第48話 判断ミス

 アニエスさんの持っているyPhoneが鳴った。

 それを取り出して画面を確認すると、アニエスさんは静かに言った。


「SSTLから連絡。ここから北西、ローラの生命反応、発見。……生きてる、よかった……」


 アニエスさんは心底ほっとした表情を見せる。

 そりゃそうだ、自分のパーティメンバーだもんな。

 俺たちはマッピングに使っているタブレットをのぞき込む。

 なるほど、ここから北西の方向か。

 ダンジョンだから、どういう道になっているかはわからない。

 だけど、この亀貝ダンジョンは迷宮としては単純なつくりをしている。

 道に迷わせようという意地悪な迷宮のつくりにはなっていないのだ。

 まあ、すくなくともここまでは、の話だけど。

 だからとりあえず素直に北西にむかうことにしよう。


 実はこの亀貝ダンジョン、今まで何度かS級の探索者が攻略のために深層回までチャレンジをしているんだけど、ことごとく失敗してあまり情報が残っていない。

 全部の探索者が俺たちみたいに配信しながらダンジョンに潜るかというとそういうわけじゃないからな。

 特にSSS級ダンジョンの深層回となると配信しながらというのは少数だ。

 たとえば、ちょっとした山歩きを配信しながらやる人はいても、ヒマラヤ登山をリアルタイム配信しながら登山するなんてのは少数なわけで、ダンジョン探索だって同じだ。

 で、階段で戻ってこられない地下八階以上潜ったパーティは誰も生還しなかったので、情報を持ち帰れていないわけだ。

 だから、この地下十階のマップもほとんどわかっていない。


「俺たちが最初の生還者になるぞ。絶対に生きて帰ろう。そのためにもまず、ローラさんだ」


 ダンジョン内を慎重に進む俺たち。

 ダンジョンといってもここめちゃくちゃ広いからな、三十分は歩いただろうか。

 幅数メートルはある石造りの壁と床が、進むうちに洞窟のような自然のごつごつとした岩になっていく。

 天井も同様で、しかもだんだん天井の高さが今までせいぜい三メートルくらいだったのが、だんだんと高くなってきて今は十メートルを超す高さとなっている。

 本当に天井が高くなったのか、それとも床が気づかないほどゆるく下り坂の傾斜になっていたのか、その両方か。

 もう迷宮というよりも、自然の巨大な洞窟みたいな感じになっている。

 さっきブーツが手に入って本当によかった、俺の軟弱な足の裏だとこの岩の上を歩くのは難しかっただろう。

 裸足のままのアニエスさんはまったく意に介さず歩いているけどな。

 どんだけ強靭な足裏してるんだ? くすぐりには弱いけど。


 さて、その岩と岩のあいだから、湧き水のように水がジョロジョロと流れ落ちている箇所がいくつもある。

 壁からも、天井からもだ。

 その中をさらに進んでいくと――。

 アニエスさんが、ピタリと動きを止めた。


「なにか、来る。前方と、後方。どちらからも」


 俺たちは四人は身構える。

 俺とアニエスさんは武器を構え、みっしーは稲妻の杖を握りしめる。紗哩シャーリーは風呂敷を広げて臨戦態勢。

 っていうか、後方からもか、しばらく一本道だったはずだが、どこか見落とした横道でもあったのだろうか?

 ん、床が揺れているな、確かになにか巨大な生物がこちらへと向かってきているっぽい。


「――来た」


 アニエスさんが言う。

 なるほど、前方数百メートル先から巨大な二本足の怪物がこちらへと向かってきている。

 しかも五体。

 身長でいうと五メートルを超える巨体、全身が真っ青に光っている。

 いや違う、これは全身が氷に包まれているのだ、それが青く反射して光っているように見えている。

 後方からはまだなにも来ないようだが――?

 だがバックアタックを受けるのはまずい。

 俺はみんなから少し離れて後方を警戒する。


 これがまずかった。

 みんなから離れるなら、最低でも紗哩シャーリーとみっしーにマネーインジェクションしてからそうすべきだった。

 くそ、しかし人間っていうのは大事な時に判断ミスをしてしまうものなのだ。


 突然。


 ゴォン!


 と大きな音ともに俺のそばの壁が崩れ落ち、そこからも同じ巨体のモンスターが現れたのだ。

 飛び跳ねて距離をとる。

 まじか、こいつはジャイアント族だな。

 そしてその巨体のモンスターは壁が崩れてできた直径一メートルほどの岩を拾いあげる。そしてそいつを、俺に向かって投げつけてきた。


「おわっ!」


 すんでのところでかわす。

 その岩は壁にぶち当たって粉々に砕けた。

 なんつーパワーだ。

 その衝撃で、壁から流れ落ちていた水流が滝のように大きなものとなった。

 その水量はすさまじいもので、ザァァァ! という水音とともに、それは川のようにダンジョン内を流れていく。

 先ほども言ったように、俺たちはアニエスさんが一番前、次に紗哩シャーリー、みっしー、俺という隊列を組んでいた。

 そして俺はみんなから少し離れたところに位置していた。

 その俺とみんなの間を、大量の水が急流となってさえぎったのだ。


〈またSS級、感覚が麻痺するな〉

〈フロストジャイアントだ〉

〈巨人族か〉

〈怪力だしコールドブレスを吐くしでやばいモンスターだぞ〉

〈そいつが合計六匹か〉

〈シャリちゃん負けるなよ〉

〈SS級が六匹とか、万全の体勢のSSS級探索者パーティでも勝負はわからんのに〉

〈大丈夫、お兄ちゃんとSSS級のアニエスがいるんだ、負けるわけない〉

〈みっしーがんばれ〉

〈あれ、お兄ちゃん今ヴァンパイアだからこの水流渡れなくね?〉




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