第49話 流れる水
「インジェクターオン! セット、200万円!」
まずはマネーインジェクション。
水流で俺とほかの三人とは分断させられてしまったが、とりあえずは俺の目の前にいるこの一匹を仕留めなければ助けにもいけない。
アニエスさん一人でどこまで五匹のフロストジャイアントを抑えられるかわからない。
急がないと!
俺は刀を構える。
目の前のフロストジャイアントは身長五メートルほど、氷に覆われた肌は真っ青に見える。
体はでかいが体つきは人間とほぼ同じで、腰に布だけ巻いたこいつは筋骨隆々だ。
顔はもじゃもじゃの長いひげに覆われていて、表情はわからない。
人間と同等程度の知性はあると聞くが……。
フロストジャイアントはこぶしを握り、俺に殴りかかってくる。
大きさのわりにかなりのスピードだ。
俺はそれをなんなくかわす。
今度は俺に向かって蹴り上げてくる。
それもサイドステップでかわして、よし、斬りかかるぞ、と刀を振りかぶったその時だった。
フロストジャイアントは大きな口を開けて、とんでもない勢いの凍てつく氷のブレスをはなった。
すべてを凍りつくす、恐るべきブレス。
「ぬおっ」
横っ飛びに飛んでなんとかよける。
やべー!
同じ冷凍系のブレスでも、ドラゴンゾンビのコールドブレスを越える威力だ。
さすが凍土の戦士と言われるフロストジャイアントだな。
あんなのまともに受けたらたとえ200万円分のマネーインジェクションをかけているとはいえ無事はすむまい。
そう考えて、ぞっとした。
じゃあ、みっしーや
今は彼女たちにマネーインジェクションをかけていない。
SSS級探索者であるアニエスさんはともかく、ふたりはD級とA級の探索者にすぎないのだ、こんなブレスを受けたらひとたまりもないぞ!
前方からこちらへ向かってきているフロストジャイアントたちは、女の子たちまであと数十メートルまで迫ってきている。
ぱっと見、もうすでにアニエスさんの姿は見えない。
きっとスキルを使って消えているのだろう。
とはいえ、一人でSS級五体同時に相手は無理だ!
とにかく、俺が急がないと……。
許された時間はほんの一分ほどだろう、とにかく急げ!
「セット、100万円!」
お金をケチって女の子たちがやられたら終わりなのだ、多めにインジェクションしていく。
「ォォォォォォォォ……!」
不気味な唸り声をあげて再び俺に向けてブレスを吐くフロストジャイアント、しかし合計300万円のマネーインジェクションをした俺の反応スピードの前ではスローモーションみたいなもんだ。
それを避けて猛烈なダッシュでフロストジャイアントの足元に駆け寄る、さすが巨人族はでけえな、俺の身長とひざ丈が同じくらいだ、俺を蹴り飛ばそうとするフロストジャイアント、俺はその動きも読み切って、軸足に駆け寄ると、そのアキレス腱に刀で切りつける。
「ゴァァ!?」
大きな音をたててその場にうつぶせで倒れこむ巨人、その身体の上を俺は駆けていく。
そして、その首に向かって一直線に刀を突きたてた。
エメラルドグリーンの血が噴き出す。
俺は首に突き立てた刀をそのまま振りぬいた。
ドバァ! と大量の血が流れ出る。
とどめだ、もう一撃!
さらに肩を振り下ろす。
フロストジャイアントの首が胴体から切り離され、ごろりと地面に転がった。
驚いたことに、フロストジャイアントはまだ生きていて、その怒りに満ちた目で俺をにらみつけている。
悪いな、もはやここからお前に逆転はできない、そのまま死んでくれ。
よし、じゃあ
俺は川の流れのようになっている水流を軽く飛び越えようとして――。
足がすくんだ。
んん?
なんだこれ?
おいおいおい、冗談じゃないぞ、川幅なんてせいぜい3メートルだ、300万円分のマネーインジェクションをした俺ならなんの苦労もなく飛び越えられるはず。
だが。
なぜか、どうしても、流れていく水流を見ると本能をつきさすような恐怖に駆られて足が動かなくなるのだった。
……そう、俺は今、半ヴァンパイアなのだ。
流れていく水を、越えていくことができない。
ヴァンパイアがヴァンパイアである以上、その弱点はマネーインジェクションでもどうにもならないもののようだった。
五体のフロストジャイアントは女の子たちのそばまで寄ってきている。
と、そのうちの一体の首から突然血が噴き出した。
アニエスさんの技だろう。
だが一人でどこまでやれるか、というか、あのブレスをみっしーや
速くアニエスさんの助太刀にいかないと!
くっそ、どうにかできないのか!?
俺は強引に足を水流に入れる、だがその刹那、俺の全身をびりびりとした痛みが走って俺の意志とは無関係に足を引っ込めてしまう、ああ駄目だ、アニエスさんは今二体を同時に相手しているが、もう三体はみっしーたちの方へと向かっている、どうしたらいい、どうしたらいい、どうしたらいい!?
……くそ、これしかないか!?
俺は転がっていたフロストジャイアントの首を持ち上げて水流のそばに置いた。
こいつ、頭もでけえな、両手で髪の毛をひっつかんでやっとのことだ。
首だけになったフロストジャイアントはまだ生きていて、
「クァァァッ!」
と俺に向かって威嚇の声を上げる。
SS級モンスターってやつはほんとやべえのしかいねえな。
しかしその生命力の強さが今回俺を助けてくれる。
「インジェクターオン! セット、100万円!」
そして俺はその注射器を――フロストジャイアントのほっぺたにぶっ刺した。
次の瞬間。
フロストジャイアントの首が発光し、以前のみっしーの足がそうだったように、じわじわと身体が復活していく。
とはいってもそのスピードは速くない、本当にゆっくりだ、みっしーの時も足だけで15分くらいはかかったしな。
俺はその首の前に自分の身体を晒す。
「おら、巨人、お前の首を刎ねた人間がここにいるぞ?」
フロストジャイアントはほとんど反射的に口を開き、俺に向かって凍てつくブレスを吐いた。
俺はそれをひらりとかわして頭部の後ろにまわると、その髪の毛をひっつかんで角度を調整する。
そう、100万円で強化されたそのブレスを、流れていく水流にあてたのだ。
動いている水というのは凍りにくいものだが、なにしろ100万円分のインジェクションだ、ものの数秒で真っ白に凍り付いていく。
「グワァァァッ!」
怒りに我を忘れているのか、首だけのフロストジャイアントはブレスを吐き続けるが、俺は首の角度を変えて水流があふれ出している場所にもブレスを当ててやる。
うむ、これできっちり凍った。
さきほどまで川のように流れていた水が、いまや氷河のように凍り付いたのだ。
「じゃあもう用済みだ!」
首から下が復活しかかっているフロストジャイアントの頭部、それに向けて俺は刀を振り上げ、目と目の間を通るように垂直方向にまっぷたつに斬る。
フロストジャイアントの頭部はスイカを包丁で半分に切った時のように二つに分かれてごろんと転がった。
さすがにこれで絶命したようだな。
「今行くぞ!」
俺はかちんこちんに凍った水流の上を駆けていく。
「インジェクターオン、セット、100万円!」
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