第55話 つがい


 目を見ないで?

 なにをいってるんだ?

 今、俺はこうしてローラさんとしっかりと視線をあわせているけど?

 ローラさんは続けて、


「目を合わせるだけで――」


 なにかを言おうとしたが、


「来るぞ!」


 アニエスさんが叫んだ。

 響き渡る地響き。

 巨大な人影。

 また巨人族か?

 身長でいえば、フロストジャイアントよりもでかい。七、八メートルはありそうだ。

 燃えさかるような真っ赤な髪の毛とひげ。

 片手にはやはり燃えさかるこん棒のようなものを持っている。


〈今度はファイヤージャイアントか〉

〈灼熱地獄に住むといわれる巨人族〉

〈こいつめちゃくちゃ素早いぞ〉

〈だけど今のパーティなら余裕だろ〉

〈お兄ちゃんとアニエスなら瞬殺〉


 その通りだ、マネーインジェクションした俺とアニエスさんの敵じゃないだろう。


「みっしー、紗哩シャーリー、ローラさんを守っていてくれ」


 俺たちはファイヤージャイアントと対峙する。

 ファイヤージャイアントはギロリと俺たちを……にらまなかった。

 ん?

 こいつ、どこを見てるんだ?

 天井の方を見ているぞ?

 ……なにか、そこに、いるんだな?

 俺はファイヤージャイアントの動きに注意を払いながら、視線をパッと上に向けた。

 その姿を目にした瞬間、俺の背中にぞくっと震えが走った。

 天井から岩が突き出ていて、その岩に尻尾を巻きつけるようにして、巨大ななにかがはりついていた。


 ……巨大な、これは、蛇か?


 いや、蛇なんてもんじゃない、頭部を巨大な角が覆っていて、青白く光っている。

 全身がギザギザの派手なうろこに覆われている。

 そいつは細長い舌をぐわっと出して、ファイヤージャイアントの方を見ていた。


〈バジリスクだ!〉

〈やべー奴がいた〉

〈石化〉

〈石化注意〉

〈石化してくるぞ〉

〈視線を合わせるな〉

〈毒のブレスも吐いてくる〉

〈なんなんだこのダンジョン。SSS級モンスターが揃いすぎてる〉

〈だからコカトリスもいたのか〉


 ――バジリスク。


 その名は俺も聞いたことがあった。

 禍々しい伝説をいくつも持つ、ラスボス級のモンスターだ。

 邪悪なる蛇の王。

 その吐く息はすべての生物を麻痺させる毒を持ち、ただ視線を合わせるだけでその対象を石化する能力を持つという。

 コカトリスとはつがいになると聞いたこともあったが、そういうことか。

 とすると、あの卵はバジリスクとコカトリスのあいだの子供か?


 ――目を見ないで。


 ローラさんがあんなことをいってた理由がわかった。


「グヲォォォォ!!」


 ファイヤージャイアントが雄たけびをあげ、バジリスクに向け口を大きく開いた。

 そしてそこから炎のブレスを吐こうとする。

 だが。

 バジリスクの冷徹な目は、しっかりとそのファイヤージャイアントをとらえていた。


 ビィィィィィィィン!!


 耳をつんざくような音が響き渡る。

 するとファイヤージャイアントの巨大な身体がメキメキメキ! と音を立ててグレーに変色していく。

 瞬時のことだった。

 ファイヤージャイアントの身体は見事な彫刻のようにその場で固まったのだ。

 おいおい、見ただけで石に変えちまうってのは本当かよ。

 強力すぎるだろ。


「モトキ、いいか、絶対にあいつの顔、見てはいけない」


 アニエスさんがいう。


「ああ、わかった。みっしー、紗哩シャーリー! お前たちも、目を合わせるなよ! なんなら目をつむってろ!」


 俺は叫ぶ。

 ああそうか、さっきあそこにあった巨大な巨人の石像。

 あれは石像でもなんでもなかった。石化させられたジャイアントそのものだったのだ。


「インジェクターオン! セット、100万円!」


 手の中に注射器が出現した直後、俺はそれをアニエスさんにぶん投げる。

 追いめしならぬ追い注射だ。

 ぶすっと注射針がアニエスさんの太ももに刺さる。


「アウチ!」


 不満げな顔で俺を見るアニエスさん、すまん、優しくする余裕なんていつもないんだ。

 自分にも注射器を打ち込んだとき、バジリスクがいるのとは別の方向からバリバリバリ! と大きな音が聞こえてきた。

 それは、卵の殻を割る音。

 いままさに、コカトリスが抱いていた卵から、ミニチュアのバジリスクが孵化したのだった。

 待て待て待て待て、そんなんありかよ!

 SSS級モンスターが繁殖してるんじゃねーよ!


「クカァァァ!!」


 コカトリスが大きな声をあげて動き出す。

 孵化したばかりのミニバジリスクも地面を這ってくる。

 くそ、さっき卵ごとぶっ殺しておけばよかった。


「グゴォォォォオ!!!」


 天井のバジリスクが毒のブレスを俺とアニエスさんに向けて放出した。

 その忌まわしき紫色をした毒の息が、まっすぐに俺たちに向かってくる。




 

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