第32話 F**kin'

 みっしーの顔色が悪い。

 血の気が引いて真っ青だ。


「みっしー、どこか体調悪いのか?」

「ううん、大丈夫だよ、ありがと」


 いや、全然大丈夫そうには見えない。

 カタカタ震えてる。

『あること』に気づいてしまったんだろう。

 俺もすぐに気づいたけど、本人にはわからないままでいてほしかった。


「みっしーのせいじゃない、みっしーは悪くない。自分にできる精いっぱいをやるだけだ」

「……うん」


 『あること』。


 このダンジョン探索、俺たち兄妹はもともと心中するつもりで始めた。

 そのことは話してあるからみっしーも知っている。

 それがたまたまみっしーと出会い、助けたことで生きる希望を見つけた。

 この探索中、俺たち兄妹が死ぬことがあったとしても、それはみっしーがいてもいなくても同じ運命だった。


 でも、アニエスたちは違う。

 みっしーの遭難を助けるためにこのダンジョンにやってきて、そしておそらくは予想外だったラスボスクラスのモンスターの急襲を受けて全滅してしまった。


 そしてそれは。


 アイテムボックスのトラップ解除のミス、みっしーのミスを発端として、いま初めて人が死んだことを意味する。


「私があんな馬鹿なことさえしなければ……盗賊スキルもないのに、アイテムボックスを開けようとするなんて……」


 たとえば自分が登山の最中に遭難して、それを助けに来てくれた救助隊の人が二次遭難にあったら?

 まともな良識をもっている人間であれば、良心の呵責に苛まれるのは当たり前のことだった。


「考えるな」


 俺は言った。

 このことについて、今、このタイミングで思い悩んでも、なにひとつ解決には向かわない。


「いいか、みっしー、みっしーのせいじゃないし、アニエスさんたちは自分の仕事をまっとうしようとしただけだ。今はそれを考えちゃいけない、考えるな」

「でも……」

「今から、激しい戦闘になる、俺だけでも敵には勝てない、俺と紗哩シャーリーだけでも勝てない、みっしーの力が必要なんだ。絶対に必要なんだ。今、俺たちにはみっしーが必要だ。協力してくれ」


 紗哩シャーリーも勢いよく口を挟む。


「そうだよ、みっしーがいないと私たち死んじゃうからね!」


 そして紗哩シャーリーはみっしーの右手をしっかりと握った。

 みっしーは動揺したままの表情で、左手をふらふらと俺に向ける。

 俺もその手を握った。

 冷たくて、小さくて、綺麗な手だった。

 最初はひんやりとして震えていたその手が、しばらくすると落ち着いたのか、じわりとあたたかくなっていった。

 真っ青だったその整った顔に、うっすらと赤みが戻ってくる。


「うん。基樹さん、紗哩シャーリーちゃん、ありがと。私も、精いっぱいがんばるね」

「ああ。いいか、みっしー、紗哩シャーリー、俺たちで生き残るぞ。作戦はある、手短に言うぞ……」


 俺たち三人、手を握りあって、作戦を話し合った。




「インジェクターオン! セット! 50万円!」


 みっしーと紗哩シャーリーにそれぞれ注射を打つ。


「セット! 100万円!」


 前衛を務める自分にはひとまず100万円。

 これで合わせて200万円のインジェクション。

 残り600万円。

 さあ、きたぞ。

 足音が通路の角の向こうからきこえてくる。

 ひとつやふたつではない、大量の足音だ。

 俺は刀を抜いて待ち構える。


 来た!


 角を曲がってやってきたのは、大量のゾンビ軍団だった。


「雷鳴よとどろけ! いかづちの力を解放せよ! サンダー!!」


 みっしーが稲妻の杖を振るい、


「空気よ踊れ、風となって踊れ、敵の血液とともに踊れ! 空刃ウインドエッジ!!」


 紗哩シャーリーが攻撃魔法を唱える。

 稲妻の光がゾンビどもを薙ぎ払い、空気の刃が身体を切り刻む。

 残ったゾンビどもを、俺が刀で切り倒していく。


「お兄ちゃん! なにかでっかいのがくるよ!」


 紗哩シャーリーに言われずとも、その気配は俺も感じていた。


 そして。


 が姿を現した。

 全長十メートルはあろうかという巨大な姿。

 肉体のあちこちが腐って朽ち果ててはいるものの、その眼光はするどく俺たちを突き刺す。

 見るだけで並みの人間なら戦慄するほどの威容。


「ゴアァァァァ……」


 は、冷気とともに雄たけびをあげた。


 コメント欄も騒がしくなってきた。


〈ドラゴンゾンビ!〉

【¥50000】〈がんばれ! 負けるな!〉

【¥50000】〈みっしー!〉

〈SS級のアンデッドモンスター!〉

〈そいつは氷のブレスがあるぞ! 気を付けて!〉

【¥50000】〈俺も全力で支援する!〉

〈ドラゴンゾンビはやばい、まじで強いぞ〉

【$500】〈Save agnes,plz〉

【¥500】〈中学生なんでこれで全部です〉

【¥10000】〈頑張って!〉

【¥50000】〈全力支援〉

【¥500】〈がんばれ!〉

【$500】〈from U.S. Kill the vampire load〉

【¥10000】〈少なくてすみません応援してます〉

【¥300】〈負けるな〉

【¥1500】〈みっしー、シャリちゃん、がんばって!〉

【$500】〈Kill f**kin' monsters〉


 相手がドラゴンゾンビだろうが、ラスボス級だろうがぶっとばしてやる。

 そして、ひとつ希望が増えてきた。

 アニエスの件で、海外からのスパチャも飛んでくるようになったのだ。

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