第46話 テクニシャン

 山羊の頭のモンスター、ブラックデーモンを倒すと、そこにはアイテムボックスが出現した。

 アイテムボックスはそのときによって大きさが変わるのだが、今回は五十センチ四方の正方形をしている。

 SS級モンスターを倒した後のアイテムボックスだ、中になにか有用なアイテムが入ってるかもしれない。


「じゃあ、俺が解錠を……」

「いや、わたしにまかせろ」


 アニエスさんが俺を制して前に出る。

 そうか、アニエスさんはニンジャだからトラップ解除の技術も持っているのだ。

 ニンジャって、盗賊系職業の上級職だからな。


「ピッキングツール持っているか?」

「じゃあこれ使ってください」


 俺はアニエスさんにピッキングのためのアイテムを渡す。

 細長くて先がまがった千枚通しみたいなツールだ。

 形が違うものが何種類かあって、これでアイテムボックスの鍵を開ける。

 解錠に失敗すると、しかけてあったトラップが発動して、たとえば爆発したり、毒針が飛び出たり、毒ガスが噴き出たり、テレポーターの魔法が発動したりするわけだ。

 いつもは俺が自分にマネーインジェクションをかけて解錠するのだが……。

 ここは世界最良のニンジャのやりかたを勉強させてもらおう。

 と思ってたのに、アニエスさんは無造作に鍵穴にピッキングツールを突っ込むと、もののコンマ一秒くらいで解錠してしまった。

 すげー。

 すごすぎて勉強にならんな。

 出てきたのは、二つのアイテム。

 革でなめしたようなブーツ。

 そして、長さ三十センチほどの、短剣。

 ……ブーツ!

 アニエスさんははだしになっている俺の足をちらりと見ると、


「ほら、つかえ」

「え、でもアニエスさんもはだしだし……」

「わたしはニンジャだから、鍛えている。ほら、触ってみろ」


 アニエスさんは立ったまま、スッと足を上げ、俺に足の裏を見せる。

 片足立ちでも全然重心のブレがない、さすがだ。

 言われた通り触ってみると、なるほど、足の裏、カチンコチンだ。

 人間の足の裏って、こんなに硬くなるもんなんだなあ。

 この足はマネーインジェクションで復活させた足だけど、後天的に鍛えた部分もちゃんと復活するんだな。

 われながら便利なスキルではある。

 へー、でもアニエスさんの足って、けっこうちっちゃいなあ。

 ふーん、すごい、こんな足の裏が固くなるんだ、へー、ちょっとこすってみよう、ほー、なるほどなるほど、土踏まずのところとかちゃんと筋肉というか腱が鍛えられている感じで、ほーほー、爪の先でコリコリコリコリコリ! とこすってやる、うん、ちょっとわざとやってみた。


「や、やめろ、アハハ、ウフフ、やめ、くすぐったいから、やめぇぇ! AHHHHHHH!!  いひひひっひひひ!」


 アニエスさん、笑い転げてひっくり返っちゃった。

 世界一のニンジャなのに。

 しばらく床の上で身体を震わせたあと、バッと立ち上がって、


「なにする!」

「だって触っていいって……」

「くすぐる、だめ! 強い衝撃、わたし平気! 弱く触る、わたし我慢できない!」


 青い瞳を俺に向けて怒るアニエスさん、目の端に涙が浮かんでる。

 まじでくすぐりに弱いみたいだな、ちょっといたずら心をだしちゃって悪かったわ。


「あの!」


 みっしーが俺に声をかけた。


「お、お、女の子の身体を、いまみたいに触るのは、基樹さん、よくないと思うんですけどぉ?」

「ああ、悪かったよ、反省してるよ」


 なんかみっしーまで怒っているな、やっぱり調子に乗りすぎたかもしれん。たまーにやっちゃうんだよなー。


「お兄ちゃん、陰キャのくせにたまーに調子に乗るよねー」


 紗哩シャーリーにも俺が思ったのと同じことを言われた。

 反省しようっと。

 俺は渡されたブーツに足を入れる。

 お、ちょっときついけど履いているうちに慣れるだろう、いいじゃん。


「それ、俊敏のブーツ。少しだけ、素早さあがる」


 ほー。さすがSSS級。いいもの手に入ったな、欲しいときに欲しいものがアイテムドロップするとは運がいいな。


「こっちはわたしがもらう。わたし、武器もってないから。いいか?」


 短剣か、俺は刀をもっているし、みっしーは稲妻の杖があるし、紗哩シャーリーも風呂敷あるし。


「ああ、それを使ってくれ……ん? あれ、じゃあさっきのブラックデーモン、どうやって首を……?」

「素手で、切った。私は鍛えているからな。見てみるか?」


 アニエスさんが手を差し出した。

 げー、まじか、SS級モンスターの首を素手で切り落としたってか?

 SSS級探索者ってまじすげーな。

 どれどれ、ほーん、手の平は普通の女の子と変わらないように見えるけどなー。

 ちっちゃい手の平だ、こっちはけっこうぷにぷにだな、じゃあ失礼して。

 

 こしょこしょこしょこしょ!


 手の平をくすぐった瞬間、


「うひゃひゃひゃひゃっ!」


 アニエスさんの身体がビックーンと跳ねて、そのままボディブロー。俺はふっとばされて全身が壁にビターン! と張り付いてからドタン! と床に落ちた。

 これ、200万円のマネーインジェクションの効果が少し残っていたから無傷ですんだけど、わりとやばい攻撃だったぞ、今の……。


「へー、ふーん、そういうことやるの、好きなんだー? へー、くすぐるのが好きなんだ……」


 ちょい頬を赤くしてそういうみっしー、


「お兄ちゃんのくすぐりはめっちゃレベル高いよ! ちっちゃいころはよくくすぐられて笑い死ぬかと思った! テクニシャンだよテクニシャン」


 紗哩シャーリーがそういい、みっしーはさらにほっぺを赤くして、


「へー、ほー、そーなんだー、へー、テクニシャン、ねー……」


 とつぶやいていた。


「ふー、ふー、ふー、おそろしいやつ……」


 涙目で俺にそういうアニエスさん。

 ……俺たち、こんなことしている余裕、あるんだろうかね……。



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