第44話 ありがとう

「そうか……ぜんめつ……。わたしたち、おまえたちをたすけにきた、だけど、ぎゃく、たすけられた……。すまなかった、ありがとう」


 アニエスさんが頭を下げる。

 風呂敷を胸と腰に巻いただけの姿。

 まだ体中に出血のあとがついている。

 いたいたしいな。


「大丈夫です、俺たちでなんとかここを脱出しましょう」


 と、そこに。

 コメント欄がさわがしくなった。


〈見つかったって〉

〈速報入ったぞ、見つかった〉

〈ハワイ沖の洋上を木につかまって漂ってたらしい〉

〈アニエスに伝えて!〉

〈おい、ジェームズ・パターソンが救助されたぞ! ハワイ沖!〉

〈次から次へと情報が入ってくるな〉

〈ライアン・サリバンはロンドン郊外のアスファルトに片足だけ同化した状態で見つかったってよ、命には別状なし〉

〈ジョセフ・アダムズは中国の山の地下で中国政府に保護されたらしい。アメリカ政府が引き渡しの交渉に入った〉


「James……Ryan……Joseph……」


 みんな、アニエスさんのパーティメンバーたちだ。

 アンジェラ・ナルディの、あの強制テレポートの魔法。

 俺はかろうじて足先だけですんだけど、あれをまともに全身にくらっていたら、俺もハワイとか中国まで飛ばされていたかもしれんのか……。

 いやそれはそれでダンジョンから脱出できたってことにはなるけど、その場合みっしーと紗哩シャーリーがダンジョン内に取り残されてたわけで、そんなことにならずに本当によかったわ。


 そしてよかったといえば。

 動画サイトでインタビューに答えているライアン・サリバン。いかつい黒人男性だ。

 ほっとした顔でそれを眺めているアニエスさん。


「すくなくとも、三人は無事だったんだね……」


 みっしーが小さくつぶやく。

 アニエスさんたちは6人パーティでこの亀貝ダンジョンに潜ったはずだ。

 あとの二人は……?

 次から次へと情報が更新されるネットのサイトを、俺たちはタブレットを囲んで見守る。


 と、またも新情報。

 大西洋に浮かぶ島国、イリューナ共和国内で、エリザベス・ハリスさんの生存が確認されたとのニュース。

 よかった、これで強制テレポートさせられた四人全員の無事がわかった。


「はぁ~~~~~~」


 大きくため息をつくみっしー。

 そりゃそうだ、自分が原因で人が死ぬとか、めちゃくちゃいやだもんな。

 結果論だけど、くらったのが爆炎の魔法じゃなくてテレポートの魔法でほんとによかった。

 あと無事が確認できていないのは、ひとり。

 そう、俺たちにメッセージを送ってきた、ローラ・レミーさん。

 ドラゴンゾンビのコールドブレスをまともに食らったとのことだが……。

 彼女はテレポートさせられたわけではないので、まだこの亀貝ダンジョン内にいるはずだ。

 アニエスさんのパーティメンバーはみんな位置探知装置をもっていたそうだ。

 だから、ハワイ沖とか、秦嶺山脈の地下とかでも、比較的早く発見されたわけだ。

 そして今、アニエスさんの団体、SSTLがローラさんの居場所を必死になって探しているそうだが、コールドブレスのせいで機器が故障したのか、電波が微弱でなかなか位置がつかめないそうだ。

 しかし、おそらく俺たちがいるこの地下十階のどこかにいるはずで……。


「アニエスさん、ローラさんを探そう」

「……しかし、わたしたち、おまえたちをたすけにきた。わたしたちのミスをリカバリーするために、クライアントをきけんにさらせない……」


 弱弱しい声でそういうアニエスさん。

 確かに、このSSS級ダンジョンの地下十階という深層で、どこにいるかもわからない、生きているかもわからない人間一人を探して歩き回るというのは危険を伴う。


 たとえばの話だけど。

 登山家がヒマラヤの八千メートル級の山を登っている最中、誰か一人がトラブルにあって遭難した場合、同じパーティの人間でも見捨てることがあるという。

 見捨てざるを得ないのだ。

 酸素ボンベなしでは一歩も歩けないほどの過酷な環境下、自分が生き残るだけでも精いっぱいなのに、さらに別の人間をかついで帰るとかは絶対に無理だし、そんなことをしたら共倒れでみんな死ぬ。


 SSS級のダンジョン探索はヒマラヤ登山より過酷だといわれることがあるくらいで、だからこそアニエスさんたちのパーティが俺たちを救助するための報酬が七憶二千万円というとんでもない金額になっていたのだ。

 それが、形としては二重遭難となっちゃった現状、もはやローラさんを助けにいけるほどの余裕なんて、普通はない。


 でも。

 でもさ。

 みっしーの顔を見る。

 懇願するような目で俺を見ている。

 そうだ、みっしーが原因で人をみすみす死なせるなんて、できない。

 それに、高額報酬があったとはいえ、わざわざこんな危険を冒して俺たちを救助しようとやってきてくれたアニエスさん。それに、ローラさん。

 助けないわけには、いかない。


「いいんだ、助けにいく。必ず、探し出して、助けよう!」

「しかし!」

「俺たちはSSS級モンスター、ダイヤモンドドラゴンを倒さないと、どちらにしてもこのダンジョンを脱出できない。ローラさんだって、一流の探索者なはず」

「SSランクの、武闘家マーシャルアーティストダ……」

「なら、戦力は多い方がいい。多少のリスクをとっても助けに行くべきだ。負傷していても、俺のスキルなら治せる。それになにより、俺たちは人間だから。そこに生きている人間がいるなら、助けに行く。それが、人間のやるべきことだと思う。みっしー、紗哩シャーリー、いいな?」

「もちろんだよお兄ちゃん」

「うん、私もそうしてほしい」


 アニエスさんは俺たち三人を見て、その淡い色の唇をかすかに動かし、


「ありがとう……」


 といったあと、俺を突き飛ばして壁にふっとばした。


 はあ!?


 ガツン! 


 俺は壁に全身でぶつかる。


「……!???」


 な、なにするんだ、この人……?

 だけどすぐにわかった。

 俺がいた場所を、レーザー光線のようなものが貫いていたのだ。

 そのレーザー光線はぎりぎりのところで俺にあたらず、壁をジュウ! と焦がして溶かした。


 ……モンスターの襲撃だ。 

 

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