第45話 顎
そこにいたのは、山羊だった。
だがそいつは全長3メートルはあろうかというでかさの、二足歩行。
顔は山羊なのだが、かわいらしさのかけらもない。
眼光はまさに虚無をあらわすかのような深い漆黒。
曲がった山羊の角はどこかくすんだ色をしていて、
カラスのように真っ黒で大きな羽が背中から生えていた。
そして、そいつらは、三匹並んでこちらへとやってくる。
その山羊の頭をしたモンスターが、ビームで攻撃をしかけてきたのだった。
アニエスさんに突き飛ばされなかったら、直撃していたところだった、危なかった。
〈SS級!〉
〈ブラックデーモンだ!〉
〈またSS級か、もうやだこのダンジョン〉
〈とんでもないレベルのモンスターばっかりやってくるな〉
【¥50000】〈もうスパチャ投げるくらいしかできない。がんばれ〉
【¥34340】〈みっしー! 頑張れ!〉
【$500】〈save Laura,plz!〉
〈魔法攻撃が強力な高レベルモンスターだからな。気をつけろ!〉
【$100】〈别让怪兽打败你。 我们在这里助你获胜。 我们支持你〉
〈三匹もいるのかよ〉
〈SS級三匹って、SSS級一匹相手するのと同じくらいやばくね?〉
まずいまずい、山羊の頭をした悪魔とか、もはや伝説級のモンスターがばんばんでてくるようになったな。
それも三匹かよ。
俺は手早くみっしーと
とりあえず50万円分ずつ。
「二人は後方で支援頼むぞ」
自分にも、インジェクションする。
SS級三匹かよ、ほんといくら金があっても足りねえ!
「インジェクター、オン! セット、200万円!」
200万円もあったら俺たち兄妹ふたりで一年間は食っていけるのよな。
くそ、命には代えられねえぜ。
そうだ、アニエスさんは?
アニエスさん、病み上がりだし、今は裸に風呂敷を巻いているだけの姿で武器も防具ももっていない。
さすがにSSS級の探索者とはいえ……。
「アニエスさんも、下がっていてください! 俺がやっつけます!」
「だいじょぶ。 わたし、つよい、かなりつよい、たたかう、かのう」
なんかアニエスさんの日本語の発音、どんどん良くなるなあ。
語学の天才って本当っぽい。
いや、そんなことより。
「アニエスさん、じゃあ俺のスキルでパワーアップを……」
「いらない。わたし、このまま、つよい」
そして。
なんと、アニエスさんは俺の目の前で、すーっと地面に溶け込むようにしていなくなった。
なんだこれ?
きょろきょろまわりを見渡すが、まじでどっかに消えたぞ?
たぶん固有スキルなんだろうが、すげえな。
「わたし、せかいさいきょーのニンジャ。おまえこそ、きをつけろ」
声だけ聞こえてくる。
そういや、あの伝説のヴァンパイアロード、アンジェラ・ナルディも、一度はアニエスさんに首をはねられたとかいってたな……。体術でアンジェラを上回っていたということか。
人類最良にして最強のニンジャ、アニエス・ジョシュア・バーナード。
うん、じゃあその力を信用することにしよう。
俺の後ろから、みっしーと
不思議なステップを踏んでそれらをかわしていくブラックデーモンたち。
右側のブラックデーモンが、ふらりと右腕をあげたかと思うと――。
来た!
ライムグリーンのビーム光線が、俺に向かって発射される。
マネーインジェクションの力で超反応した俺は、そのビーム光線の軌道を見極め、刀で叩き落した。
ギィィィンッ!
耳障りな音ともに光線は壁に跳ね返り、壁を溶かしていく。
よけるだけだと、何かの拍子で後ろにいる女の子たちにあたる可能性もあるからな。
なるべく叩き落せるやつは叩き落してやる。
三匹のブラックデーモンは前衛の俺を一番の脅威とみなしたらしく、三匹がかりで俺にビームを打ってくる。
俺はそれを刀で次々に跳ね返していった。
〈お兄ちゃんsugeeeeeee〉
〈ブラックデーモン三匹相手に全然余裕だな〉
〈なんかここまでだともはや安心してみていられるレベル〉
〈ところでアニエスはどこにいったんだ?〉
【¥20000】〈みっしー頑張れ! 稲妻の杖かっこいいよ!〉
〈お兄ちゃん、だんだん素の動きもよくなってきているな、もはや達人レベル〉
俺はやつらの攻撃を見極め、
「ここだっ!」
一気に踏み込んで距離を詰める。
一番右端のブラックデーモンに向かって、刀を振るった。
ブラックデーモンはいったんはそれをするどい爪で受ける、キンッと金属音が響き刀が跳ね返される、俺はその反動を利用してくるりと一回転、その勢いで一気にブラックデーモンの胴体を横に薙ぎ払った。
「グオオオオオォォ……!」
断末魔とともに床に崩れ落ちるブラックデーモン。
よし、あと二匹だ!
この調子でやってやる!
俺はさらに刀を構えて、残り二匹に斬りかかろうとして――。
異変に気付いた。
ん?
なんか、こいつら、急に動きが止まってないか?
なにしろ、SS級モンスターだ、油断はできない。
俺は慎重に距離を詰めようとした、そのとき。
ゴトン、ゴトン。
二つの低くて重い音とともに、二匹のブラックデーモンの首が床に落ちた。
ブシュッ!
黒い血が首を失った切り口から噴き出て、ふたつの大きな体はそのまま倒れた。
「は?」
驚いていると、俺の隣にすちゃ! とどこからか降りてきて着地するアニエスさん。
控えめなお胸に巻かれているアニメ柄の風呂敷がゆれた。
ちょっとほどけかけたのか、アニエスさんはきゅっとそれを結びなおす。
いや待て、今気づいたんだけどこの風呂敷、乙女ゲームのイケメンキャラがプリントされてる風呂敷じゃねーか、
っていうか、このブラックデーモンの首をはねたのは、もちろん、アニエスさん……だよな?
「すげえ、さすが世界一のニンジャ……」
「おまえ、うごき、よかった。なかなかよき。おまえとなら、いっしょにやれる」
〈朗報 お兄ちゃん、SSS級探索者に認められる〉
〈やっぱアニエスから見てもお兄ちゃんの動きよかったのか〉
〈っていうか顎とがりすぎ〉
〈シャリちゃんのゲームの趣味やばすぎ〉
〈まって顎www 顎がとがりすぎてwww 草wwwww〉
〈悲報 シャリちゃん、とがった顎が好き〉
〈俺ちょっと顎削ってくるわ〉
〈俺もタコスクリニックいってくる〉
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