第53話 わかんなくもない

「わー! 出た出た!」


 みっしーの手の平からこぶし大の氷の粒が出現して、数メートル先に置いた石に当たった。


「すごいな、みっしーはそれなりに魔法の才能があるのかもな」

「えっへっへっへー!」


 嬉しそうに笑うみっしー。

 うむ、これだけの力があれば、マネーインジェクションの底上げでなかなかの攻撃リソースになるかもしれない。

 さて、小休止も終わりだな、先へ進もう。


 アニエスさんが代表を務める団体、SSTLからの連絡によると、ローラさんはこの先1キロほどに生命反応があるらしい。

 一応脈は正常、血圧はかなり低めだけど検知できているとのことだ。

 おそらく、どこか安全そうなところに避難しているんじゃないか。

 瀕死の重傷と聞いていたけど、無事ではいるらしい。

 その情報があったから俺たちはそんなに焦らずに進んでいたのだ。


 ま、ローラさんが持っていた端末は故障したみたいで、本人とは連絡がついているわけではないから、今どんな状況かについてまではわからないのだが。

 ん、前方にモンスターがいるな……。

 見たことあるやつだ、そうだ、S級のカスモフレイムだな。

 地下八階で出会った、火を噴くトリケラトプス型のモンスターだ。

 十万円のマネーインジェクションで難なく倒した相手だな。

 しかし、さすが地下十階。

 そのS級のモンスターが、ええと、一、二、三……八頭。

 さらにこっちにも、四頭。

 合計十二頭か。

 さすがに数が多いな。

 まずは防御のために後衛の女の子たちに50万円ずつマネーインジェクションする。

 さっそく紗哩シャーリーが防壁の魔法を唱えた。


「アニエスさんにもマネーインジェクションするぞ」

「うむ」


 十万円で俺があれだけあっさり倒せたし、アニエスさんほどの実力があれば50万円もマネーインジェクションすればあっという間にあのくらいの群れは打ち倒してくれるだろう。

 もちろん、俺も自分でやれるだけやるぞ。

 さて、俺は手の中の注射器をアニエスさんの肩に打ち込もうとして――。

 それをひらりとかわすアニエスさん。


「……あの、遊んでる場合では……」

「モトキ、いっておくが、遊び、ちがう。わたし、注射、ほんとに嫌い。本能で自動的によけてしまう」


 子供か!

 世界最高峰の探索者がなんで注射一本でそんなに怖がるんだよ!

 っていうか、アニエスさんほどの人が本気でよけたら、注射を打つだけでものすごく苦労するんだけど……。

 さっきもフェイントでやっと打てたしな。


「わたし、無意識に避けてしまう。だから、モトキ、お前、私を壁におさえつけろ」

「え……?」

「はやく! Shirleyとみっしーも! カスモフレイム、すぐこっちへくるぞ。急げ!」


 言われた通り、紗哩シャーリーとみっしーがアニエスさんの両腕を持って壁に押さえつける。


「ええと、じゃあ、注射器、打ちますよ」

「う、う、う、うむ……」


 頷くアニエスさんの青い瞳は注射針をガン見している。

 ちょっと充血して赤くなっちゃってるぞ。

 あと身体中がガクガク震えてる。

 なんでそんなに注射器が怖いんだよ!

 っていうか、身長142センチの小柄な金髪の女の子が両腕押さえつけられてるところに無理やり注射器を打つっていうのはさー。

 なんというか。

 うん、なんというか、あれだよね。


「は、は、は、早く打て、じらすな、怖い、早く終わらせろ」

「あ、はい」


 ブスっと針を二の腕のあたりに刺す。


「アウチ!! ……うう……」


 目の端に涙を浮かべているアニエスさんはその淡い色の唇をかすかに動かして、


「無理やり押さえつけられて、針を打たれる。これ、なんか、いいな……」


 と言った。

 んん!?

 どういうこと!?


「なにいっちゃってるの!」


 と紗哩シャーリーがいい、


「わかんなくもないかな……」


 とみっしーがいう。

 俺にはわからん。

 さっぱりわからん。


 さて、カスモフレイムは俺が四頭倒す間にアニエスさんは八頭倒していた。

 やべーな、強すぎるわ、アニエスさん。

 アニエスさんがいってたとおり、俺のスキルとアニエスさんの実力の相性は抜群だ。

 このまま俺たち、あっさりダイヤモンドドラゴンを倒してこのダンジョンを抜け出せそうだな。

 だって俺のスキルとアニエスさんの力があったら俺たち無敵じゃん。

 みっしーとアニエスさんを擁するこのパーティ、スパチャは定期的に入り続けているし、この先どんな敵が現れても簡単にやっつけることができそうだ。

 このまま一本道でクリアだな。

 そう思っていたのだった。

 

 ――三十分後には、俺たちパーティは壊滅寸前まで追い込まれ、想像もできないほど最悪の状況に置かれることになるのだが。




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