第52話 かなり鋭角

「小休止しよう」


 俺は言った。

 このダンジョン、ちょっと広すぎる。

 階層を下っていくごとにどんどん広さを増していて、地下十階は地下九階と比べても段違いに広い。

 歩いても歩いてもローラさんがいると思われる地点にたどりつかない。

 そもそも、床や壁も自然の岩場みたいになって歩くのも時間がかかるし。

 俺たちはちょっと平らになっている場所を見つけると、そこに腰を下ろした。

 水筒の水をゴクゴクと飲む。

 ふー、うまい。

 このダンジョン、水には困らないのだけは助かる。

 ま、半ヴァンパイア化している俺には、さっきみたいにピンチを招きかねないファクターではあるけどさ。


「ね、基樹さん、ちょっと魔法のコツとか教えて」


 みっしーが俺のそばにやってきてそういう。


「うーん、そうだな、ちょっと練習してみるか?」


 D級探索者にすぎないみっしーだけど、もうすでにかなりの実戦を経験してきている。

 ほとんどが稲妻の杖の効果を連発しているだけだけど、それでも身につくものはたくさんあったはずだ。

 ちょっとしたきっかけがあれば、探索者としてのレベルがあがって新しい魔法を使えるようになるかもしれない。

 みっしーは攻撃系の魔法を使うタイプだから、魔法戦士であるサムライの俺が教えられることはけっこうありそうだ。

 俺は少し離れたところに石を置き、


「攻撃魔法の練習をしよう。あの石に意識を集中するんだ。心の中の奥底に、エネルギーみたいなものがあって、それを感じ取る。結局魔法も反復練習がものを言うから、何度もやってみよう」

「うん! 基樹さん、いや、基樹先生、いろいろ教えてね!」


 ニコニコしてそういうみっしー。

 うーん、ほんと、かわいい顔しているよなー。

 いつでもちゃんと周りに気をつかっているのがわかるしなー。

 みっしーはちらっとアニエスさんの方を見てから、


「えーとえーと、……えい!」


 そういって俺の腕に自分の腕を絡めてきた。

 そしてぐいっと俺の顔を見上げて、


「あのあのあの、いろいろ、いろいろ教えてね!」


 いやいや、顔が近い、何がとはいわんがすごくでっかくてまんまるくて柔らかいなにかの感触を腕に感じる、やばいやばい。

 みっしーはまだ子供だからこんな天真爛漫な行動をするんだな、ほんと困った子供だ。

 俺がたじたじしていると、俺の動揺を感じ取ったのか、


「えっへっへっへー」


 と満足気ににっこりと笑顔を見せるみっしー。

 なんかこう、いい匂いがするなー。

 うーん、ほんと子供だな、みっしーは。

 俺が俺じゃなかったら、こんなことされたら勘違いするところだぞ?

 俺が俺でよかったな、みっしー。


「えっへっへっへー、基樹さん、えへへへ」


 まったくもう。

 いやほんと、柔らかすぎるその感触が脳細胞をとろけさせて頭がふわぁっとなるわ、まったくもう子供はこれだから困る。


〈俺、みっしーファンなんだけど、さすがに最近はしゃあないかーって気分になってる〉

〈わかる、俺もガチ恋勢なんだけどここまで命がけの戦闘を一緒に潜り抜けてきたらまあそういう風になるよなとは思う〉

〈お兄ちゃんたちがいなかったらみっしー、今頃死んでたもんな〉

〈命助けられて、そのあとも何度も一緒に戦ってきたんだもんな。悔しいけどな。仕方がないか〉

〈お兄ちゃんなら許す。ほかは許さん〉

〈お兄ちゃんって男から見てもチャラさとかヤな奴っぽさがないからな〉

〈私はお兄ちゃんを諦めてないから。シャリちゃん、どうかお兄ちゃんを魔の手から守って!〉

〈みっしーを魔呼ばわりするやつもいて草〉

〈俺は貧乳派だからアニエス推し〉

〈耳の形はアニエスが一番いいもんね〉

〈俺はもう箱推しだから〉

〈このパーティ、箱扱いなのかよ草〉


 なんかコメントが流れているけど、俺はこう、ええと、やーらかいお肉の感触で頭がいっぱいになっててそれどころじゃなかった。

 うん、みっしーは子供だけど、子供じゃない部分もあって、ほんと、困るなー。


 向こうの方では紗哩シャーリーが一メートルくらいの長さの棒をぶんぶんと振り回している。

 ちなみに先っぽの方にはトゲトゲがついている、かなりおそろしい武器だ。

 さっき、フロストジャイアントを倒した後、アイテムボックスからいくつかの回復ポーションといっしょに出てきたのだ。

 俺たちの中にアイテム鑑定のスキルを持っているメンバーはいない。ので、はっきりとした効果はわからないが、なんらかの魔法が込められているのは間違いない、とアニエスさんは言っていた。

 ま、実戦で使ってみればわかるだろう。

 ……みっしーは後衛だから、あんな物騒な武器、使うことにならないのが一番いいんだけど。

 さて、さらにもう一つ、アイテムが出てきていた。

 マントだ。

 水色の布地に星空みたいな模様がついている、マント。


「うーん、わからん。多分、特殊な付与魔法、ついてない。ただのマント」


 アニエスさんの見立てだとそうらしい。

 とはいえ、一流探索者のアニエスさんといえど、職業はニンジャなのでアイテム鑑定はできない。だから、確定ではないんだけど。

 しかしまあ、ある程度は経験でわかるんだろうな。

 まあそういう特別じゃないアイテムも、けっこうアイテムボックスから出てくる。

 それはそれで売るといい金になったりするから、探索者としては別にがっかりもしない。


「これ、わたし、もらっていいか? きれいだ。あと、本当は我慢してた。お尻、恥ずかしい」


 アニエスさん、今は真っ裸に風呂敷を胸と腰に巻いているだけ、っつーか下半身は完全にお尻丸出しのふんどしだからな……。

 やっぱ、恥ずかしかったのか、SSS級探索者ともなるとこのくらい平気なのかと思ってこっそり見まくっちゃってたぜ……ごめん。すみません。


「ああ、じゃあそれアニエスさんが使ってくれ」

「うむ」


 マントを羽織るアニエスさん。

 けっこう小さめのマントだな、小柄なアニエスさんでも膝のちょっと上くらいまでの丈しかない。

 でも、お尻は隠せているな、うん、綺麗な模様のマントだし、アニエスさんの見た目から一気に下品なエロさが消えたな。

 とはいっても、マントだからスカートと違って、歩くと空気をまともに受けてぶわっと舞う。

 その拍子に、アニエスさんの綺麗なお尻がちらっと見えちゃうのだった。

 ……下品さはなくなったが、チラリズム的なエロさは逆にアップしたような……?


「あと、アニエスさん、一つお願いが……」

「なんだ?」

「その胸の風呂敷、もうちょっとこう、ええと、なんというか巻きなおしてほしいというか……」

「なぜだ」


 正直にいうと、アニエスさんの胸はぺったんこなので、別に巻き方がどうこうというわけではなく。


「あの、目が合うんです」

「誰と?」

「その、顎のとがったイケメンと……」


 俺の隣にいるみっしーも、


「わかる」


 と同調する。


「……このキャラクター、かっこいいのに……」


 アニエスさんも紗哩シャーリーと同じ趣味してたわ……。


「そう思うよね!?」


 嬉しそうにいう紗哩シャーリー


「うむ。このキャラクター、ゲームか? アニメか?」

「ゲームだよ! アニメ化もしてるよ! ダンジョン脱出したら、ゆっくり二人で見よう! 超かっこいいんだから!」


 ……そうかなあ。

 その顎、かなり鋭角だもんなー。



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