく。

 全長数メートルはある巨大な恐竜のモンスター、そいつが床にはいつくばっている。

 カスモフレイムは俺たちに気づくと、


「グモォォォー」


 と声を上げた。

 だがその声には力がなく、その眼には怯えが混じっていた。


「これ、毒状態。毒の痛みで、動けなくなってる」


 アニエスさんがいう。


「ってことは、近くに毒を持っているモンスターがいるってことか……。ん、あっちにもいるな……」


 そこにいたのは、上半身がニワトリ、下半身が蛇のモンスター。

 そう、コカトリスだ。

 コカトリスは地面に倒れてはいない。

 ただ、その場にとぐろを巻いてじっとこちらを見ている。

 ニワトリとはいっても、とさかがないからこいつはメスか?

 よく見ると、そのとぐろの中には卵があるように見える。

 なるほど、抱卵中か。

 それならこちらから手を出さなきゃ襲ってはこないかもしれない。

 襲ってこないなら放っておいてもいい、無駄な戦闘は避けたい。

 油断しないように目を離さず、コカトリスから離れ、さらにあたりを探索する。


「基樹さん、これ、なに……?」


 みっしーが声をかけてくる。

 みると、そこには人型の巨大な石像が倒れていた。

 全長は五メートルほどだろうか、筋骨隆々の男をかたどったもので、顔は長いひげで覆われている。

 しわの一本一本まで実に精巧につくられている石像だ。

 芸術的ですらある。

 下半身に身に着けているものだけは本物の布でできているようだ。

 しかし、なんでこんなもんがこんなところに転がっているんだ?

 と、そこに。


「いたーーーーっ! こっち、こっち!」


 紗哩シャーリーの声が聞こえた。

 慌ててそちらの方へ駆け寄ると、そこには一人の少女が倒れていた。

 褐色の肌。

 でも、アジア人の血が入っているのだろうか、なんとなくなじみのある顔立ち。

 ビューティというよりはキュートよりかな。

 紫がかった長い銀髪を一本に束ねている。

 たしか、SS級の武闘家と聞いた、そのとおり、動きやすそうな服装に、肘あてと膝あてを装着している。


「Laura! Laura! Laura! よかった、生きてる? 生きてる!」


 アニエスさんがその子――ローラさんに声をかける。

 ローラさんはぴくりとも動かない。

 ただ、苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。


「Laura! Are you OK? Hey! This is agnes! Laura! 」


 必死に声をかけ続けるアニエスさん。

 よく見ると、ローラさんの露出している手の部分は黒く変色していて、壊死しているように見える。

 というか、指の何本かはもう欠けてしまっている。

 ドラゴンゾンビのコールドブレスをくらったというから、その凍傷による結果だろう。

 めちゃくちゃ痛々しい。

 でも大丈夫、このくらいなら俺のマネーインジェクションですぐに直せるぞ。

 そうだ、マネーインジェクションだ、早く回復させてやろう。


「あたしのマナよ、あたしの力となりこのものの傷口を癒せ! 治癒ヒール!!」


 俺より先に紗哩シャーリーが治癒の魔法をかけていた。

 さすが俺の妹、判断が早い。俺もぼやぼやしてられないな。


「セット、50万円!」


 そして注射針を、Lauraさんの腕に――。


「お兄ちゃん、優しくだよ!」

「基樹さん、優しく打ってね!」

「Laura、わたしの大事な人、丁寧に打て」


 女の子三人に同時に言われた。

 ……ふだんの俺の注射の仕方、よっぽど嫌がられてたみたいだな……反省……。

 マネーインジェクションをして数秒後、ローラさんがゆっくりと目を開けた。

 ゆっくりと俺たちの顔を見渡す。


「Where are we ......? Well, it's the Kamegai dungeon. ...... Agnes ...... You were safe, thank God. ...... Where are the other members?」

「ほかのメンバーも無事。ローラ、日本語で話せ。ミシーとモトキとShirleyは英語話せない」

「そっか、その三人をちゃんと助けたのね……。さすが私のアニエスちゃん」


 ん?


「日本語話せるんだ……」


 ローラさんはその綺麗な瞳で俺に笑いかけると、


「おばあちゃんが日本人だから。子供のころ仙台にすんでたよ……」


 ああ、だからなんか顔立ちに日本人っぽさがあるのか。

 そして、ローラさんは俺と視線をしっかり合わせてこういった。


「目を見ないで」



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